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第5話

「行きたくない……」


 路傍の人を見やりながら、邪魔にならないよう道の隅っこに寄り、木の枝で石をつつく。

 ポキンと枝が折れ、折れた枝が向こうに飛んでいく。

 ここら辺の木々は水分が足りていないのか、からっからで折れやすい。

 顔を上にあげ、辺りを見回す。目当てのものを見つけ、その視線の先にある小枝をつかみ、石をつつく。

 石をつつくことに意味は無い。意味はないけれども、私は今意味がないことに意味を見出している最中なのだ。


「行きたくない……」


 ハビエルの店へ行かなくてはいけないと分かっているのに、私の足はなかなか言うことをきいてくれなかった。

 すぐ横にはハビエルの店に続く大通りが見える。けど、そこへ踏み出す一歩がなかなか出なかった。


 行きたくない理由ははっきりしている。

 話の途中で逃げてしまったということもあるけど、あの時のあの空気が耐えられなかった。

 自分が異質なもので、他のものとは明らかに違うという疎外感。

 前世の私の人格が覚醒したきっかけとなった、私を殺すための儀式。

 包まれた光の先にあった老人たちの忌み嫌う視線が、昨日のあのハビエルのお店の中の風景と重なった。

 今の今まで気にしたことがなかったけど、あれは私の中でひそかにトラウマになっていたようだ。


「行きたくないよお……」


 情けない声が口からもれ、視界がぼやける。

 このままじゃ日が暮れてしまう。また明日と言った手前、行かなくては嘘つきになってしまう。

 行かなきゃ、行かなきゃと強く思うほど、私の足は重さを増すばかりであった。

 昨日、クローゼットの前で行くって宣言したのに!


「オマエエェェ! こここここ、こんなところでナニをしてるんだ!」

「っ?」


  ぼやけた視界を数回まばたきして、つついていた石の上を見やれば、小刻みに震えた小さな足が、片方だけちょこんと乗っかっていた。


 おや、いつのまに……。気配をまったく感じなかった。


 艶のある上質な皮で出来た茶色いブーツ。そこから上へ視線をずらしていくと、黒タイツの上に、茶色の質のいい生地で作られた半ズボン。

 白いシャツの上には胸元に金色の刺繍が光る紺色のベスト。背中には鞘に入った短剣が下げられている。


 冒険者か? いや、ハビエルのお店で何人か冒険者を見たことがあるけど、こんなに上質な服を着た冒険者はいなかった。

 それに、胴を守る何かの皮で作られた装具をつけていない。これじゃあ、一撃でお陀仏だ。


「な、ななナニをしているかって、きいているんだあ!」


 5歳か6歳くらいか。こんな小さいボウヤが冒険者なわけがないよなあ。

 それに、私を見てビビっている。ものすごくビビっている。なんで、ビビってんだよ、この野郎とジト目で見やる。

 が、その少年の髪を見て、私はだらしなくも口を開けたまま呆けてしまった。


 燃えるような赤色の髪がさらさらと風に揺れ、長めの前髪の隙間からのぞくのは光り輝く黄金の瞳。

 おびえてはいるものの、身にまとう高貴な雰囲気は周囲にいる者とは明らかに一線を画していた。

 火の国、フランメン王国の王族。それだけならまだいい。その顔にはある人の面影があった。

 いや、あるキャラクターの面影があったというのが正しい。


「ユーリ……フェーリンガー」


 まさにこの少年こそが、未来の私の運命を左右するキーパーソン。

 火の国の第一王子、ユーリ・フェーリンガーその人であることは間違いない……。

 こんなタイミングで出会うなんて……。まあ、そろそろだとは思っていたけれど。

 まさか、お忍びで町に来ている時に出会うのは予想外だった。


 私の小さな呟きに、ユーリの目は大きく見開かれ、ぷるぷると小刻みに震え始めた。

 ど、どうしよう。なんでこんなにおびえられなきゃいけないんだろう。

 私何かしたかな? というか、おびえたいのは私のほうなのだけれど。


「ど、どどどどどどうして、おれのことをしっているんだっ! さてはオマエ、しかくでとーぞくだな?」

「……」


 刺客で盗賊? なんのこっちゃ。こいつ……、意味分かって使ってるのだろうか。

 ゲームの中のユーリ・フェーリンガーはもっと落ち着いた雰囲気で、恐れるものなど何もないといった堂々たる出で立ちであったのだが。

 幼少期のユーリはこんなにも頼りなげなのか。

 子どもながらにも惚れてしまうほどの男気を期待していたのだけれども……。


「おおおおお、そうかそうかああ、オレはゆーめいだものな。オマエがしっていても、ムリはないなああああ」


 残念だ。非常に残念すぎる。

 ぷるぷる震えるさまは、母猫とはぐれた子猫のようだ。

 辺りを見回したけれども、彼の付き人らしき人はいなかった。

 王族なのだから、護衛とかあってしかりだと思うんだけど……まさか。


「迷子?」

「はっ!? な、なななナニをいってるんだ、キサマ。おこるぞ!」


 ボッという効果音がつきそうなほど、一瞬で顔を真っ赤にするユーリ。図星だな。

 うーん、どうしよう。このまま、ここに置き去りにするのも良心が痛むというか、王族をここに残したらどうなるか……。


 悪い人はこの町にはいないだろうけど、万が一も考えられる。

 誘拐されて、どこかの大富豪に買われて、あんなことやこんなこと、そんなことまでさせられて……。

 でも、そうすれば私ことエルゼがユーリを好きになることもなく、ヒロインである妹のハンナを苛めることもない。

 これはもしや、BAD ENDを回避できるのではないか?

 悪魔の声が私の耳にそっとささやいた。


「不躾な振る舞い、誠に申し訳ございません。ユーリ王子」

「へっ? は? ん?」


 私はしゃきっと背筋を伸ばすと肩膝をつき、恭しくユーリの頭を下げる。

 突然の私の変化にユーリは目を白黒させて、あたふたしている。

 ちょっと、かわいい。


「わたくしのような卑しい人間がユーリ王子とこんなに近くでお話をかわすなんて……、恐れ多いことです!」

「え? あ、う、うん」

「どうかお許しください。ユーリ王子」


 私はズイっとユーリのほうへ顔を突出し、涙の出ない泣き顔でユーリに許しを請うた。

 きょとんとした顔で今の状況を必至に理解しようと、えーとえーとと言いながら目を彷徨わせるユーリ。

 大丈夫かな? この子、将来王様ちゃんとやってけるかな? なんか心配になってきちゃったよ。


「ユーリ王子?」

「なっ! そ、そうかあああ。まあ、いいだろう。ゆるしてやる」

「は、はぁ。ありがたき幸せ。では、わたくしめはこれにて……」

「うむ。もう、いってもいいぞ」

「あ、はーい。了解でーす」


 私は降ろしていた腰をあげ、その場から離れようと一歩を踏み出した。

 早くここを立ち去ろう。

 さようなら、ユーリ。君はどこの誰かもしれない大富豪に買われて、裸に剥かれて首輪をつけられて、毎日あれやこれや……以下略。


 大丈夫。全てが終わったら助けに行くから……たぶん。

 ユーリに背を向け、走り出そうをした時、


「いやだああああ! おいてくなああああ!!!」

「い゛っ!!」


 足が動かない……だと。

 まさか、拘束魔法っ!?

 後ろを振り返り下を見ればユーリが悲痛な叫び声をあげながら私の腰に手を回し、必死にしがみついている。

 ユーリの顔があたっているところがなんか冷たい。

 はっ……、鼻水をつけてんじゃねーだろうな、このボウズっ。


「はーなーれーろー、このはなたれ王子!」

「いーやーだああああああ!」


 顔を向こうに押しやり引き剥がそうとするも、ユーリの体は私の足に瞬間接着剤のようにぴたりとくっついて離れようとしてくれない。

 往来の人たちが何事かと集まってくる。

 ここで、注目を集めてしまっては何かと厄介だ。

 だって、相手は王族。知っている人が一目見れば、その髪の色で火の国の王族だとわかってしまう。

 お忍びでこの町に来ている身としては、他国の王族にちょっかい出して、「君、ちょっと来てくれるかな」なんていきなり黒ずくめの男たちに囲まれ、どこぞへ連行されてしまうのは御免被りたい。いや、考えすぎかもしれないけど。そうなる前に全力で逃げるけど。


「ねえ、あの子ハビエルのところによくいる子じゃない?」

「そうねえ。どうしたのかしら? 泣いている子って、フランメンの子よね?」

「あの、髪の色。結構、いいところの坊ちゃんじゃないの? 私そういうの良く知らないけど……一体何があったのかしら?」


 手に食材を持った買い物途中のご婦人たちがこちらを向いてヒソヒソと話している。

 別の場所では、あんなに小さい子を苛めて泣かせているなんて、と一切身に覚えのないことまで言われている始末。

 私のことをハビエルのところの子なんて言っているから、このままだとハビエルたちにも迷惑がかかってしまう可能性もある。

 額に冷や汗がじわりとにじむ。


「わかった! わかったから、ユーリ! 俺はどこにも行かないから! だから、頼むから泣き止んでくれ!」

「ほんとかあ!! ほんとにどこにもいかないかあ!!」

「行かない! 行かないから、泣き止んでくれ」

「うっ…うぅ。ひっく……」


 ボサボサになってしまった赤い髪を整えるようにやさしく梳いてやる。

 なんて、手触りのいい柔らかな髪なのだろう。さすがは、ゲームのカバーの中央に描かれるメイン攻略キャラである。

 細かいところまでスペックが高い。


「落ち着いたか?」

「うん」

「ほら、顔、きれいにすっから、離れろ」

「……どこにもいかない? 約束する?」

「行かない。大丈夫だ。約束する」


 しゃくりあげてはいるが、とりあえず泣き止んでくれた。けれど、手だけはまだ私のズボンをぎゅっと握り締めている。

 駄目か。逃げられないか。一瞬、魔がさして、隙を見て逃げようと思ったけど。

 良心が痛むのでやめておいた。


「んで、どうしたいんだよ、お前。俺に何かしてもらいたいの?」

「うぅ……」


 ユーリの目線にあわせるようにかがみ、鼻水や涙でぐちゃぐちゃになっている顔を魔法できれいにしてやる。

 けど、あとからあとから、またとめどなくこいつは鼻水や涙を流す。

 きりがないけど、そのままにしたら、このプルプルの肌がカピカピになってしまう。

 あとで、ユーリの顔を見た火の国の関係者が「王子の顔がっ! 王子の顔がっ! カッピカピだ!」と騒ぎかねない。いや、そんなことで騒がないか。

 まあ、正直なことをいうと、私の中のユーリ王子はまさに白馬に乗った王子様だったから、こんなグジュグジュな顔はちょっと許せないっていうか。

 これじゃあ、百年の恋も一瞬冷めそうな勢いである。

 

「お前の国のヤツはどうした? はぐれたのか?」

「おれ、でんせつのけんをみにきたんだっ。ひっく……。でも、がまんしなさいって……っ。まだ、ユーリはちいさいからって」

「伝説の剣?」


 なんじゃそりゃ。そんなのきいたことないな。私が読んだ本にもそんなの載ってなかったような気がする。

 一体どんな剣なんだろう。

 伝説の剣って言うからには、きっとすごいキッラキラしたやつなんだろうなあ。


「るみえーるのぼーへきのちゅーしんにあるってきいた」

「ぼーへき? ああ、防壁ね。この町ってことか? この町の中心……」


 知らないなあ。そもそもあまりこの町を探索していないから、中心がどこなのかも検討がつかない。

 闇雲に歩いたって時間の無駄だし……。


「ほんじゃ、お前はそれを見たら満足なんだな。そしたら、帰るんだな」

「うぅ……」

「まさか、帰り道はわからないだなんて、言わないよな。いや、そうなんだな……」


 ユーリの顔がクシャッと歪み、また泣き出しそうな様子を見て、私はガクッと肩を落とした。

 そうだ、こいつは迷子であった。行き先の道順も知らなければ、帰り道も分からない。

 無謀にもほどがあることをこんな小さな体でやってしまうなんて、将来はさぞ大物になるに違いない。

 なんたって、メイン攻略キャラクターだものねっ! って、皮肉を言っても仕方がないか……。


「どうすっかな。とりあえず、ハビエルにきくのが一番いいんだけど」


 ハビエルならもしかしたら知っているかもしれない。

 武器屋だし、お店に来る人から色々情報を得ている可能性は充分ある。

 けど……


「行きづらいなあ」

「ん? いきづらい?」


 心配そうに私を見上げるユーリ。その目の端にはまだ涙の後が残っている。指で少しこすってやると、くすぐったそうに目を細めた。

 うん、ふつうにかわいい。


「なんで、いきづらいの? けんのところはいきづらいの?」

「え? あぁ、違う違う。えーと、ハビエルっていう知り合いがいるんだけどな。そいつなら知ってるかなーってさ」

「じゃあ、いこう!」

「いや、行きたいんだけど、その……なんていうかな」


 なんて言ってハビエルに会えばいいんだろうか。向こうはたぶん私のことを『異常』なヤツだと思っているに違いない。

 私がハビエルたちに自分の事を一切話していないのも向こうの不安を煽る材料になっているだろうし。

 まあ、本当のことを話したらきっと腰を抜かしてしまうだろうけど。


 さて、ハビエルたちになんて言おう。

 私が自力で魔法が使えるようになったワケ。そんなの私が知りたいよ。


「けんかしてるのか? けんかしたら、なかなおりしなきゃ、いけないんだぞ」

「喧嘩じゃないよ。別に喧嘩じゃ……。大人の事情ってのがあんだよ」

「おまえも、こどもだろ」

「なっ! お前より大人だ!」

「おまえじゃない! おれはユーリだ!」

「俺だってお前じゃない! 俺はエルゼだ」


 さっきまで泣いていたくせに、なんだコイツ……立ち直り早いな。

 胸をそらして腰に手をあてている様は実に偉そうだ。


「エルジェ?」

「違う。エルゼだ。」

「エル……ジェ?」

「違う、エルゼだって言ってるだろ? ゼ! だ、ゼ! もう一回言ってみろ」

「エルジェ」


 子どもなんだから、舌足らずなのは仕方ない。

 というか、何、子ども相手に向きになってるんだか。大人気ない。


「……言いにくいんだったら、エルでいい。ハビエルたちもそう呼んでる」

「エル……っ!」

「ああ、そうだ。それでいい」


 キラキラした瞳でユーリは私の名をよんだ。可愛いので頭をなでてやると、頬を赤く染め嬉しそうに笑うユーリ。

 ゲーム本編でユーリがこんな無邪気に私を呼ぶことはない。

 これは、懐柔するチャンスか? 私の運命がBAD ENDに向かったら、助けてくれるだろうか、ユーリは。


「エルはオレのケライだ! ケライがこまっていたら、オレがたすける」

「いつ、だれが、ユーリの家来になったって?」


 何を言い出すかと思えば。こいつ……まさか、会うやつ会うやつ自分の家来だと思ってるんじゃないだろうな?

 目に入った人間全てが自分より格下の家来だと思っているのだとしたら、私は年長者として長幼の序というこの世界の秩序を教えなければならない。

 ふん、腕がなるな。


「オレがいっしょにいって、あやまってやる!」

「……は?」


 一瞬、ユーリが何を言っているか理解ができなかった。

 あやまる? いっしょに? 誰に?


「オレがいっしょなら、だいじょうぶだろ? オレはおうじだ! エルになんかあったら、オレがまもってやる!」 

「ま、守る? 家来なんだろ? 俺は。家来の俺を守るのか?」

「オレはケライをだいじにする。オレはケライをだいじにするおうさまになるんだ!」


 さっきまでビービー泣いていたやつが何を言ってんだか、と呆れつつも、恐れを知らない自信みなぎるその言葉に思わず笑ってしまった。

 こんなちびっ子に一体何ができるのやら……と苦笑つつも、ユーリが一緒なら、大丈夫かもしれないな、なんて思えてくる。

 家来を助ける王様か。随分と頼もしいねえ。


「本当に守ってくれるのか?」

「とーぜんだっ! オレにまかせろ!」


 ハビエルたちにたとえ私の存在を拒否されようとも、心折れずにいられるかもしれない。

 この無駄にキラキラしているやつを見ていると、なんかなんでもできそうな気がしてくる。

 

「わかった。じゃあ、行こう」

「うん! にげるなよ!」

「逃げないよ。さっき約束したろ?」


 目線を合わせるために屈んでいた体を起こす。ユーリは私のズボンから手を離すと、すぐに私の手にその小さな手のひらを伸ばした。

 ユーリのさまよう手のひらをぎゅっとつかむ。

 柔らかくて、暖かくて、すごく小さいのにとても頼もしい手だった。


「よっし、ちょっと歩くけど我慢しろよ」

「だいじょーぶだもん!」


 二人手をつなぎハビエルの店へ向かおうとした、その時……

 ゴゴゴゴゴゴと凄まじい地鳴りの音とともに、地面がグラグラと揺れ、周囲の人々がいっせいに騒ぎだした。

 何の騒ぎだ!?

 

「エルっ!」

「大丈夫だ。しっかり手をつないでろよ!」


 不安そうに見上げるユーリを後ろにやり、轟音の先に目を向けると、土ぼこりが天へとまっているのが見えた。

 あっちって、ハビエルの店の方角だな。

 一体何があったのだろうか。魔物はこの町へ侵入してはこれないはず……だと思う。

 嫌な汗がこめかみを伝う。何かが来る。何か、得体の知れないものがやってくる。


「絶対に前に出るな? 俺の後ろにさがっていろ」

「エルはオレがまもる!」

「今は俺がお前を守る番だ!」


 前に出てこようとするユーリを慌ててひっこめる。

 ったく、根性だけはいっちょまえだな、コイツ!


 土ぼこりの中から、人の形めいた影が浮かび上がった。人間か……。いや、獣人かもしれない。

 エウゥゥゥゥゥゥゥゥゥという低いうなり声をあげながら、こちらへ突進してくる。

 転移魔法でここから逃げるのも手だが、そしたらここにいる町の人たちが危ない。


 私しかいないんだ。私しかこの人たちを守れないっ!

 覚悟を決めた私は、その襲撃者にユーリとつないでいないほうの手を掲げ、攻撃の呪文を唱えようとした。


「エーデルハウプ……」


 だが、紡がれた言葉は私のよく知る声によって、さえぎられてしまった。


「エルゥゥゥウゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウ!!!!!!」

「ひっ!!!!!」


 土ぼこりの中から出てきたのは、なんとハビエルだった。

 しかも、鬼の面のような形相でこちらに迫ってくる。


「なんで、ハビエルがここに……っ!?」


 予想外の出来事に動転してしまい、頭が真っ白になる私。

 ど、どどどどどうしようっ!

 ていうか、なんで、こっちに向かって来ているんだ、アイツはっ!


 片足が一歩後ろに下がる。

 駄目だ……。怖いっ……。逃げ……たいっ!

 無意識にまた一歩後じさる。そしてそのまま後ろに駆け出そうとした。

 ユーリをつれて、ここから逃げよう!


「エルっ!」


 ユーリの声でハッと我にかえる。

 今にも泣き出しそうな顔なのに、口は横一文字にきつく結ばれ、輝く金色の瞳は必死に何かを私に訴えかけていた。


 逃げるな……。


「エルゥゥゥゥウウウウウゥゥゥゥゥ!」

「ひっっっ!!!」


 気付けば既にハビエルは私のすぐ目の前まで来ていた。筋肉で盛り上がった二の腕が大きく振りかぶり、ぶたれるのを覚悟して目をつぶる。


「うっ……」


 だが、予想していた衝撃はなく、かわりにガシっと肉厚で大きな手のひらが、私の肩を乱暴につかんだ。

 ギリっと肉に指が食い込み、鈍い痛みが私を襲う。

 その痛みに思わず目を開きかけたとき、今度は別の衝撃が私を襲った。


「んむぅぅぅぅ!!!!!」


 一瞬何が起きているか分からなかった。

 目を開けた先は茶色いぼやけた世界で、そしてやけに熱かった。そして、臭かった。顔の中心より下の……そう唇が熱かった。

 初めての感触。

 自分が今何をされているのか分かるのだけれども、なんでそうなっているのか全然理解ができなくて、ようやく視界が開け、すぅっと風が頬を撫でたとき、私はようやく自分を見つめるハビエルに焦点を合わせることが出来た。


「逃げるなよ」

「……」


 真剣な眼差しでそう言ったハビエルの唇から目が離せない。

 というか、コイツ今私に何をした?


「おい、大丈夫か?」

「だ……」


 心配そうに私の顔を覗き込むハビエル。

 じわりじわりと体の熱が徐々に上がっていくのが分かる。顔に至っては火がついたように熱い。

 コイツ今、私に何をしたっ!!

 地下のマグマがグツグツと煮え返るかのごとく沸々と羞恥と怒りがこみ上げてくる。


「ん?」

「大じょうぶなわけ……」

「ん? なんだって?」

「大じょーぶなわけあるかああああああああああああ!!!!!!」


 そう叫んだ瞬間、私を中心とした周囲5メートルの地表が、そこだけ重力が倍以上に増したかのごとく、すさまじい轟音を立てながら窪み、その圏内にあった木がミシミシという音を立てて倒れた。

 地面に尻餅をついて唖然としているハビエルを私は殴る蹴るなどの暴行でボコボコにし、青タンだらけになったハビエルに乙女のビンタを食らわせた。

 そうしてようやく冷静さを取り戻し、一息ついた後、周りの惨状を見て絶句。


「あ……あの。す、すみません」


 周囲の大人たちにひとしきり怒られ、倒れてしまった木と少し窪んでしまった地面をハビエルと一緒に元通りにし、逃げるようにハビエルの店へ直行した。

 ユーリはその間一言も発さず、ただただ私に手をひかれハビエルの店へ連れていかれるのであった。


ちなみに、ハビエルは攻略対象じゃないです。

ようやく攻略キャラクター(ちびver)が出てきました。他の攻略対象は少しだけ後になるかと思います。

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