シャーロット・シャリアールとシャーリー・シャリアール、ドラ焼きを楽しむ。
9月17日
秋である。
夜風がこれだけ冷えれば、十分季節は動いた。
脂ののった魚が旨いと感じる日々である。
今日は敬老と日ということで、まあ、実家とジンさんに菓子でも買うかと思い、件の和菓子店お菓子のスズキで敬老ギフトセットを3つ購入した。
世間は祝日だが生憎そういうカレンダーとは関係ない仕事をしている身としては、普通にお仕事して定時に退社である。
アパートに付き、階段を上っていると、そろそろシャーロットが遊びに来る頃でないかな、あいつ今日が敬老の日とか知ったらまた『こっちには記念日が多過ぎる! 私もお菓子贈ってもらいたい!』とか逆切れしそうよな、なんて考えてしまう。もしもの時を考えて、セットを3つ買った。どうせ来たら、一緒にお茶でもしたらいいやくらいに考えて。
鍵を開け、中に入り。
玄関に知らない女性の靴が揃えてあるのに気付く。
……女性物のそれだが、シャーロットの靴じゃない。っていうか、あいつは家の中に召喚されたことはないはずだ。
まあ、こんな綺麗に靴を揃えて脱ぐような御仁がいきなり命を狙ってもくるまいと思い、部屋に入ってみると、実際に人が一人座っている。
こちらに横顔を向けて
金髪碧眼の妙齢の女性が、居間に座っていた。
黒い装束、としか形容しづらい意匠の無い平服。
腰に差していただろう剣を手元に置き、御茶を啜っていた(僕の湯飲みと急須だった)
そして、彼女の肩にちょこんと、緑色の肌をした小鬼がのっかっていた。
彼女は、全然こちらに気付いていない。音も普通に立てているのに気配とか感じないんだろうか。
すると、感じたらしい小鬼と眼が合う。
そいつは、ラゴラティバリウス言語を口にした。
『あ、やっと帰って来やがった。御方様、ほら、ダイジロウが帰ってきやしたぜ』
そう言って、自分を肩に乗せた女性のほっぺたをつんと指でつついた。
そこまでされて、やっと顔を上げて、僕と眼が合う、眼付きの鋭い、けれど娘と同じような笑い方をする彼女もまた、ラゴラティバリウス言語を口にした。
『オ久ぶりデす。ダイイロウ』
彼女は、暗黒剣士シャーリー・シャリアール。
セプテン領主に仕えた、先代シャリアール暗黒騎士。
領主との間に不義の子を為した咎で、暗黒騎士を廃業し、家を追われ、出張依頼魔物駆除業者として諸国を巡る自由人。
シャーロットが当主代理、正統暗黒騎士となったことで、シャリアール家に戻ることが許された、それでもゆるゆる生きてる人。
つまり、シャーロットの、ママである。
……いや、おかしいだろ。
いろいろ、おかしいだろ。
シャーリー夫人は、なんでお母さんが来るんだよ。
どうやって来るんだよ。
固まってしまっていたら、小鬼の方が喋る。
『ほら、そんなとこで固まってないで、座れよ。お前の家だろ、って御方様は言いたいみたいだぜ』
慣れた口調である。
こいつと会話すんのも久しぶりだ。
『元気みたいだね、グリムロード』
彼は夫人の使い魔、小鬼のグリムロード。強い魔法騎士は自分の使い魔を持つのが習いらしく、夫人と彼の付き合いは夫よりも長いらしい。とかくおしゃべりでなれなれしい。夫人が口数の少ない人だから、代わりに口上を述べるのが彼の務めである。
『それで、夫人は今日はどうされたんですか?』
と質問して、ミスに気付く。
そも、夫人は生来、耳が聞こえない。会話ができない。
先ほど僕の名前の発音がちょっとずれていたのも、そういうことだ。
しかし、意志の疎通はできる。
夫人がちょいちょいと手招きをする。いつものアレか。
頭を差しだすと、夫人は僕の頭をがっしと掴み、掌に薄墨羊羹みたいな色の魔力を展開した。
夫人の魔力が、僕の脳内に這入る。
そう、同化の性質を持つ暗黒魔法。
これを使って相手の思考を読み取り、魔力的な意味で以心伝心な使い魔に代弁させることが夫人のコミュニケーション。
2秒ほどで、脳内検索は終わった。
グリムロードは、苦笑いしていた。
『御方様は、そのケイロウギフトセットの中のドラヤキが御所望だ』
母娘揃ってそれか。
『おっと、間違っても母娘揃って食い意地の張った連中だ、なんて思っちゃいけないぜ。暗黒魔法は腹が減るのさ。間違っても食いしんぼキャラアピールして若作りしてるわけじゃねーぜ』
そこまで言うと、小鬼の口からピンク色の靄が吐かれた。
グリムロードの種族は、悪いことを口にすると靄が口から溢れる悪癖がある。
で、口から靄を吐いたのを見た夫人は、何を言ってるのかは聞こえてないけれど、何かろくでもないことを言ってるのを察して、小鬼をしばく。
肩から叩き落されるグリム。頭を押さえながら、夫人の背中を這い上がり、また肩に座る。
この光景も、馴染みである。
『ドラヤキねえ。これ、中身ドラ焼きだったんだな』
それもあれだろうか、闇の流れとかでわかるんだろうか。シャーロットよりも一段レベルの高い闇の捉え方してるよな。
するとグリムが続けて
『それに合うだろう茶も入れて準備万端なんだよ。あれだ、闇の流れでわかるんだよ』
夫人もそういう言い回しするんだろうか。
まあ、どうせ異世界人に食べさせようと思って買って来たんだから、食べればいいかと、一箱開ける。
ところで、シャーロットが一緒に来ているのだろうか? と気になり問いかけると、やはり、シャーロットに連れてきてもらったとのこと。
今、ムーンスレイブ王国にいる6人の暗黒騎士の内、次元跳躍の扉を開くことができるのはシャーロットだけなんだとか。あの子、そうして聞くとすごい子なんだなと感心。
『半分は、あんたのせーだぜダイジロウ』
台所で一応ドラ焼きを皿に盛り付けていたら、今からグリムが声をかけてくる。
『シャーロット様はな、あんたと出会って、暗黒騎士が持たない感情を持っちまったからなあ。それは御方様だって持たない心だ。きっとそれが大事だったんだろうな』
え、何それ。
『訊きたいか?』
とか嬉しそうに言う小鬼に、聞きたくないと返し、お菓子皿を今に運ぶ。
『聞いてくれよ。暗黒騎士の奥義ってのはな』
そこまで言って、黙りこくった。
シャーリー夫人が人差指を口元に当てたからだ。
そりゃ、それだけピンク色の煙を口元からモクモクさせてりゃな。
何を言う気だったのやら。
『グリム、君もドラ焼き食べなよ』
三人で、お菓子を食べる。
夫人はこちらの世界のお菓子を食べるのは、実は初めてではない。
昔、ムーンスレイブ王国にいた時に、こちらの世界の物が漂着する事件があったり、シャーロットがお土産にレアチーズケーキ持ちかえったりしたことがあるから、その時に口にしている。
けれど、数回だ。
久しぶりに餡子を挟んだふわふわした甘い物を口にしたシャーリー夫人は、その鋭い瞳をうすく閉じて、無口な口元を綻ばせて、本当、シャーロットと同じような笑顔をしていた。
この人、僕と同じ30代なんだよな。
シャーロットも、30になってもこんな風に笑うのかな、なんて少し思って。グリムに訊く。
『シャーロットも、来てるんだろ?』
グリムが言うには、シャーリー夫人が僕に言いたいことがあるらしく、シャーロットに無理を言って連れてきてもらったらしく、彼女は今小室さんのところに行ってるらしい。
……え、急に雲行きおかしくなってない?
いや、確かにそれ以外理由なんて思いつかないけれど。
普通にお菓子食べに来ただけじゃ駄目なの?
どらやき一個食べきったシャーリー夫人と、使い魔グリムは、御茶をゆっくりと呑み干して、一息吐いて。
座布団をどけて、二人並んで手をついて、頭を下げた。
グリムロードが口上を述べた。
『ダイジロウ様。シャーロット様の御怪我を治す為に、己の身を呈して下さったこと聞き及んでおります。この一生の御恩、決して忘れません』
……ああ、八月のあれか。
おやつ食べた後にそんな大事なこと言うあたり、シャーロットのマッマよな。
僕は何と言うべきだろうか。
あ、言っても聞こえないのか。
夫人の肩を掴み、上体を起こし、僕の頭を掴んでもらおうとした。
けれど、夫人はそれを拒否した。
どうも、そういう使い方はしないらしい。
僕は何をすればこの人に気持ちを伝えられるか。
『ちなみに、シャーロットに手出したのか?』
と口から火災報知機鳴りそうなくらい靄吐きまくってるグリムは、僕がしばいておいた。
玄関の呼び鈴が鳴る。
『ダイジロウ? もう帰ってるの? 今日、ママも遊びに来たいって言ったから一緒に来たんだけれど……むむ、この闇の流れはお菓子の気配!』
無邪気な顔が玄関から飛び込んできた。
いつもみたいな顔で
『こんばんは、ダイジロウ』
此方の気苦労も知らずに、シャーロットがいた。




