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シャーロット・シャリアール、シソジュースで熱帯夜を乗り切る。


 7月17日


 クッソ暑い。

 なんだこれは。異世界にいた時に、灼熱の風吹き荒れる大地を旅した時もあるけれど、、もっと快適だったぞ!(まあ、あの時は空調魔法使ったり暑い時には日陰でじっとしてるとか対策ばっちり取ってたんだけれど)

 夜でも蒸して、遊びに来たシャーロットが干からびた蛙みたいな体勢でぐったりしている。

 エアコンは効かせているのだが、ムーンスレイブ王国にないこの湿度による蒸し暑さというのは、堪えるようだ。

 慣れない環境は耐久値をごっそり削る。

 なのに『コムロのところ行ってくる』ととぼとぼ外出していった。

 夏の酸素が燃焼しきるまで、しばらく地球に来ない方が異世界人の彼女の健康のためにはいいと思うのだけれど、『コムロがユカタ? を縫ってくれてるから、採寸合わせにいかないといけない』とか元気なさげに言っていた。そう言えば、隣人の小室さんに浴衣を縫ってもらっていると言っていたな。

 やれやれ。


 しかし二時間ほどして、すごい溌剌とした顔で帰ってきた。

 どうしたのか訊くと、夏バテしてる様子を見かねた隣人の小室さんがなんか赤い水を飲ませてくれたらしい。そうしたら『めっちゃ爽快! 元気出てきた!』とのこと。

 何かヤバイものでも飲まされたか?

 赤いって、味はどんなだったのかを訊くと『酸っぱくて甘い、薬湯を美味しくした感じのもの』とのこと。

 ふうむ。

『ダイジロウ! コムロが君にも飲ませたそうにしてたよ! 飲んでおいでよ』

 なんか急に躁状態になってないか? 大丈夫か? と不安だが、最近元気がなかっただけで、元々こういうテンションの奴だったなということを思い出し、ちょっと顔を出すことにした。


 アパートの廊下に出ると、夜風は思ったよりも涼しかったが、冷房の効いた室内のほうがいい。

 隣の小室さんの所までいくのもおっくうな気分になるが、呼ばれているのなら仕方ない。

 隣室の呼び鈴をならし声をかけた。

「ごめんください。夜分失礼します。隣の伊藤です」

 中から慌てた声がした。

「ほえっ? 伊藤さん? なんで? なんで伊藤さん?! あ、ちょ、待って下さい。あいた! こけた。あ、はい今服着ますから、あ、なくてはい。開けます開けます待ってて下さい」

 全然呼ばれてねえじゃねえかあの金髪美少女野郎。

 5秒後、額に汗した小室さんが出てきた。

「えへへ、こんばんは。先ほどはシャーロットちゃんありがとうございました」

 不思議な挨拶をされた。

 こちらも会釈を返す。

「お取り込み中でしたか?」

「いえいえ、とんでもありません。ちょっと暑かったのでだらけていただけで、へへ」

「先ほど、シャーロットが何か飲み物を頂戴したらしく。いつもすみません。これ、貰い物なのですが、よろしければ小室さんも召し上がってください」

 と、御中元でいただいた要冷蔵ミルクアイスをお裾分けする。

 小室さんは最初は固辞したが、なんとか無理矢理渡し、ちょっと気になる赤い水について訊いてみる。

 するとあっけらかんと

「あ、小室家直伝のシソジュースのことですね」

 とのことだった。

 シソ? ……あ、紫蘇か。あのそうめんの薬味に使うような。

 ……それ旨いのだろうか?

 と、怪訝な顔をしてしまったせいだろうか。

「飲んでみます? どうぞあがってください」

 と女子大生に部屋に上がってしまった。

 まずいな、シャーロットの引率ならいくらでも入れるけれど、個人的に年下の女性の部屋に這入るのは流石に気が引ける。……ま、そんな気にしなくてもいいか。お隣さんだし。

 居間には、シャーロットのものらしい朝顔が彩られた水色の浴衣の縫いかけがある。素人の僕にはこれがどれくらいの行程で、どれくらい上手に縫われているのかはわからないが、とても上等なものであることはわかる。誰かが友達のために縫うのだ。いいものに決まっている。あいつ風に言うなら、纏っている闇がそう言っているのだ。……いや、闇を纏った浴衣というのも変な話か。

 とか考えていると、小室さんが御盆の上にグラスを載せて部屋に来る。

「はい、どうぞ」

 出てきたのは、本当に赤い水だった。

 言われてみれば、赤紫蘇の色だ。いや、もっと透き通っている。僕はてっきり紫蘇をミキサーにかけたようなすっごいものを想像していたのだが、見た感じ、透明感のある色彩が甘みを纏ったような、綺麗な赤だった。

 眺めていると、小室さんがにこにこしながら

「紫蘇をたっぷりお水につけて、クエン酸と砂糖を入れるんです。喉越しがよくて、身体がだるい時に飲むと力が湧いてきます」

 へえ。一口飲んでみる。うわ、うっま。

「うわ、うっま」

 思わず言葉にしてしまう。

「ひ、ひひ」

 小室さんが嬉しそうに笑った。この人、嬉しい時は「うひひ」と笑って、照れると「えへへ」なんだよな。

 びっくりするくらい喉越しがよくて、紫蘇の苦味と砂糖の甘みがうまいこと融け合って身体に染みて行くのがわかった。

 平均気温の高さがダメージを蓄積させていく身体に、いい風吹かせるわ。

「お口に合いましたか?」

 と訊かれて思わず

「すごいです。こんなにうまいもの久しぶりに飲みました」

 なんか、感動してテンションあがった。ああ、シャーロットの奴がああなるのもわかるわ。

 小室さんは少し恥ずかしそうに

「あんまりこんな田舎くさいもの、クラスメイトには教えにくくて。シャーロットちゃんが冷蔵庫を無理矢理開けてこのジュースを淹れたビンを出してこなくちゃ御馳走する気もなかったんですが」

 あの金髪美少女野郎、人様の冷蔵庫を勝手に開けるなと教えているのに。

「怒らないであげてください。多分、私が冷蔵庫を気にして本当は飲んで欲しいと思ってるのに気付いてくれたんだと思います。不思議な子ですよね」

 周辺の闇の流れでわかったのかね。

「時代劇好きだし」

 え、そうなん?

「こっちの部屋に遊びに来た時は、ケーブルテレビの時代劇チャンネルばっかり見てますよ」

 そうなんだ。というか、小室さんケーブルテレビ引いてるんだ……。

「最近『オネゲーシマスオダイカンサマ』ばっかり言ってますよ」

 えー?!

 こちとら冷や汗ものである。

「申し訳ありません。うちのシャーロットが、最近ご迷惑ばかりおかけして」

「気にしないでください。とても楽しいです。こうして伊藤さんともお近づきになれましたし。あれ? こういう時お近づきでいいんでしたっけ? えへへ」

 やれやれである。

「シソジュース、たくさん作ってるから、いつでも飲みに来てくださいね」



 帰宅すると、何故か小室さん側の壁に向かって聞耳を立てているシャーロットがいた。

『お前、何してんの』

『二人っきりだとどんな会話すんのかなと思って』

『日本語わからないだろ』

『そんなことないよ。最近テレビを見てちょっとずつ覚えてるんだから』

「おねげーします?」

「オダイカンサマ」

 どういう意味かわかってんのかね。

『あんまり、小室さんに甘え過ぎるなよ。迷惑にならない程度にな』

『でもさあ、コムロって際限なく世話焼いて来るんだよ? 食事だってあーんして食べさせてこようとするし、汗かいて部屋に入ったら、身体拭いてこようとするし。私だって結構遠慮してんだから』

 その情報聞きたくなかった。

 シャーロットは続ける。

『すごく、居心地がいいんだ。私、ダイジロウくらいしか気軽に話せる仲いなかったし、多分他に友達って奴はできないと思っていたから』

 ふうむ。

 年頃の娘の距離感というのは、おっさんの僕にはわからないけれど、当人同士がいいのならあまり首突っ込まない方がいいのかな。


 とか考えてたら、急に何かに気付いたようにシャーロットが慌てる。

『あっ、でも! ダイジロウとごはん食べるのが一番楽しいよ! 早くこの前注文したキシメン? 届くといいね!』

 ……止めて、まるで小室さんが僕よりもシャーロットと仲良くしてることに嫉妬してるみたいな言い方止めて。


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