シャーロット・シャリアール、ねぎまの話をする。
11月20日
シャーロットもこっちでの活動にかなり馴染んできたのか、腰に剣を吊るさなくても平気になったし、たまに震度2の地震があってもパニックにはならなくなったし、冷えそうな夜には膝かけを持参するようになった。
最近マイブームのホットココアを淹れてやり、二人で部屋で駄弁る。
チョコレートやミニドーナツを摘まみながら時間を潰す日というのも、たまにはいい。
ココアをすすり、顔に湯気をあてながら少しだけ赤くなったシャーロットの頬をみていると、昨日もらった宮城県産のりんごを思い出す。
リンゴと言えば青森というイメージがあるし、僕が普段食べてるのもそうなのだが、友人が通販している陸前高田のりんごは、水の精霊でも棲んでる土地なのかというくらい瑞瑞しくて、透き通ったような甘みがしたたる極めつけの品だったが、一個しかなかったのでシャーロットには秘密で一個食べてしまっている。
闇の流れか何かでリンゴ一人占めしたことバレたらなんか言われそうだなとか一人考えていると、ぼうっとしていたのかシャーロットにとがめられた。
『ダイジロウ、訊いてる?』
考え事をしていたことを謝り、何を言ったのかを尋ねると
『ムーンスレイブ王国から、こっちの世界に連れてきて欲しいって人がいて。連れてきてもいいのかな』
うーん、止めといた方がいいと思うよ。多分、あんまりいいことにならないと思う。と本音を言っていいものか迷ってしまう。
ちなみに誰がそんなことを言いだしたのかを確認すると
『言語士のティアラミスさん』
あー、あの人か。
ラゴラディバリウス大陸には、獣人やらエルフやらそういう魔物亜人の類がそれなりにいて、それぞれに言語というものがある。それら言語を調査し、意志の疎通を図る言語学者みたいなことをしている冒険者のことを直訳すると言語士と呼ぶ。
かれこれ一年前、ティアラミスさんと僕とシャーロットはパーティを組んでいた時期がある。
僕が異世界に迷い込んでしまった時、シャーロットは見習いの暗黒騎士で、一人前になるための修業中だった。その修業というのが、暗黒騎士庁が指定した100種の試験を突破するというもので、その100種の中には「暗黒魔法で石柱を両断できるようになる」から「闇の洞窟の中で3日3晩過ごす」などの過酷な修行から「指定された地区でボランティア実績をつくる」とか「暗黒騎士庁に届けられたクレームを処理する」などの思い付いたものをあてはめたようなフリークエストまで、色々あった。
その1つが、人里まで降りてきてしまったハーピィを捕まえて森に返すというものであった。
人と同じ顔と声をしながら、違う言語を使う、鳥の翼と脚爪をもった鳥人。
こちらが何を話しかけても、我関せずに美しく囀るそれとどうやってコミュニケーションを取ればいいのか困っている時に、たまたまハーピィの言語について研究しているティアラミスさんと出会い、シャーロットが護衛役という形でティアラミスさんを連れていくことに。
基本的には僕とシャーロットの2人旅だったが、たまに仲間が増えたり減ったりして、旅をしたものだ。
特にティアラミスさんは、シャーロットと馬が合ったようだった。
僕にもよくしてくれた。結局、僕にラゴラディバリウス言語を教えてくれたのも彼女だったから。
『あー、あのティアラミスさんがなあ。恩義はあるけれど、あんまり大勢こっちの世界に呼んでいいものか』
『ラミスは、ダイジロウの言ったことが気になってるみたいだよ』
ラミスって略すのかよとは思ったけれど、それは無視して聞き返す。
『なに、僕のせいなの? 一体僕の言った何が気になるわけ』
『ネギマが食べたいらしい』
『なんでネギマなの』
『忘れたの? ハーピィが人里まで降りてきちゃって、捕まえようとした時。枝の上で楽しそうにハピィが歌ってたじゃない。確か【ネギマ ネギマ】って』
『ああ、あれか。結局ハーピィの言語で【それにしても金が欲しい】みたいな意味で、えらい俗だよなあって呆れたエピソードよな。あ、思い出したわ。それで、僕の世界にはねぎまって食べ物があるって話題したわ』
しかし、ラゴラディバリウス大陸にだって鶏肉の串焼きも葱もあるだろうに、こっちで食べる必要性あるのだろうか。
『バッカだなあ、ダイジロウ。ラミスも君に会いたいって口実だよ』
『うーん』
『ダイジロウって、一回始めたことにはとことんだけれど、踏ん切りをつけるの下手だよね。そういうのこっちの世界の言葉でなんて言うんだっけえっと……』
そして異世界人は首を少し傾げてこちらの世界の発音で
「おくて?」
日本語の発音が徐々にうまくなってる金髪碧眼の美少女は無視してチョコを齧る。
ココアを啜り、少し冷気にさらされて湯気も立ち上らなくなったが、それでも優しい温気を内側に感じ、ほうと一息。
『歓迎、すべきかな』
『まあ、どっちにしろ暗黒魔法を使えないラミスをこっちに連れてくるのは無理なんだけれど」
『じゃあ、なんで訊いたんだよ?!』
『いや、まあ。もし本当にダイジロウが拒むなら、諦めようって思ったから』
『え、じゃあ手がなんかあんの』
『まあ、ラミスが暗黒魔法を覚えたらワンチャンある』
そんな簡単に暗黒騎士になんてなれるものなのか?
『有角人のラミスが、必死に努力して、絶対になれるはずのない公的資格である言語士になれたんだから、暗黒魔法の一つや二つ』
おめーだって血のにじむ努力で手に入れただろうに。
『そんなにねぎま食べたいのかね』
『食べたいんじゃない? 私がこっちの世界で食事した話をたまに教えるんだけれど、すっごい眼を輝かせてた。特に「棄てるもの」を意味する「ほおるもん」からホルモンって言葉が生まれた経緯とか、三種類の味があるパンだからサンミーとかもう一つ増えてヨンミーとか』
語感か、語感に興味が?
『あとダイジロウの話も聞きたがる。なんだかんだで、ダイジロウも好かれてるのさ』
そっかい。僕もぼやく。
『大してちゃんと挨拶せずにこっちに帰ってきたからなあ』
シャーロットは悪そうな顔をして、
『なんだったら……なんでもないや』
途中で止めたようだ。
多分、『なんだったら、ムーンスレイブ王国に連れて行ってあげてもいいよ』くらい言おうとしたのだろう。
けれど、それは最後の一線だから、あえて言わないのだ。
『シャーロット』
『うん?』
『もしかしてお前が焼き鳥屋でかたくなにねぎまは食べなかったのって』
『無粋は遠慮だよ』
そう言われては、何も言えない。代わりに
『ちなみに、ねぎまの語源って、葱と鮪らしいよ』
『マグロ?! なんでマグロ?!』
いや、詳しくはしらないけれど。
『ちなみに、葱と鮪の似たのをねぎま鍋とか』
『食べよう!』
『作り方知らないよ』
『これだけ世界は広いんだからねぎま鍋を食べさせる店くらい!』
『うーん、結構遠出しないとないんじゃない? ちゃんとした鍋なら値も張るだろうし』
すると、憤慨するシャーロット。
『もう、歌の通りじゃない!』
『何の歌よ』
『【ネギマ(それにしても金が欲しい)】』




