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シャーロット・シャリアールとラザニア、あと公衆の面前で暗黒魔法を使う。


 1月26日


 結構凹む出来事があった。

 シャーロットを連れて4車線の国道沿いの歩道を歩いていた時のことだ。

 CDレンタルショップに連れて行って欲しいと頼まれて『お前の会員カードなんて作れないからな」と念を押していた時だ。

 目の前の道路で交通事故があった。


 路面が凍っていたわけでもない。

 スピードを出すような車線でもない。

 たまたま、止まり損ねた車が、たまたま何かに乗り上げて横転した。

 よく映画の1シーンでスピードを出し過ぎた車がくるりと半回転して屋根から火花を出しながら滑って行くシーンがあるが。

 本当にあんな風に滑って行くのだなと驚いたし、そのまま電柱にぶつかった時には、本当に電柱にぶつかって止まるのだなと思った。

 時間にして、1秒にも満たない間に、妙に頭が回転して色んなことを考えた後、二つのことに思い至った。


 一つは、運転手は無事なのだろうか。

 もう一つは、こんな光景を見たシャーロット・シャリアールがどういう行動をするかを思い出した。


 僕が横にいるはずの異世界人の少女に眼をやった時には、シャーロットは夜闇よりもなお深い黒い鎧に身を包んで、事故現場に向かって駆けだしていた。

 緊急時に、魔力で引き寄せた闇を鎧の形にして身に纏う暗黒魔法闘法の初手だと昔聞いた。

 待てと言う前に彼女はもう僕の手が届かないところまで駆けていた。

 うん、車からガソリンが漏れていたのがわかったから。

 引火するんじゃないかと思った。


 まさかあんなにわかりやすく燃えるとは思わなかった。

 冬の夜空を、煌々と化石燃料が熱していく。

 全然離れているのに、熱を伴う風にあおられて、足が震えた。

 あの中に、突っ込んでいったシャーロットのことを思うと、怖くて、首筋を怖いものが走った。

『シャーロット』

 叫んだ。

 返事がない。

『シャーロット』

 もう一回叫ぶのと同時に、黒い塊が炎の中から飛び出して、それは老人と少女に変わった。

 駆けだしてた。足がもつれながら近寄って無事を確かめた。

 少女はぷんすかと怒って

『ちょっ! 燃えるなら先に言ってよ! 何、自動車ってぶつかったら爆発するようにできてるの?!』

 いつものような、溌剌とした顔だった。


 とても長い数瞬の後は、ほとんど覚えていない。

 確か、救急車とパトカー呼んで、運転手だった耳順くらいとっくに過ぎてそうな高齢者から自宅の電話番号どうにかして聞きだして家族に連絡して、その場を立ち去って。

 暗黒魔法使ってお腹が空いたとわめくシャーロットのために、近くのイタリアンレストランに連れて行ったのだ。

 気が付いたら、もうそこまで話はすすんでいて、向かい合う二人のテーブルにはカプレーゼとラザニアが並んでいる。

 マンションの1階テナントを利用した、こじんまりとしたレストラン。そもそもテナントではなかった場所をやりくりして壁を壊して作ったスペースなので窓が少なく、外観からは入り口の看板以外そこでイタリアン食べさせてくれるなんて想像がつかないけれど、口コミやらで、お昼のランチを食べにくる人が多い。で、パスタランチが有名で、実は夜はあまり人が来ない。

 所謂、穴場である。

 まあ、パスタがうまいのに何故ラザニアにしたのかはわからない。

 色々会話したような気がするけれど「ああ」とか「うん」とか言うので精いっぱいだった。


『ねえ、さっきからどうしたの?』

 シャーロットにまで心配される始末。彼女は完璧な防御魔法だったので、服には煤一つ着いていないし、ガソリンが引火した時の臭いだって沁みついていない。痕跡など何も遺していない。

『こっちの世界で、人の見ているところで暗黒魔法使ったの、怒ってる? ごめん。私にはあれしか思いつかなくて』

 謝ることではない。人の命を助けてくれたのだから、決して謝ることではないのだ。

『それはまあ、あんまり考えなかったけれども。つい、いつもの癖で反射的に動いたのは、そうなんだけれど』

 違うのだ。僕は、応えた。

『お前が謝ることじゃないよ。悪いことなんて何もしていない。ただ、自分が情けないだけだよ。僕は、あの時咄嗟に動けなかった。異世界人が咄嗟に動いてくれたのに、僕は動けなかった。それに、その後も怖くて動けなかった』

 こんな自分より背の小さい女の子が、走ったのに。僕は動けなかった。暗黒騎士であるシャーロットの方がいざと言う時に、人の力になれるのだと見せつけられて、ショックを感じていた。

 するとシャーロット

『アホらし』

 だってさ。

 手にしていたフォークをくるくるとまわしながら、彼女はさらっと言った。

『そんなことで私が君を馬鹿にするとか考えてるの? それが一番ムカつく。そういう時は助けてくれてありがとうシャーロット様は三国一の騎士様ですくらい言えばいいんだよ』

 そこまで言われたら、拗ねてるわけにもいかないな。

 僕が、なんとか納得して、彼女の顔をしかりと見ると、シャーロットは妙に嬉しそうな顔をしていた。

 何がそんなに嬉しいのか訊いてみた。

『初めてじゃないかな、私がダイジロウを言いくるめたのって』

 そうかな。そしてそんなに嬉しそうにする案件かな。

『さ、食べよ。温かい料理は温かいうちに食べるのが作法だぜ』

 そう言って持ち替えたスプーンを湯気の出る器に差し込もうとした少女に、もう一度だけ。

『シャーロット。助けてくれてありがとう』

 彼女は、それを聞くと、ちょっと大人びた顔をして

『騎士として当然のことをしたまでです』

 そして子供みたいな顔で米料理を頬張り始めた。


 

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