第7話
「ドメニコだ」
「ドメニコ?」
ユーリの後を追い、店の外へ出てみると、大通りの向こう側から、ダダダダダダという足音とともに、なにやら赤い物体が遠くのほうからやってくるのが見えた。
目を凝らすと、騒音の元の正体が赤い衣服に身を包んだ人間であることが分かった。
ていうか、赤って……。
「坊ちゃまあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ドメニコっ!!」
その声の主はユーリの姿を確認するやいなや、目をカッと見開きユーリめがけ、ものすごい勢いで飛び込んできた。
そしてそのままスピードを落とさず小さな体にガバッと抱きつく。
ユーリの体はその突然の来訪者の背にあるマントで覆い隠されてしまい、赤い毛しか見えない。
赤いマント……。なんだ、この派手なヤツ。
ドメニコと呼ばれた男は、赤茶色の髪に隠れて顔は見えないが、情けない声で泣き叫ぶ姿はなんか弱そうな印象を受けた。
「坊ちゃまぁぁぁぁぁぁ」
「はーなーれーろー、ドメニコぉぉぉ!」
もがくユーリを助けたほうがいいのだろうか。でも、近寄りがたい。
たぶんそれはコイツの着ている服に問題があるからだろう。
西洋の油絵に出てきそうな赤いプールポワンの上着に、これまた赤いキュロットの下は白いタイツ。
ブーツはいいのだが、ヒールがとても高い。弱そうではあるが、計り知れない何かを持っているそんな危険な匂いがした。
ていうか、ハイセンスすぎる。趣味なの? それとも、国からそういう服じゃなきゃ駄目って言われてるの? と問いたいが訊ける状態ではないのは明らかだ。
声をかける隙がないほど、このドメニコという男はべったりとユーリに張り付いている。
「坊ちゃまあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ドメニコくるしいいいぃぃぃ!!」
二人はひとしきり再会の喜びと熱い抱擁を交し合った後、そのドメニコと呼ばれた男は、ようやく私たちの存在に気づいたのか、少々引き気味の私たちを不躾な視線で上から下まで嘗め回すように見上げてきた。
あまり気持ちのいいものじゃない。
「あなた方は……」
「あ、ああ、俺たちは……」
「エルはオレをここまでつれてきてくれたんだ。エルはオレのケライだ」
事情を説明する前にユーリがしゃべりだしてしまったため、私は仕方なく開いた口をつぐんだ。
家来じゃないっていうのをとりあえず否定したほうがいいのか、それともそんなのどうでもいいから、早くこの家来呼ばわりする放浪迷子王子を家に帰してくれと言ったほうがいいのか。
顔を上げたドメニコという男は、奇抜な服のわりには真面目な印象を与えるおとなしい風貌で、耳にかかるぐらいのストレートな髪をそのまま下におろし、顎の細いシャープな輪郭をしていた。
少しつり気味の目だが、肌の色は白く清潔感がある。
着ている服さえ違えば、ただの好青年に見えなくもない。
ドギつい濃い顔をしたやつに違いないと決め付けていたんだけど、これはちょっと拍子抜けである。
そんなドメニコは眉間のシワを緩め、安堵の表情を浮かべると、ほっと息をついた。
「そうでしたか。てっきりユーリ王子のあまりの可愛らしさに心を奪われ、誘拐を企てたのかと思いました、失礼」
それをしかねないのはお前のほうだろう、と喉元まででかかったが我慢する。
言葉では謝っているのに、ユーリを大事そうに抱きかかえるその態度は謝罪の色がまったく見えない。
頭を下げろ! 頭をっ!
「さあ、坊ちゃま。帰りましょう。皆心配しております」
「いやだ! オレはでんせつのけんをみるんだ!」
「ですが、坊ちゃま。今はその時ではありません。もう少し大きくなってから……」
「いーやーだーーーっ!」
駄々をこねるユーリに困った表情を浮かべるドメニコ。
このままじゃ、ユーリはまた一人で伝説の剣とやらを探し、迷子になることは間違いなさそうだ。
見せてやればきっと満足するだろうに、なんでこのドメニコというやつは見せてやらないんだろう。
「伝説の剣ってあれか? ソレルモーンのことか?」
ソレルモーン? なんだそのかっこいいのかかっこ悪いのかよくわからない名前。
ハビエルが妙にまじめくさった顔をしながら、隙のない動きで私の横を通り過ぎ、ドメニコとユーリのほうへ歩み寄る。
その油断のない動きに少しドキっとしてしまう。
いつもヘラヘラしたやつが、急に真面目くさった行動をとると、どうしてかっこよく見えてしまうのかね。
「俺は土の国のもんだ。あんた火の国のもんだろう?」
「土の国……」
ドメニコはちらりとハビエルの少し黄ばんだ白髪を見やり、そして店の奥にいるワンを目ざとく見つける。
合点がいったのか、先ほどまでの相手を探るような目が真剣なそれへと変わる。
「申し遅れました。わたくしは火の国、フランメン王国のドメニコ・トラサルディと申します。ユーリ王子の専属従者でございます」
「ハビエルだ。ハビエル・ペラサ。俺の妹が今のヴァスマイヤー王にとついでてな、その子どもだ」
ハビエルは顎をしゃくって、ドメニコの視線の先にいるワンを示す。
「土の国と緑の国の状況はフランメンのほうにも少しばかりですが、情報が入ってきております。心中お察しいたします」
「そういう堅苦しいのはオレっち好きじゃねえんだ。もうちょっと力抜いて話してくんねーかな。肩がこっちまうよ」
肩をまわして訴えるハビエルにドメニコはユーリから離れ、背筋を定規のごとくピンと伸ばし、今にも敬礼をしそうな勢いで直立した。
ドメニコもこうやってちゃんとしていれば、王族の付き人に見えなくもない。服さえどうにかすればだけど。
「ちなみに、ソレルモーンは今は見れねーよ」
「なっ!! それはどういう意味ですか!?」
ハビエルの言葉にドメニコが前のめりに尋ねる。
「あれは、月に1度、満月の夜にしか姿をあらわさねえ。この中の中心に広い噴水のある広場があるんだが、そこの水がとまってな、どこからともなく現れるって噂だ。まあ、オレっちもここに来たのは最近だから、まだ見てねーけど。次の満月はちょうど2週間後だろ。2週間待てば見れるだろうよ」
「そうなのですか。そういった情報はわたくしどもまでには降りてきませんので。ご教授いただきありがとうございます」
体を90度に曲げ、頭のつむじがはっきりと見えるぐらいまでにお辞儀をするドメニコ。思わず、こちらもつられて頭を下げてしまいそうだ。
「だーかーら、そういう堅苦しいのはなしだ。とりあえず、2週間後に出直して来い」
しっしと手をふり追い払う仕草をするハビエルに、ドメニコは再度頭を90度に下げた。
見た目は変だけど、すごく真面目な人なんだろう。
「わかりました。では、坊ちゃま、そこまで言うのでしたら、2週間後の夜にドメニコがお連れいたします」
「むぅ……」
ユーリは頬を膨らませてはいるが、こればかりは駄々をこねたところでどうにもならない。ユーリはしぶしぶドメニコの差し出した手を握る。
「にしても、よくここにいるのが分かったな。なんか仕掛けでもあるのか?」
「そんなものがあったら、こんな必死に探し回っておりませんよ。道を行くご婦人たちが赤い髪の子どもが泣いていると話しておりまして、それをききつけ、やってきたというわけです。頭に布を巻いた怪しげな少年と一緒にいるときいて、肝を冷やしておりました」
怪しいとは失礼な。
ジッと睨みつけていると、こちらを向いたドメニコの恨めしそうな視線とぶつかる。ドメニコの目もユーリと同じ金色だ。だが、ユーリより少し色が薄い。
ドメニコの瞳には私は不審者とうつっているようで、眉根を寄せたそれはハビエルを見る目つきとは明らかに違っていた。
「ちなみに、あなたのお名前は?」
「俺はエルゼ。エルゼ……」
オブライエンとは言えまい。オブライエンというラストネームが光の国ではメジャーなものか分からない今、迂闊にその名を出せない。
口ごもった私に、ドメニコの視線が否応なく突き刺さる。
どうしよう、なんか適当な名前……、なんかそれっぽいやつ……
「まっ、ここは色んなヤツが来るところだぜ? それをきくのはヤボってなもんだろ? そうだろ? ドメニコさんよ」
肩にハビエルの大きな手が置かれ、私を庇うようにドメニコと私の間に入ってくれた。
くっ、なんて男気溢れるやつなんだ。人がちょうど困っている時に現れるのっていうのは、反則なんだからなっ!
私の心の声を知ってか知らずか、ハビエルはこちらにちらっと視線を送り、小さく口を動かした。
「まかせとけ」
くっそう。かっこいい……。
ドメニコのほうは納得がいかないようで、ハビエルの体を押しのけ私の頭を指差した。
「それ、外していただけますか? あなたがどのような身分の方か一応判別できますので」
「えっ、それは……」
まずい。それは非常にまずい。私の髪の毛は真っ黒だ。
少し紫がかかっていたら、闇の国オスキュプリテからやってきたとかって言えるんだけど、純度100%の黒髪なので、そんなごまかしは通用しない。
今度ばかりはハビエルも何も言わないままジッと私を見ている。
おそらく、ハビエルも私の髪の色を知りたいのだろう。
この危機をどう脱すればいい。ここは、潔く事情を説明するしかないのか……
ハビエルやアーシアならもしかしたら、理解してくれるかもしれない。けれど、この火の国の人には……
どうするか逡巡する私に、思いがけない人物が救いの手が伸ばした。
「エルははげてるんだよ、きっと」
「!?」
その場にいる全員が固唾を呑んだ。声の主は赤い髪を風に揺らしながら、こともなげに言う。
「ハゲてるから、かくしてるんだろう? オレのおとうさまもそうだから、いつもなんかかぶってるぞ」
「坊ちゃま! いけません! それは国内最高機密です! それに、なんかではなくて、あれは王冠です!」
あわててドメニコはユーリの口を手でふさぐ。
へ、へぇ。フランメンの王様ってハゲだったんだ。まあ、男の人ってハゲになる確立高いっていうけど、この世界でもそうなんだね。
自分がハゲているなんて全力で否定したいところだけど、否定した後、この髪を見せなければいけなくなるし。
決していい気分はしないけど、この際それでもいいかな。
私の頭を指差すユーリに、自分の口の端が少し引きつっているのが分かる。
ドメニコはユーリになにやらクドクドと言い聞かせ、ユーリは「えー」と納得のいかない声をあげるが、「フェーリンガー王が悲しみます」という一言にユーリはこくりとうなずいた。
ユーリは父親を慕っているんだな。そういえば、ゲームではそこらへんも描かれていたような気がする……。
でも、父親のほうの性格はあんまり作中では出てこなかったなあ。
母親のほうがゲームのほうでは詳しく出ていて ユーリの母親はたとえ王族とはいえども、その金遣いは目に余るものだったらしい。
ゲームの中のユーリは日々そんな母親が催すパーティに参加されていることに頭を悩ませていて、欲のないヒロインのハンナに惹かれていくわけだけど。
転生してから結構月日が経ってしまっていて、記憶があいまいだ。
忘れてしまう前に、この際、何かに記しておいたほうがいいだろうか。
「いいですか、坊ちゃま。内緒ですからね。シーですからね」
「うん、わかった。シーだな」
かわいいなあ。シーだって。ていうか、もうユーリは5歳なのに、その言い方はちょっとまずいんじゃないだろうか。
これじゃあ、いつまでたってもユーリは残念なままな気が……。
ドメニコはユーリに再度フェーリンガー王のことは他言無用だと強く念を押した後、気を取り直して私のほうに向き直った。
「そういうことでしたら、仕方がありません。何かのご病気ですか? それとも呪いの類で?」
「あ、ああ、遺伝かな? 直射日光に当たるとあまりよくないらしいんだ」
私は視線をあさってのほうへやりながら、冷や汗混じりにドメニコの質問に答えた。適当すぎるだろ。
でも、ドメニコはなんとか納得してくれたみたいだ。きっと、フェーリンガー王がハゲで悩むのを近くで見ていたからに違いない。
哀れみの色を帯びた瞳で私の頭に視線をよこした。
なんか、腑に落ちないけど、今は我慢だ。とりあえず、ユーリ……恩に着るよ!
「では、皆様これにて失礼いたします。坊ちゃま、皆様にご挨拶を」
「うんっ! せわになったな! じゃあ、またなエル!」
「あ、うん……、また……」
随分と横柄な挨拶だが、ニコッと笑った笑顔はキラキラと輝いていて可愛いのでとりあえず許す。
だけど、またってなんだ、またって……。また、来るってことか、それって?
小さくなっていく二つの背中。できれば、もうあまり攻略キャラクターと接触はしたくないんだけど。
「エル」
渋い顔で二人を見送る私に、ハビエルが真剣な声色で私の名を呼んだ。
ハビエルの隣にはアーシアとワンが並んで私に向かい合うようにして立っていた。
なんだなんだ、改まって。ちょっと、ビクつきながら、私はハビエルの次の言葉を待った。
ヘラヘラしたいつもの顔とは違って、覚悟を決めるような真剣な表情をたたえるハビエルと、迷いのないまっすぐな瞳を向けるアーシア。
緊張感漂う空気に、喉がなった。
「エル、改めてお前にお願いする。ワンに魔法を教えてやってくれ」
「私からもお願いするわ。エル君、お願いします」
深々と頭を下げた二人に驚き、私は思わず一歩後ずさる。
いや、そんなに丁寧にお願いしなくても……。
戸惑う私の手にワンの柔らかい手が重なり、ぎゅっと握られる。
子どもはかわいいなあ。子どもはかわいいなあ。そんな無垢な瞳で見つめられちゃ、何を言われても首に縦にふっちゃうよ。
「エル、まほう」
「俺でよかったら、全然構わないよ。教えるのはうまいかどうかは分からないけどさ」
ぶっきらぼうにそう答えると、ハビエルは相貌を崩しニカっと笑った。そしてその大きな手のひらで私の頭をガシガシと撫でる。
「頼むぞ、エル。こいつはきっと才能がある。なんてったって、俺が何しても物怖じしないんだからなあ。さっきの火の坊主みたいにビービー泣かねえし、肝の据わった男だ」
「わかったっ! わかったから、ターバンめちゃくちゃにしないでよっ!」
「ああ、わりぃわりぃ、ハゲてるんだったな!」
「ハゲッ! ハゲてなっ……!!」
ハゲてないのに、ハゲてなんかないのに……!!
ガハハハハと笑うハビエルに言い返せないのがくやしい。
いつか絶対にヅラを作ってやる、ヅラをっ!
「エル! まほう!」
「わかったよ。でも、明日からな。今日はもう疲れたよ、俺」
こうして、私は翌日からワンに魔法を教えることになった。
とりあえず、まず呪文を覚えるために、文字の勉強からか……?
新キャラ登場ですが、名前が自分でも分からなくなってしまうものをつけてしまい、ちょいと頭をかかえております。
ドメニコ→ドミニコ→ドミニカ。この流れで間違えております。あと、フランメンがフランメル。
あかんタイプのやつです。