シャーロット・シャリアール、玉子かけご飯を所望する。
暗黒魔法の奥義を使って、次元の壁を超える時。
必要なのは縁である。
出会ったという事実が生む不思議な力。
楽しかった思い出を重ねることで、繋がりは増す。
10月28日
おはよう、シャーロット。
あれ? そう言えばいっつも夜来るから「こんばんは」ばっかりで、「おはよう」って初めて言ったかもしれないな。
え? 違う? 二回目?
よく覚えてるなあ。やっぱ若いと記憶力違うって奴なのかね。僕は駄目だよ。昨日の夕飯だって何食べたかちょっと考えるくらいぼーっと生きてるもん。
ちょ、なんで不機嫌になんの。わかるって、何年の付き合いだと思ってんだ。
……なんで機嫌よくなんのよ。
まあ、いいや。なんか食いに行くか。今だったら河川敷沿いにある喫茶店も空いてるだろうし、モーニングでも食うか。お前モーニングって知ってるか? 喫茶店で食べる朝食なんだけれど、大体パンとサラダと茹で卵。で、あっこの喫茶店パンケーキモーニングセットって言うのがあって、なんか甘みのきついシロップたっぷりかけたパンケーキが出てくるんだけれど、サラダと茹で卵がついてくるんだよな。食い合わせどうなん? って思うけれど、まあ仕方ないから食べるんだわな、なんか不意にあのシロップとサラダドレッシングの絶妙な合ってなさが……どうした? 来いよ。朝飯を抜いてはいけないがシャリアール家の家訓だろ。
……うちで食べたいの?
悪いけれどおかずないよ? 米しか炊いてない。
卵? あるけど。
カツオ節? あるけど。
醤油? そりゃあるよ。
味の素? よく知ってんな。
そりゃ玉子かけご飯でいいんなら……。とりあえずあがりなよ。
君、玉子かけごはんなんて食べたことあった? 一回ある。いつ食わしたっけ。
……。
あ、そっか。うちで朝飯食ったよな。
初めて、シャーロット・シャリアールがこっちの世界に来た時に食べたんだ。
こっちの世界に戻ってきて、実家に転がり込むのも気が引けて、アパート借りて、伝手を頼って今の職場に勤め出して。
30超えて初めて夜勤のある仕事をしてどうにもクタクタでさ。
なんていうか、畳の上に布団敷いて寝るのが逆に疲れちゃって。
あっちの世界を冒険していた時は野宿が多かったし、いつでも飛び起きれるように浅く眠ってることが多かっただろ?
だから、まっすぐな平面の上で寝転がることの違和感がとれなくて、それにとても静かで。
え? こっちの世界のが騒々しくて、ムーンスレイブのが静か?
だって、隣ですげーいびきかいて寝るやついねーし。叩くな。
痛いから叩くな。
寝ておく時に寝ておくというのは得意だったはずなんだけれどな。
休める時に休めるってコントロールが難しくて、大分疲れていたよ。ちょっと異世界を冒険していた時が楽しかったなって思ったりもして。
でも、人間って慣れる生き物でさ。三カ月もしたらなんだか慣れてきて。
この生活をずっと続けていたような気さえして。やっぱ忘れるってのは今に順応するために必要な機能なんだわな。
いや、気にしなくなるってだけさ。本当に忘れたりしないよ。
今だってはっきり覚えてる。
毒沼の瘴気にあてられて泡吹いたことも。シュリーガー渓谷で毒矢がかすって痙攣したことも。毒酒の賭けに負けてひっくり返ったことも。毒王の呪いを解くために暗黒魔法合戦に参加したことも。
あの世界毒ばっかりだな。
やっぱ暗黒魔法で一番有用なの毒抜きじゃねーかな。それで発展したんじゃないかシャーロット家。
ああ、話それた。
だからさ。
明け方にトラブルが起きて、朝勤の人に綺麗に引き継げるようにちょっと残業して、クタクタになって、秋の朝日が眩しくて、肌寒いのに妙にきらきら明るくて、それなのに足取りは重いしふらふらするし腹は減るし、適当になんか腹に詰めてさっさと寝ようってことしか頭になかった時にさ。
君が玄関の前に立ってた時は、本当びっくりした。
そりゃびっくりしたよー。眠くてテンションあがらなかったし表情に出なかっただけで。
向こうの世界が恋し過ぎて、幻覚視えてるんだろうか? って不安になったし。
だから、どうやら本物らしいってわかっても、なんて言えばいいかわからなくて。
ああ、思い出した。
君、言ったんだ。
『約束通り、来たよ』
ってさ。ラゴラティバリウス言語なんて聞くの久しぶりで、何言ってるのか最初わからなくて。
で、訊いたんだ。
『なんか約束してたっけ?』
そしたら君、怒りだしてさ。僕は確かこう続けた。
『仕方ないじゃん昨日の夕飯だって何食べたかちょっと考えるくらいぼーっと生きてるもん』
そうしたら、急に不機嫌になんの。
いやだって、夜勤明けで頭働いてないんだから、なんだったっけかなと思うのが人情だろうて。
うん、それで。
朝飯を食おうって言って。
そうそう、でも何もなくて。
その日の前の晩に、夜勤に入る前に炊飯器だけ予約してて。
米だけあって。
卵があって。
カツオ節があって。
醤油があって。
味の素があったんだわな。
じゃあ、玉子かけご飯でも食べて帰れよって、話になった。
思い出した思い出した。
確か僕が御茶椀にごはん乗せて玉子かけごはん二つ作ってる間に、プリキュア見てたんだ。
ああ、そうだったなあ。
そうか。
去年の今頃か。
……え?
今日がその日?
嘘こけ、今日は日曜日で、去年の10月28日は土曜日だっつーの。プリキュアやってねーよ。明日と勘違いしてんじゃないの?
え? プリキュアじゃないの? いや、僕アニメ詳しくないから。違うアニメなの?
なんで異世界のアニメ事情僕より詳しいんだよ。
……。
え、マジ? 今日がお前初めてこっちの世界来た日なの?
ちょ、そういうこともっと早く言えよ。
何の準備も?!
玉子かけご飯が食べたいの?
いや、まあ。食べたいもの食べるのが一番健全だからいいんだけれど。
じゃあ、作ろうか。
でもご飯は今炊いてるから、30分くらい待ってもらうけど、いい?
ああ、じゃあ、プリキュアでも見て待ってて。
わかったわかった。自分で玉子割ってかき混ぜたいんだろ。教えてやんよ。教える程のものでもないけれど。
しかし、そっか。シャーロットがこっちで最初に食べたの、玉子かけご飯だったんだ。
そういや、言ったな。
『食えよ、炊きたての米だ。温かいものは温かいうちに食べるのが作法だぞ』ってさ。




