シャーロット・シャリアール、ハンバーガードライブスルーに挑戦する。
11月28日。
夜が冷気を帯びるようになる季節がきた。流石の体脂肪33%(35%だったか?)の僕でも上着が必須。そろそろ彼女が異世界からやってくる時間なので、ガスの元栓を締めて、窓にカギを掛けて、玄関の鍵をどこに置いたか忘れてちょっとばかし考えた後、ガスの元栓締めた時に台所に置いたことを思い出した。
鍵を見つけて手に取るのと、呼び鈴が鳴るのは同時であった。時計を見ればちょうど19時。いつもながら時間に律義だ。ラゴラディバリウスに時計なんてないのに。
玄関の向こうにいるであろう人の名は、シャーロット・シャリアール。異世界ラゴラディバリウス大陸にあるムーンスレイブ王国の暗黒騎士だ。昔、異世界転移してしまった時に、一緒に冒険をした親友で、彼女が冒険の最後に会得した次元の扉を超えて異世界へ行く魔法で僕は日本に帰ることができた。
出来たのだが、彼女はその魔法を悪用して、たまに日本に遊びにきて、晩飯をたかる。主に一週間に2回くらい。
さて、玄関の向こうにいるであろうシャーロットには度重なる来訪の中で「暗黒騎士の鎧を着て遊びに来るな」「アパートの扉をバンバン叩かなくてもこのボタンを押せば呼び鈴がなる」と説明しておいたので、呼び鈴がなって玄関を開けると、金髪碧眼の美しい娘が立っているだけだった。彼女が持っている服の中で一番日本で着てても違和感ない感じのデザインの服を着てくるように頼んだら、ちゃんと僕が思い描いていた通りの姿恰好になっていた。この世界にはない生地で縫われてるけれど、ぱっと見綿100%だし、下も遠めには緑色のジーンズにしか見えない。
これなら冬場なのにラフな格好してる外人さんだ。
腰に吊るした剣さえなければ完璧だったのだが。
その後30分かけて「この国では剣を持って歩くことは違法」と懇切丁寧に説得したのだが、どうしても納得してくれず、なんとか「次に来る時には剣を置いてくる」と約束してくれた。
シャーロットはずっと『もし物盗りでも出たら、どうするんだ不用心な』とか文句言ってたけれど、そんな向こうみたいに出ねーよ。……いや、どうだろう。最近物騒になってきたからな。
もしもの時は軽めの魔法でちょいちょいっと捻ってくれと言うとえらい目を輝かせていた。少し不安。
本当は以前食べたいと言っていた坦々麺屋にでも連れて行こうかと思ったけれど、流石に繁華街にこんな悪目立ちする、腰に差した剣を外すように要求すると、かたくなに抵抗する暗黒魔法の遣い手なんて連れていけない。
さて、どうしよかと思うが、剣なんて持ってくる彼女が悪いと言う正解に気付いてしまい、ドライブスルーでハンバーガー買って、家で食べることにした。
これがデートならば悪手だろうが、ぶっちゃけ僕とシャーロットは23歳差で、親子くらい離れてるし、旅の野宿でイビキかいてる彼女に「うるせー」と叫んだこともあるような仲なので、食べれたらなんでもいいのだ。
しかしあれだな。今さらだけれど、そんな娘を連れまわしてる絵柄って、あんまりよくないよな……。
細かいことは気にしないで、早速でかける。
彼女、遠出とか乗り物に乗るのとか好きらしく、僕の小汚い軽自動車にもワクワクした様子で乗って助手席に座ると、勝手知ったる風にシートベルトを締めてカーラジオを付け出した。言葉はわからなくても、この時間にやってるラジオパーソナリティの声が好きらしい。……そう言えば、あっちの世界を旅している時に出会った小人族(ゴブリン系)の声に似てるな。あちらの世界とどこか似通ったものを見つけるのが彼女の異世界探訪の楽しみの一つのようだ。
出発する前にシートベルトを締めるように言うと、すでに準備OK。腰の剣邪魔にならないのかな? と思って助手席を確認する。
シャーロットの野郎、腰の剣を外して後部座席に放り出していた。
『おま……、剣外していいの?』と声にならない言葉で訊いたら、キョトンとした顔で『あれ差してたらシートベルトできないじゃない?』とか返ってきた。
色々言いたいことはあったが、ぐっと我慢して、サイドブレーキを解除した。
ハンバーガーショップのドライブスルーに到着したが、特に他の車もなくすぐに注文できる。
何にするかは、車内で事前に訊いていたので、肉信仰の強い暗黒騎士はダブルチーズバーガー一択である。最初は『一番安いのでいい』とかのたまうが『遠慮は無粋』と言ったら『一番肉がたくさん入ってるやつ』と即答があるあたり、彼女も剛の者だ。
スピーカーの前で停車し、機械越しに店員さんに注文を訊かれたんでダブルチーズバーガーと野菜たっぷりバーガーをそれぞれセットで頼もうとしたら、シャーロットが袖をひっぱってきて『私がそれやりたい』と言いだした。この娘、なんでもチャレンジしていく精神あるよなあと少し関心して、代わってあげると、ベルトを外し、僕をまたいで運転席側の窓から身を乗り出す。
透き通った声で、たどたどしい日本語を使い「だぶるちーずばーがーぽてとせっと」を頼んだ。おい、僕のも頼め。やさいたっぷりばーがーだ。
そうして店員さんがご注文を繰り返して「それでおねがいします」と返事するところまででようやっと満足したらしい。こいつに「おねげーします」という日本語を教えたら面白そうだと思ったけれど、やめとく。
支払いには興味がないらしく、僕が財布から千円札を二枚出してお釣りと商品を受け取る間はおとなしかった。シャリアール家に金銭は不浄なものなんて教えあったっけかな? と内心考えたが、多分他人様の金に触るのは失礼だろうという価値観だと判断した。
チーズバーガーの入った紙袋はひったくるようにして僕から奪ったから違いない。
さて、後はの行程は家まで帰ってハンバーガー食べてこいつに「そろそろ帰れ」と言うだけだ。早速移動しようとしたら、シャーロットは「どっか近くで食べよう」とか言い出す。家まで待てないとか子供かよ、お前最近成人の儀式したじゃんかよ、とツッコんだが、『バカだな、ダイジロウ。温かい物は少しでも温かい内に食べるのが作法だぜ』とかドヤ顔で言う。
イラっとした。
それは、昔異世界を旅していた時に、僕が彼女に言った台詞だったから。
仕方ないので、近くの運動公園に行く。あっこはジョギングコースにもなってるから街灯も途切れず点灯しているのだ。
5分で駐車場に付くと、シャーロットは食事の入った紙袋と剣を持って下車する。できるだけ人目につきたくないなと思っていたら二秒で戻ってきて『寒い、車内で食べよう』だってさ。そりゃこの季節にその薄着だからなあ。
そういや自分の周囲に風の膜を張って寒さをしのぐ魔法とかなかったっけ? と思うけれど、なんか僕も外に出るの億劫だから、さっさと食べることに。
車のエンジン音と、ゴブリンみたいな声のラジオパーソナリティのトークだけがある狭い世界。
チーズバーガーとホットコーヒーの匂いが充満する車内。僕珈琲苦手なんだけれどなあ。この女どうしてこんな黒い物飲めるんだろ。絶対チーズバーガーに合わないだろ。とは思うけれど、食べたいものガツガツ食って幸せそうにしてる女に文句言うのも野暮なので、何も言わずに野菜たっぷりバーガーとホットミルクティーを取りだすと、シャーロットの手と口が止まった。
実は、彼女レタスが好物なのだ。肉好きな癖に。
向こうの世界では新鮮な野菜を食べる機会というのは限られており、こっちの世界で瑞々しい野菜をたっぷり使ったシーザーサラダを食べた時には涙すら流し『私に息子が産まれたらシーザー、娘だったらサラダと名付ける』とか言いだすくらいだった。
そんな彼女が野菜多めのハンバーガーなんて見た日にゃ『ダイジロウ、私そっちがいい』とか言い出す。
お前、自分の半分食ってよくそんな提案ができるな。
すると、またこの女、ドヤ顔をして『遠慮は無粋』だってさ。
そういうわけで、食の暗黒面に落ちた少女騎士に自分のハンバーガーを半分こして、渡す。食い掛けを渡されそうになったんでいらないと答えたら、本当に1,5個食べやがった。
育て方、間違えたかな。
それでガキみたいに頬張って『おいしい』とか言うんだから、本当困る。
食後の飲み物まで済ませて、僕様はまだお腹が減っているのでなんかデザートでも連れてってやるかなと思ったら、帰る時間が来たという。
どうやら、次元跳躍の魔法はタイムリミットが来ると強制的に退場という仕組みのようだ。
次に来る時は剣を持ってくるなときつく注文をつけるが、彼女は御注文を繰り返さずに『またね』とだけ言ってこの世から消えた。
時間が来て、帰ったようだ。
後には、エンディングの始まったラジオ番組と、僕の苦手なカフェイン香る空の紙コップ。
溜息も出る。やれやれ、暴れるだけ暴れて帰って行った。
あいつ、あんな風にはしゃぐ時って何か鬱憤抱えてる時なんだよあ。遠慮すんなと言ってんのに。
次はちゃんと問い詰めてやらねばなるまい。次があればの話だけれど。