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シャーロット・シャリアール、牡蠣大根を食べる。


 2月11日。


 インフルエンザが流行しているので、シャーロットに来るなと言った。

 ふと考えたのだ。

 異世界にインフルエンザ持ちこんだら、やばいんじゃないかなあと思って。

 それを言い出したらすでに何か悪い菌持ち帰ってるんじゃないかという不安はあったのだが。


 さて、昨日はジンさんが買い物をしたいというので車を出したのだが、そのお礼に夕飯を御馳走してくれるという。

「あの可愛い女の子も連れておいで」

 と言ってくれるが、来るなと言っているのだ。

 けれど、こういう時に、奴がこないわけがない。

 さあ出掛けようと扉を開けると、いつもは着ない黒い服を着たシャーロット・シャリアールがそこにいた。

『こんばんは。その格好を見るに、今からお出かけ?』

 こうして見ると、クッソ美人だよな。

『こんばんは。お前、来るなって言っただろ。最近こっちは悪い病気流行してんだぞ』

 すると、そのクッソ美人な顔に稚気をみなぎらせ、背中のうなじを見せてくる。

 なんだ? なんかお札みたいなものを貼っている。

『知り合いの魔導師に相談して、病魔払いの札を作ってもらったの。あの暗黒騎士の鎧と同じ対毒性能があって、そのインフルエンザにだって負けないよ!』

 また、迷惑なもんを開発したなあ。

『ただ、効能は【長い針が二周するくらい】しか持たないらしいから、急いでごはん食べよう!』

 二時間か、長いような短いような時間だな。

 とりあえず今日の予定を説明し、今から秦泉寺カネさんとこに行くことを伝えると眼を輝かせて

『カレー!』

 喜んでる。毎回カレーというわけじゃないぞ……多分な。

 それから慌てて車に乗って、ジンさんにはやっぱり二人でお邪魔することを伝えると、そうだと思って夕飯は三人分用意している、とのことだった。

 まったく、やれやれである。


 一時間かけて、ジンさんの家に到着すると、この前まで庭はまっくらだったのに、ライトが着く様になっていた。ありがたい。暗闇の中をシャーロットに手を引かれて歩くのは、結構危険だから。

 シャーロットが呼び鈴を鳴らすと、割烹着のジンさんが迎えてくれた。ジンさんは僕達を見ると

「こんばんは大ちゃん。昨日はお世話になりました」

 と頭を下げてくるが、車を出したくらいだから世話も何もないのだけれどね。

 シャーロットはまた仰々しく敬礼でもするかと思ったが、普通の女の子らしいお辞儀をして家の中に這入って行った。勝手知ったるという風である。

 こいつ、勝手に一人でジンさん家に来たりしてないだろうな? という疑問も浮かぶが、筋を通すタイプの女だからそんなことはしないのは3年の付き合いでわかっている。単純に図々しいだけだ。

 居間に着くと、異世界人は勝手知ったる風に器を台所から運んでいた。

 手、洗ったんだろうな。

『シャーロット、手を洗ったんだろうな』と確認すると、心外そうに『洗ったし、あのドス黒い液体でうがいもした』とのこと。くそ、手際がよくなってる。

『ほらほら、ダイジロウは邪魔だから座ってて』

 とかいって居間に押し込まれてしまった。こいつ……。


 今日の夕飯のメニューは、厚揚げの煮物とカニ入り玉子焼きとポテトサラダという、僕の好物がずらりと並んだ豪勢なもので、メインディッシュは生協の共同購入で手に入れたと言う牡蠣を使ったものであった。

 ジンさんが年に一回くらい、生食用の牡蠣が手に入った時だけ作ってくれる、牡蠣大根である。

 その名の通り、たっぷりの牡蠣と短冊に切った大根を煮て、ゆずの皮を垂らしたスープ。

 味付けをどうやったのか訊くと

「お醤油とお塩を一つまみ。牡蠣のお味だけで仕上がっているわ」

 とか極まった回答が返ってくる御馳走なのである。

 あんまりにおいしくて牡蠣無口になるところ。シャーロットを見ると、感無量と言った風にスプーンを口に運んでいた。

 絵になるなあ。

『シャーロット、そんな無理に上品に食べなくていいぞ』

 とか誤解されそうなアドバイスをすると、急に食べるペースが上がった。

『美味しい! 美味しい!』

 パクパクモグモグ、食べ盛りの子供みたいな勢いでかっこみ始めた。

 まあ、これはこれで面白い絵だ。

 ジンさんはシャーロットがおかわりすると嬉しそうに注いでくれる。

 年寄は本当、食べさせたがるよなあと思ったが、僕もシャーロットと二人で出掛けたら何かと食べさせてしまうことを考えると。

 うん。まあ、そういうことなんだろう。

「ダイちゃんはおかわりいいの?」

 と訊かれたので、一応、少しだけついでもらった。


 楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、食べ終わり、お茶を飲んで流しに食器を運んだところで、一時間くらい経っていることに気付く。

 そろそろ、病魔払いの札とやらの効力が切れるんじゃないか? とこたつで丸くなっていたシャーロットに確認したら、まるで忘れていたような顔で飛び起きた。おいおい。

『ごめん、今回は札の効力が切れるのと同時にムーンスレイブ王国に戻るように設定していて、もう私帰らなく――』

 言いきる前に、この世から姿を消した。異世界に帰ったのだろう。

 入れ違いでジンさんが居間に戻ってきて、御茶菓子を出してくれた。

 友人が東京旅行の土産に買ってきてくれたという餡子のはみ出た最中。

 こういうのシャリアール好きそうだよな。あいつ和菓子食べて手が震えるほど感動してたから。

 次はいつ来るかわからないから、あいつの分も食っておいた。

 その話をしたら、あいつまた子供みたいに怒るんだろうか。それとも、次は3時間効果のある札でも背中に貼ってくるのかもしれない。



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