シャーロット・シャリアール、居酒屋でオムライスを食べる。
12月5日。
そういや、ここ三年くらい酒を飲んでいないことを思い出す。
異世界に迷い込み、そこで少女騎士に助けられ共に旅をする間、彼女が成人前で禁欲的だったこともあってか縁がなく、こちらの世界に帰ってからも特に飲むことなく過ごしていた。三年間も行方不明だった中年を雇ってくれた奇特な会社は、社長がアルコールが駄目でホットウーロンばっかり飲むタイプの人だったので、社員も別に飲んでも飲まなくてもいい雰囲気があって、年に1回か2回ある飲み回でも夜勤を引き受けて欠席したり、風邪気味で控えたりで。
本当に飲んでない。
別に飲まないなら飲まないで平気なのだけれど、これはもう突然天秤が傾くのだろう。
なんか急に「あ……飲みたい」という気分になり、なんとなく街に出てみることにした。
ぶらぶらと歩き、繁華街と言うには少しさびしいけれど、この田舎町じゃ一番店が多く並んでいる横丁に着き、品定め。飲むだけならそこら辺のチェーン店で手堅く安く済ませばいいのだけれど、ここ数年の旅生活のせいか、初めて見た店に興味本位で暖簾をくぐるなんてことが趣味になってしまい、フィーリングに合う看板を探す。
しかし、なかなかこれと言った店が決まらない。そう言えば、こういうことをする時はいつも隣にシャーロットがいて『好きな店を選んでくれ』って後ろから着いて行ってたもんな。生活の大部分を彼女に任せていたせいか、奴がいない時でもつい思い出してしまう。いかんいかん。
そう思いながらも、結局「あー、あいつこういう店好きそうだよな」という感じの、一軒屋を見つける。建物の大きさ的にテーブルが5つくらいのこじんまりとして窓がない外観。あいつこういう常連さんしか来ないような店に侵略するのが好きな悪趣味な娘だからな。
扉を開けると、からんからんと取りつけられた鈴が鳴り、中は少し狭いけれど清潔で明るい。
ギョロ目の大将が呼び音に「いらっしゃい」と返事をくれて、いい店だなと思い足を踏み入れ
金髪碧眼の少女が、心元なさそうにカウンターに座っているのを見つけてしまった。
『シャーロット?!』
お前何してんの?!
思わずあげた大声に店中のお客さんがこちらを向いて、大きな目の店長がさらに目を見開いた。
そして、聞き覚えのある声が店内に響いた瞬間、シャーロット・シャリアールは目を輝かせて飛び付いてきた。
『ダイジロウ! よかった!』
よかった! じゃなくて、なんで彼女こんなところにいるのやら。
シャーロット、店長、常連の藤井さん、吉岡さんがそれぞれに捲し立てるのを聞き分けたところ、つまりこういうことらしい。
僕が一人で飲みに出ようと出掛けたのと入れ違いに異世界から遊びに来たシャーロット、いくら呼び鈴を鳴らしても戸を叩いても出てこない僕にいぶかしんでいるところ、隣室の学生さんに出掛けたことをボディランゲージで教えてもらう。どこに出掛けたかわからないけれど、以前僕と二人で出掛けた繁華街のこととそこまでの道順は覚えていたので走ってきたらしい。走ってきたのはいいけれど、狭いとは言え見知らぬ世界、早速迷子。
僕にたかるつもりだったので路銀もなく、困ってしまい、店の前で座り込んでいたところを、心優しい店長に見つけられとりあえずと店の中で暖を取らせてもらいホットミルクを御馳走になっていたとのこと。
勝手に出歩くなと怒ろうかとも思ったけれど、頬を赤くしたシャーロットを観ていると、別に僕が起こる筋合いでもないなと思い、溜息。
ひたすら店長に平謝りして、ミルク代を払おうとすると固辞された。されてしまっては仕様がないので、ここで夕飯を食べることにした。
流石に彼女も悪いと思っているのか、飯を食うぞを言ってもいつものようにはしゃがず、頷くだけ。
『気にするなよ、別に怒るようなことじゃない。だから遠慮なんかせずちゃんと食べろよ』
と言っても頷くだけだった。
さて、何を食べさせてやれば元気が出るか。
二人並んでカウンターに座り、メニューとにらめっこ。この女日本語読めないから僕が読んでやらないといけない。
ホルモンときゅうりの鉄板焼とか梅水晶とか好物なんだけれど、果たしてこいつそんな脂っこいもんとか鮫の軟骨に食指が動くのか少し不安でいると、店長がホットウーロン茶とオレンジジュースを持ってきてくれた。
あれ? いつ頼んだっけ?
どうやら無意識にいつも頼んでいるものを注文していたらしい。せっかくビールでも飲もうと思っていたけれど、なんかそういう気分でもなくなってしまった。
仕方ない、とりあえず、唐揚げとタマゴサラダ、串焼きくらいしてもらうか。
しかし、この店メニューが豊富だ。アヒージョからエビチリまで色々ある。棚にも全国津々浦々の焼酎の並んでるし。あ、獺祭もある。
これならシャーロットの食べたい物も作ってもらえるかもしれないな。
『シャーロット、食べたいものあるか?』
すると彼女は少し考えた後
『オムライス』
オムライスっすかー。居酒屋にあるかなあ。
カウンターの向こうの厨房で仕込みで忙しなく動く大将に
「あの……大将、オムライスってできますか?」
困り顔でもされるかなと思ったら大将は目を輝かせて
「今、そっちの子『オムライス』って言った? オーケーイ」
えらいノリのいい人だった。
そんなメニューないんだろうけれど、手際良く他の料理を作りながら米が中華鍋で舞い卵焼きが作られていくのを眺めていると、常連の藤井さんと吉岡さんが後ろから声をかけてくる。
まあ、日本語を喋れない異国の少女とおっさんが連れと言ったら確かに怪訝だろうけれども、と思っていたら「こんな可愛い子をほったらかしにして、ふてえ奴だ」とお説教をくらう羽目に。ああ、こういうノリもいかにもシャーロットの好きそうな感じだ。
僕が藤井さん達にも平謝りなのを観て、シャーロットは少しだけ笑って元気を取り戻していた。
「はいできたよー、食べちゃってー」
出てきたのは、オムライスだった。
すごいな、本当に作ってくれた。半熟ではなく、しっかり固い卵、これもシャーロットの好みに合う。
結構大盛りで、スプーンが二つついている。
……半分こしろってことかな。
と止まっていたら、シャーロットがスプーンを一つ渡してきた。
『食べよう、ダイジロウ。美味しい物は温かい内に食べるのが作法』
だってさ。
せっかくなので、一口いただく。
スプーンで卵を切り分けると、中は真赤なチキンライスではなく、牛肉をつかった焼き飯だった。ああなるほど、こういうタイプか。ケチャップの酸味は結構強いし、匂いもある。他の料理も楽しむなら、旨味重視の味付けというやつか。外が冷えていたせいか、暖房の利いた店内に入ってしばらく経つのに、指先はまだ熱が戻らない。こういう時は、湯気の立つオムライスが本当においしそう。熱量は食欲を増すのだ。
食べようとしたら大将がスマートフォンを取り出して写真を撮ってもいいか? と訊いてきた。
SNSに上げて、評判よかったら裏メニューにするようだ。
まあ、いいんじゃないかな。ほら異世界人被写体になれよ。とカメラの中に映らないように身を寄せたら
「ホラホラ彼氏ー、ちゃんと二人で映ってー」
えらいノリの軽い大将だよな。彼氏じゃねーし。
というわけで、電脳世界には僕とオペラ歌手みたいなドレスを着たシャーロットがオムライスを囲んだツーショットの写真が、出回っている。
お前他に着る服なかったのかよ、とか、みんなこの服にはツッコまないでくれたんだなええ人やな、とか色々思ったけれど、いい店に出会えたことでチャラということで。
なるか畜生。
「いいね43」とか言われても、全然嬉しくない。