表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/42

シャーロット・シャリアール、産直市でレアチーズケーキを食べる。


 11月30日


 あの女、僕の車の後部座席に剣を放りだしたまま帰ってやがった。

 時空跳躍魔法の効果が切れて元の世界に返るのなら装備品も一緒に帰りそうなものなのに、身に着けていないと一緒に飛んでいかないのだろうか?

 流石に車に積んだままにはできないのでアパートに持ち帰り、押し入れにしまっておいた。

 これで突然警察に踏み込まれて家宅捜索でもされない限り、僕が異世界の暗黒騎士に代々伝わる漆黒の魔剣を隠しているとはばれまい。

 さて、次にあいつが来るのは土日くらいかなと思っていたら、今日の昼間に呼び鈴がなった。

 開けると、申し訳なさそうな顔をした異世界人シャーロット・シャリアールが佇んでいた。

 来るの、早かったな。

 まあ、用件はあれだ。この前忘れた剣を取りに来たんだろう。あれだけ騎士の誇り、決して手放さないと大見得切っておきながら忘れ物して帰ったことにそれなりに恥じ入るところがあったようで、えらい殊勝な様子だ。特に責める必要もないので、一緒に昼飯を食べに行くことにした。


 僕の仕事は不定休で、平日が休みになることも多々あるし、年末年始に普通に働いていたりもする。

 今日はたまたま休みなので、午前中に洗濯物を済ませて、お昼御飯の用意をするところであった。

 今から米を炊いてたら遅くなるので、彼女を連れて今日の昼食は近くの農協が運営している産直市に付属する食堂で済ませようかなと考える。地物の野菜を使った料理を出すセルフの食堂があるのだ。結構にぎわう。

 

 シャーロットはとかく歩くのが速い。僕よりも頭二つ分背が低いはずなのに脚が長いからとにかくすいすい先に進む。しかも方向音痴だ。方向音痴と言うか、勝手知らない日本の町並の中でも、堂々と歩いてしまうので「違う、こっち」と何回も引きとめる羽目に。知らないところを歩く時は普通もうちょっと警戒するべきなのに、彼女のチャレンジフルな性格は歩みを止めるとかの発想を考慮しない。

 今日は曇り空だけれど、彼女の住むムーンスレイブ王国は今日は快晴であるらしく、洗濯物が乾いて羨ましいという感想を述べたところで目的地に着く。

 ちょうど世間は昼休み、食堂は労働者でいっぱいである。ここれは入り口でトレイを持って移動しながら戸棚にあるオカズをとっていく、セルフの食堂。明らかに業務用なチキンカツや生姜焼きだが、付け合わせのサラダや炊き方の旨い米が人気で、作業員の兄ちゃんや地元の御老人なども利用する。僕もたまにアジフライが食べたくなると遊びに来る。ただしアジフライは最初に揚げてしまうので、食堂が開店してすぐにこないと揚げたてのフライは食べられないので要注意である。

 今日はもう正午を三十分も回ってしまっている。大かた熱を失って来たので、冷めても美味しい物にする。

 味噌である。ちりめんじゃことねぎと味噌を練り合わせた小鉢が実はここの一番旨いメニューなのだ。何しろ、ここのごはんだけは絶対にいつでも温かくて旨い。これに味噌を合わせると米と大豆の永遠の絆を感じることができる。

 いつものパターンで手にとって、そして後ろにいるシャーロットのことを思い出す。

 そう言えば、彼女は味噌を食べたことがないんだよな。僕の持った小鉢を見て、興味深々のようだが、果たして味噌は口に合うだろうか……。

 昔、異世界を冒険していた時は彼女がヒュドラの肉を半発酵させたものに果敢にチャレンジして気持ち悪くなってしまい寝込んだことを思い出す。

『ダイジロウ、その牛糞みたいなの何?』

 とか本当信じられないこと訊き方を異世界の言葉でする娘に「周りがもしラゴラディバリウス言語知ってたらどうするんだ?!」と思いながらも豆を発酵させた保存食品であることを説明し、初心者はこっちのチキンカツ食ってろと勧めたのだが……。

『私も、それ食べたい』

 とか言い出す。

 まあ、もし一口食べてみて駄目だった時のことも考えて、チキンカツも購入して、二人してごはん大と練り味噌、お浸しをお会計。

 向かい合わせになり、食事をする。

 この女、本当に躊躇するということを知らず、練り味噌をご飯の上にかけて箸を上手につかい口に入れた。

 目の色を変えて、次から次にパクパクモグモグ。

 どうやらお気に召したようだ。

 そして

『ねえ、そのチキンカツも食べていい?』 

 半分食え、いいな、半分だからな!


 シャーロット・シャリアールは、本当によく食べる。

 食事を、生きることそのものを楽しむように、美味しそうに食べる。

 それは彼女の魅力だと思うし、美徳でもあるのだが、いかんせん食い意地が張ってるのはどうにかならないだろうか。

 私生児として、食べ盛りの頃に孤児院に放り込まれて21人義兄弟姉妹と骨肉の食卓戦争を繰り広げて成長したからか、食にとても貪欲である。代謝がいいのかこんなに食ってるのに痩せ形だし。胃袋が外部取り付けになってるんじゃなかろうかというくらい、よく食べる。

 男児がおらず、シャリアール家に引き取られて後継者となってからもよく食べてたようだ。

 曰く『暗黒魔法を使うと、腹が減る』そうだ。そういうもんか。

 なら、異世界からこっちにやってくるだけで大分空腹になるのかもしれないな。ってことは、あっちの世界に帰ってからもまた食うのだろうか……?


 さて、食事が済んで、トレイを回収棚に置けば、あとは店を出て歩いて戻り押し入れの中にある剣をさっさと渡すだけである。

 しかし、シャーロットは目ざとく、食堂の横に隣接するケーキショップまで見つけていた。

 なんとここは地元農家の直売所であり、食堂でもあり、ケーキ屋さんまであるのだ。店内にベンチがあって食べることもできるので、買い物帰りに立ち寄る主婦もたまに見かける。

 そういや、前回は甘い物食べようとして時間切れになったんだったな。

『シャーロット、食べたいか?』

 無心に頷くから、連れていかざるを得ない。あれかな、もしかして僕甘いんだろうか……。


 ケーキの品数自体は少ないので、選ぶとしたらパウンドケーキか、レアチーズケーキかショートケーキ。

 僕はパウンドケーキが好みなのだけれど、連れ合いがムーンスレイブ王国に存在しないシルエットをしたレアチーズケーキに目を輝かせていたのでそれを二つ注文する。

 ケーキ屋の店員さんは知り合いのおばさんで「伊藤くん、お友達?」と興味深々な目でシャーロットを見ていた。悪目立ちするからなあ。食堂でも結構目立っていたけれど、食事をしにきた労働戦士達は華麗にスルーしてくれたのだけれど、話に華を咲かせることを責務とする御婦人方の視線は熱かった。

 彼女と言うには年が離れた娘なので、知り合いの娘さんを連れてきていることにした。あんまり上手に誤魔化せていないな……。

 

 二人で対面に座り、レアチーズケーキの入った紙箱を開封する。

 その真っ白な造詣は眼で楽しめるし、甘いチーズの香りは、自動的に肺まで届く。これは五感で満たされる。

 フォークでも借りようかなと思ったら、シャーロットは手で掴んでぱくりと齧った。

『せっかくのケーキなのだから上品に食べろよ』と言ったら『上品ってどんな風に?』と訊かれたので、ちょっと困って『その、こう両手で持って、一口を小さく齧って、感想言いながら食べるとか』としどろもどろになると、シャーロットは目をぱちくりさせた後、ケーキを両手でもっと、小さく齧ってモグモグした後「おいしいね」とかはにかんで見せた。

 我慢できなくて、二人で爆笑してしまった。


 食べ終わった後、訊いてみる。

『こっちに遊びに来る回数最近多いけれどなんか辛いことでもあんの?』

 こういう時に、腹芸をする器量は持ち合わせていないのだ。

 彼女は、その問いを待っていたのか、困ってしまうのか、少し待って。

『色々あるよ。シャリアールの当主代理になれば』

 こうしていれば、ただの大食い少女だけれど、自分の世界に帰ればセプテン領主シャリアール家を背負う立場にいる暗黒騎士である。黒い大鎧を纏い、剣で武装し、暗黒魔法を放ち国難に立ち向かわなければならないのだろう。

『今年の領民から聴取した税金の計算が、面倒くさくて』

 あ、そっち系なんだ。

『私の家、そういう経理をしてくれる代官がいないから、全部領主がするの』

 そういや、税金ちょろまかしてた悪代官をお前さんがぶっ飛ばして追放したんだな。

『去年まで水増しされてたから減税されてて皆喜んでくれるんだけれど、リベートを得ていた悪徳商人が突っかかって、領内の流通をわざと滞らせたりとか、私がこんな小娘だからってわざと相手にしなかったり、悪評を撒いたり』

 ちょ、ガチやんけ。

『仕方ないから、脱税と収賄の証拠を掴んで、逮捕したんだけれど、裁判官が買収されててうまく進まないの』

 ケーキ食ってる場合じゃないな?!

『昔、二人で冒険している時はもっと簡単だったのにね。悪党の屋敷は焼き払うだけでよかった』

 僕達そんなことしたっけ?! あ、したわ。一回したわ。

『なんだか、あの三年間のことを思い出すと、つい、懐かしくなっちゃって、会いに来ちゃった』

 なんか泣きそうになってるシャーロットに、なんと声をかけてやるべきか。

 さっきから、カウンターの向こうから異国の言葉を喋る金髪碧眼の少女が俯いて泣きそうなのをびっくりした目でみてるおばちゃんの視線が辛い。

『私って本当駄目だよね。暗黒魔力を武器に纏わせて叩きつけるくらいか得意なことなくてさ、いっつも空周りしてる』

 それはそれですごい技能なのだが。

 思わず、言った。

『己に与えられた役割を放り出さずに、一生懸命にこなしてる君を尊敬するよ。思いっきりやればいいさ。それでどんな結果になったって、それを嗤ったりしないよ』

 それで、シャーロットは、『うん』と頷いた。

 ケーキもう一つ食うか? と訊いたらやっぱり頷いた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ