表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/42

シャーロット・シャリアール、ジンさんの家でドライカレーを食べる。


 12月10日


 秦泉寺のばあさんが夕飯を食べに来いというので、今日は実家の隣にあるばあさんの家に行く。

 僕の両親は共働きで、子供の頃は一人でいることが多かった。そんな僕の食事の準備をしてくれていたのが、隣に住む秦泉寺カネさん。通称ジンちゃん。なんで名字で呼ばれてるのかは知らないけれど、近所の御老人もみんなジンさんジンちゃん言っていた。

 珍しい名字だしな、この土地の人もなかったみたいだし。


 もう寒さの限界でいつ雪が降ってもおかしくないので、十分に厚着してさあ出発だと思っていたところで、いつものように呼び鈴が鳴る。

 よりにもよってこのタイミングかと思うが、来てしまったのでは仕方ない。

 玄関を開けると、金色の髪が最初に見えて、寒空の中、白い息を吐きながらにっこり笑う異世界人シャーロット・シャリアールがいた。

『こんばんは、寒いから入れて!』

 挨拶もそこそこに暖房の効いた部屋に這入ろうとするシャーロットを押しとどめながら、暖房は既に切っているし、今からでかけることを説明すると

『私、今日は体の温まるものがいい! ダイジロウもそうでしょ?』

 とか、晩飯をたかる気満々の台詞を吐いてきた。そりゃ、遠慮は無粋と言ったのは僕だけどな。

 今から知り合いの老婆のところに夕食をごちそうになりに行くのだという事情を説明し帰ってもらおうと思ったのだが

『私、ダイジロウの知人と会うの初めてだね。安心して、ダイジロウ・イトウの名を辱めるような振る舞いはしたりしない』

 とか、本気な目でチャレンジフルなことを言う。

 そりゃ、遠慮は無粋と言ったのは僕だけどな。

 しかし、こんなに寒い日にわざわざ遊びに来たし、なんかダッフルコートみたいなモコモコした上着で、まあこれなら異世界人っぽくない衣装かな? って感じだから少しは配慮してやるかと、ジンさんに電話してみる。

 友達を連れていってもいいだろうかと確認したら「ダイちゃんが女の子を連れてくるなんて、長生きしてみるもんだね」とか軽口を言う。なんでわかったんだろう? と思うが、そういう霊感が妙に働く人だから、と諦めている。

 果たして、その女の子が金髪碧眼の非日本人であることは気付いているのかいないのか。

 まあ、この娘はとりあえず旨い物食わせていればおとなしいし、ジンさんは例によって旨い物を作ってくれる人なのだ。


 車で移動中、ジンさんがどういう人なのかを説明する。

 説明と言っても、昔から僕の夕飯を作ってくれたり、そろばんのはじき方を教えてくれた人であることや、二人の息子が県外の大学に行ったまま向こうで就職したために一人で暮らしていること。昔、着物を縫う仕事で生計を立てており、たまに知り合いの娘さんや孫さんに縫い方を教えるのが趣味だったり、最近イタリアンに目覚めてピザをIHヒーターで焼く方法を考案したり、エクセルで家計簿をつける練習をするようなエネルギッシュな人だということくらいしか知らない。

 それで二年位前に、背骨の中にできた腫瘍が神経を圧迫して足が動かなくなる病気にかかってしまったが、大手術の末に元気になって、今もとことこ家の中を歩いて家事に勤しんでいる。で、ここから高速で2時間かかる県病院への定期検診は僕が連れていっており、そのお礼に夕食を御馳走してもらう関係である。

 そこまで訊くと、まだ体が冷えて頬の赤いシャーロットは微笑む。

『ダイジロウが他人の話をそんなに長くするの初めて聞いたわ』

 とか抜かしやがる。

『それなら、あなたにとってのお婆様みたいなものね』

 そして、少しうつむいて。

『私は生前の祖母に会った事がないから、羨ましいな』

 そうかい。

 

 さて、今日は曇りで月も見えない。

 ジンさん家や隣の僕の実家は街灯とかない辺りにあるので、この辺は車のライトがないと全くの闇。

 闇が深い。

 すると、シャーロットは僕がここだと説明する前に『ああ、あの平たい木の家ね』とか納得する。彼女も妙に霊感の働く女だと思うが、以前訊いたところによると『周辺の闇の流れを見たら、大体それが何なのかわかる』んだそうだ。

 そういうもんなのか? (そもそも闇の流れという概念が僕にはわからないけれど)

 秦泉家の敷地に入り、庭に駐車しライトを消すと、闇。

 ここから玄関までには庭石だの土から飛び出た松の根だのポストだの危険物がいっぱいあるが、闇の流れというか、夜目がめちゃくちゃ利くシャーロットに手を引かれて、歩く。この少女、歩くのが速いので見えない視界を彼女を信頼しておっかなびっくり早歩きで過ぎる。

 途中、一回松の枝に頭をぶつけた。この少女の低身長なら通り過ぎるんだろうけれど、ちょうど僕の人中に入って悶絶。

『きゃ、ごめん大丈夫?』としゃがんで悶絶する僕を心配する声がした辺りで、玄関が開いた。

 家の中からの灯りを背景に、小柄な白髪ポニーテールの老婆が、立っていた。

「いらっしゃい、ダイちゃん。あら大丈夫?」

 ジンさんこと秦泉寺カネさんがこちらを覗きこむのと同時に、シャーロットがピンと背筋を伸ばし踵を音を鳴らして付けると、びしっとムーンスレイブ式の敬礼をしてラゴラディバリウス言語で大声を出した。

『お初にお目にかかります。小官はムーンスレイブ王国セプテン領主代理 近衛暗黒騎士シャーロット・アルマダ・ジェナ・セプテン・シャリアール子爵夫人であります』

 お前、本名そんな長かったんか。

 まあ、そりゃ確かに格式に乗っ取った挨拶なのかもしれない。この子、軍人なわけだし。

 でもこのばあさんからしたら、孫みたいなおっさんの連れてきた謎の外人の女の子なわけで。

 ジンさんがどんな反応をするかなと思って、顔色を伺ってみたが。齢八十の老婆はにこにこして

「ご丁寧にありがとうございます。さあ、外は寒かったでしょうお入りになって」

 とシャリアールを室内に案内した。

 こいつら、言語通じてないよな……?

「ジンさん、この子の言葉わかるの?」

「知らない国の言葉ね、でも御挨拶をしてくれたのはわかったわ」

 やっぱ年寄ってのは懐が深いな。


 で、シャリアールに何か言おうと思ったのだけれど、いない。

 どこ行きやがったと思ったら、どうやら夕食の匂いに惹かれてふらふらと居間まで歩いてしまったらしい。

 やっと追いつくと、この女、上着を脱いで居間のこたつに入っていやがった。

『お前、ダイジロウ・イトウの名を辱めない振る舞いをするんじゃなかったのかよ』と嫌みを言ってやったつもりだったのが、彼女はえらい真顔で『ジンセンジ様が、遠慮せずそこに座るようにと』とか言う。

 ……言葉わかんの?  日本語で言われたけれど、何故かそう言われたのはわかったらしい。で、こういう時に遠慮をするのは失礼なことだ、という僕が教えてしまった間違った日本知識にのっとって炬燵で丸くなっていたそうだ。

 ……とりあえず、台所に炊飯器を取りに行く。

 シャーロットが座る炬燵の上には、カレー鍋と人数分のサラダがある。

 今日はカレーのようだ。

『あ、私も手伝う』

 とか殊勝なこと言うから『客人は座ってろ』と言って台所に。


 ちょうどジンさんがポタージュスープを継ぎ分けているところだったので、炊飯器を持っていくことを告げると、ジンさんは言う。

「あの女の子」

 ギク

「可愛いわね。ダイちゃんにあんな可愛い女の子のお友達がいるなんて、見直しちゃった」

 そうかい。

「この世の子じゃないわね」

 ギクッッ!

「でも悪い子じゃないのね。ダイちゃん、いつもより表情が活き活きしているわよ」

 ……そうかい。

 そういや、ジンさんはどっかのシャーマンの血が混じってるって言ってた気がするな。

 まあいいや。詮索は無粋だ。


 今日の夕飯はジンさん特製の「カレールーを使わないドライカレー」だった。

 あれ? 去年は僕がお使いで買って来たカレールーで作ったのに。ルーを使わずにどうやって作ったのか訊くと、最近のスーパーマーケットはスパイスも普通に売っているらしく、クミンだのコリアンダーだの数種類の香辛料を混ぜて、手作りしてしまったらしい。

「最初はね、カレールーを入れないと味がしまらなかったのだけれど、研究を重ねて使わなくても味を出せるようになってきたわ」

 しかし、カレーっぽくない具だね。これ、キノコ?

「しいたけ、エリンギ、しょうがに牛蒡。あとにんじんとたまねぎ。どこを直せばいいか教えてくれない?」

 試しに一口。


 ……え? マジ? これめちゃくちゃ旨いんだけれど。辛さがあんまり感じられないけれど、ひき肉やしいたけの味がしっかり出てて、ごはんが進む。

 隣を見れば、シャーロットがバクバクバクバク食べてた。

 感想を聞こうと思ったのに、もう食べるのに必死。蟹無口ならぬカレー無口。

 平らげると、何かを訴えるような眼でこっちを見てくる。

『わかったよ、おかわりしろよ』

 と諦めると、ジンさんに「こいつおかわりしたいらしい」と説明。

 ジンさんはころころ笑って「はいはい、どうぞ。ダイちゃんもたくさん食べてね」

 結局、僕もつられて大盛りでおかわりする羽目に。


『とっても美味しかった!』

 改良の参考にしたいから直した方がいいところあったら言って欲しいそうだ、と説明したらシャーロットはそれしか言わなかった。

 正直、僕もそれ以外の感想がない美味しさだった。

 こいつもそう言っていると説明すると、「あら嬉しい」と言って御茶を淹れに台所に戻って行く。

 シャーロットは満足気味に

『ただ者ではないと思ったけれど、素敵な料理人さんね。いつから店をされてるの?』

 とか言うから、あの人は元服飾職人だよと言うと目を見開いた。

『え?! あの人はカレーのレストランしているシェフじゃないの?』

 違うよ、と笑うしかなかった。


 それから、ジンさんとシャーロットがおしゃべりをするのだが、二人が言葉が通じないので、間に入って僕が通訳。

 女というのは、本当によく喋る。

 お前ら、別に言葉が通じなくても大体わかるんだろ? その、闇の流れとかでさ。

 その後、二人のおしゃべりに二時間程付き合わされた。

「ダイちゃん、実家には寄って行かないの?」

 シャーロット連れて行けるわけないだろ。

「でも、私ダイちゃんのお母さんから『大二郎が外国の女性と食事に出掛けているらしい』って話聞いたわよ」

 本当やめてくれよ。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 返信ありがとうございます。夫人と婦人では意味が違う(既婚女性と成人女性)と思いますが、わざわざ夫人と書かれているのは既婚女性という意図があるのかと思いました。誤字であるならばお伝えしま…
[気になる点] シャリアール子爵夫人であります とありますが、夫がいるという解釈で間違いないでしょうか?そのような説明があったら見落としていました、すいません
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ