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第3話 シンプル~斗南拓斗の憂鬱~・3

     3

 大将に差し入れの飲み物を渡すと、五人は夏休みのイベント計画会議と称して、雑談を始めた。学生らしい姿といえば、そうなのだろう。話題があちらこちらに逸れては戻りを繰り返し、大げさに笑ったかと思えば、真剣な表情で話を聞いたりもする。

 友達というのは、良いものだ。拓斗はふと思う。無くてはならない、という訳ではないのだけれど、友達がいれば、何気ない会話もそれだけで楽しくなる。それが一番大きな違いだ。拓斗の両親との会話とは……。

 結局、議題であったはずのグループ旅行の行き先は決まらぬまま、日が傾いてきたので大学を後にした。G大から最寄り駅の岸駅までは、無料のスクールバスが走っているのだが、夏休みともなれば本数が減少するのだ。ゼロ号館前のロータリィに丁度止まっていたバスは、拓斗達が乗り込んだタイミングで発車した。車内は、彼ら五人だけだった。

 旧い家屋が立ち並ぶ、少しばかり狭い、入り組んだ道を抜け、バスは駅前のロータリィに停車した。運転手に礼を言って降りると、その足で『なすび』と書かれた看板へと向かう。G大生御用達の居酒屋だ。

 時刻は十八時を回ったばかり。とは言え、平日の夕方では、まだカウンターに二組程度の客入りだった。店主に話をして、奥の座敷の広い席に向かう。

 それぞれ飲み物を注文し、乾杯が始まれば後はいつものパターンだった。授業の事、バイトの事、将来の事など、皆がそれぞれに話し、それぞれの話を聞く。昼間の雑談と別段変わった話題でもないが、酒が入る事で口も軽くなり、ボリュームも大きくなっていった。

「そういえば」

 大将が思い出したように言う。

「最近、《G大狩り》とか言うのが増えてるらしいな」

「《G大狩り》? 何それ」

 フライドポテトを咥えながら、夏美が尋ねる。

「なんか、この辺りの地元のヤンキィみたいな連中がさ、俺らみたいなG大生狙って、カツアゲとかやってるんだって」

 それを聞いて、煙草に火を点けた賢治も言った。

「あ、レッスンの先生がそんなような事言ってたな。十年ぐらい前は、特に酷かったらしいし、大きな事件になって、テレビや新聞でも報道されたって」

「え~、何それ、ヤバイじゃない。なんでG大生限定なの?」

 他人事の様に曜子は言うが、拓斗には簡単に想像がついた。

「僕と曜子みたいな文芸学科はともかくとして、舞芸や音楽学科の学生は、家が金持ちっていうパターン、よくあるものな」

「そう、そういうこと」

ジョッキに残ったビールを飲み干し、お代わりを注文して、大将は続ける。

「それに、舞芸の連中は、美人の女子も多いしな。金だけじゃなく、そっち目当てってのもあるらしい」

「それに大学の周り、街灯も少ないし、裏道も多い。実習で遅くなったりして、普段大学の周りなんか慣れてない子達なんか、奴らにしてみれば格好のカモなんだ」

「ちょっと、やめてよ……」

 夏美が何かを想像したようだ。寒気を感じて両腕を抱え込む。

「終バス無くなって歩いて駅まで行く時、怖くなっちゃうじゃん」

「そんときは、俺の原チャリの裏に乗っけてやるよ」

 大将が茶化して言う。五人の中で唯一、大将だけが大学近くの寮に済んでいた。

 それからの会話は少なくなり、それぞれ一杯ずつ呑んだ所で、飲み会はお開きになった。大将は歩いて寮へ、賢治と夏美は駅から電車に乗り込んでいき、曜子と拓斗の二人が残された。

「……帰る? それとも、バーにでも行く?」

 まだ呑みたりなさそうな顔で、曜子が尋ねる。

「さっきみたいな話の後でなんだけど、もう少し飲みたい気分だな」

「どっちにする?」

「うーん……、今日はモアコア、かな。静かなところより、賑やかな方が」

「だよね……」

 踏切を越えた先の雑居ビルの二階に上がると、ワンフロア借り切りのカジュアルなバーがある。それが岸駅周辺の数少ないバーの内の一件だ。

 二人はカウンタに座り、マスタからおしぼりを受け取ると、ボトルの並んだ棚を眺めていた。

「何が良いかなー」

「僕は、ジャックダニエルのロックで」

「じゃぁ、私はジンライム。あ、ジンはボンベイで」

 アフロヘアのマスタが手早くドリンクを用意してくれた。店内に客は二人だけだ。無言で乾杯した後、一口だけ飲んでグラスを置く。

 いつもはレゲェがかかっている店内のBGMも、その日は珍しくボサノヴァだった。マスタ曰く、客の数が少ない時は、偶にこうして優しいBGMにするという。

 二人は、よくこうしてバーに来る。住んでいるアパートも同じで、部屋も向かいだ。酔っ払って帰る時も、どちらかが潰れない限りは、安心して帰れる。だが拓斗の記憶する限り、彼が潰れた事は一度もない。三回に一回は、曜子が潰れていて、部屋まで送る羽目になるのがいつものパターンだ。

 結局、静かな店内で、二人は言葉少なに酒を味わう。

 グラスの残りが半分を切った所で、昼間の賢治との会話を拓斗は思い出していた。恋人、結婚、伴侶……、どれも、いまいちピンとこない。小説ではよくある話だが、拓斗は実体験を伴わなければ、想像することが苦手であった。

「そういえば、映画さ」

 グラスの氷を指先で弄りながら、曜子は言う。

「うん、来週だろ」

「それが、間違えて予約しちゃって」

「うん」

「明日の夜、なんだよね」

「――――まぁ、明日も予定は入れてないけど」

「けど……?」

「いや、なんでもない。明日行こう」

「――うん、ありがと」

 酔いで少し赤みがかった曜子の顔が、笑顔に変わる。それだけで、拓斗は少し心が安らいだ気がした。

 どうせ明日はバイトも入れていない。というより、ここの所、ほとんどバイトは入れていない。他にやることが増えていたからだ。

「何か楽しくなってきちゃった」

 笑顔のまま、曜子は言う。

「マスタ、私もウイスキィちょうだい」

 二杯目をオーダする曜子を隣で眺めながら、拓斗は安らぎと、彼女にまだ話していない事について、思案を巡らせ始めた。

 グラスの中は、既に氷だけになっていた。


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