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第4話

 甲冑や短剣、一体誰が使うんですかってぐらいバカでかい、私の身の丈2倍以上はある剣が壁に垂れ下がっている店内。

 昼間なのに店内は照明を点けていないせいか薄暗く、店の外の大通りがとても眩しく見えた。

 正直、図書館の中にいたときに想像していた町の雰囲気と全然違っていた。

 もっと、西洋文化が全面に押し出されたおしゃれな町かと思っていたんだけどな。


 路面は土ぼこりがまっていて、アスファルトじゃないし。

 ……あたりまえか。

 なんか、にぎやかだなーっと思って、そちらのほうへ行ってみると、商人らしき人とその客がギャースカギャースカものすごい大音量で喧嘩をしていた。

 馬車に乗ったお嬢様が毎夜舞踏会なんかにでちゃったりして、どこぞのナイスガイが口にバラをはさんで「ヘーイ」ってやってる光景を想像していた自分が恥ずかしい。


「ん?」


 お茶を飲み終わり、ボケーッと店の中の椅子に座って外を眺めていると、洋服を引っ張られるような感じがして視線を後ろに移した。

 いつの間に来たのやら、ワンが私の洋服の裾をくいっくいっと引っ張っている。

 この服が珍しいのかな? たしかに、この服装で町を歩いている奴はいない。みんな麻のシャツにそれと同じ素材のズボンやスカートをはいている。


「どうしました? ワン君」


 一応王族だし、敬語で話しかける。使いたくないけどね、一応礼儀としてね!


「まほう……」

「ん? まほう?」


 コクコクと小さな顔が上下にゆれる。なんだ、可愛らしいじゃないか。私の服の裾はまだにぎられたまんまだ。

 なんか、胸がむずがゆくなるな。母性本能をくすぐられるというのはこの事をいうのだろうか。


「まほう、おしえて」


 緑色の眼差しが私の視線をとらえて離さない。

 一瞬でわかった。この子は真剣だ。さきほどまでの、無関心な態度とは違う。

 けど、なんで魔法なんて教わりたいんだ? 王族なのだから、それなりにいい家庭教師でもつけられるだろう。


「どうしてですか? 教えてもらうなら、もっとちゃんとした人に……」 

「エル……」


 名前を呼ばれたことに気付いたのは、ワンが言葉を発して何秒かたってからだった。

 おお! こいつ、私の名前を言ったぞ!

 視線は私に向けられたままだ。視線はまっすぐ私のほうを向いたまま。まだ5歳だからって、ここで話をちゃかすのはなんか悪いような気がした。


「俺は毎日ここに来るわけじゃないですし、まずはハビエルに……」

「エルが……いい」


 ズキューーーーン!!

 なんですか、このかわいい小動物は!

 小一時間前まで、ものすんごい憎たらしかったこの小僧が、なんか急に愛玩動物のようにキュララララと輝いて見える。


「な、なんで、俺がいいのですか? そ、その俺ってまだ子どもですし……」

「エルは……つよい」


 ハッァハッァハッァ……。やばい、興奮を抑えられない。こんな面と向かって褒められたの初めてだ。

 ハビエルは「お前つえーなー」なんていうけど、顔がいつもニヤけてるんだよ。なんか、小ばかにされてるような感じだから、素直に喜べなかったんだけど。

 これは……イィ。図に乗ってしまいそうである。


「そ、そう? 俺、強いですかねぇ、へへっ、へっへっへ」

「エル。何興奮してんだ」


 私の前から突然、かわいい天使が消える。それと同時に頭上から聞きなれた声がふってきた。

 顔を上にあげると、ハビエルの腕に中にワンがいた。

 いいところだったのに、もっと私を褒めてもらえるチャンスだったのに。

 恨めしい気持ちでハビエルを見上げると、ハビエルは嫌なものを見るような目で私を見下ろした。


「お前、そういう趣味?」

「なっ! 何!?」

「駄目だからな。コイツは大事なお客さんだ。傷もんにしたら、怒られるだけじゃすまされねーんだよ」

「傷もんって何!? 俺、べつに何もしてないんだけど!」

「鼻息荒くして、襲い掛かろうとしてただろうが!」

「してないよ!」

「いーや、してたね」


 冤罪だ! むしろ、襲いソウなのはハビエルのほうじゃないか! と抗議しようかと思って口を開きかけた時、ワンがハビエルの頭をバシっと叩いた。 

 もちろん、そんなヤワな力じゃハビエルは倒せない。けど、さっきまでのハビエルをただただ邪険にするのとは様子が違っていた。

 必死にハビエルの頭を連打している。先ほどまでの無感情な顔とは違い、その目には怒りの色がおびていた。


「はなせ! はなせっ! おれはツヨくなりたい!」

「……っ!!」


 その言葉にハビエルの表情が凍りつく。

 なるほど、強くなりたいのかあ。可愛いなあ。

 ハビエルはすごく驚いているようだけど、男の子なら誰しも強くなりたいって思うのはふつうなんじゃないだろうか。

 テレビによくあるレンジャーもののヒーローみたくなりたいってやつ。ワンはきっとさっきの私の魔法を見て、自分もそういうふうになりたいって思ったに違いない。

 かわいいじゃないか。実に子どもらしくてかわいげがあるじゃないか。

 そんなかわいげのある子どもに私が魔法を教えないという選択肢は、ない。


「ハビエル。ワンが魔法教えてだってさ」

「あ、いや。でもこいつまだ子どもだぞ? まだ早すぎるっつーか」

「そうかな?」


 私の体は5歳ではあるが、普通に魔法を使える。この世界では5歳で魔法が使えるのは早いことなのだろうか。


「ご、5歳で魔法が使えるってすごいことなのかな?」

「は? 当たり前だろ? そんなヤツがいたら見て見てーよ。いるわけないだろ、そんなヤツ!」

「へ、へぇ……、そうなんだぁ」


 いるわけない。 見て見たい……だって? いるよ! ここにいるよ! まさに私がその5歳で魔法が使えちゃうやつだよ!

 私って、もしや天才……っ!


「何、お前がにやけてるんだよ」

「に、にやけてなんてないよ!」


 しまった。顔に出ていたか。いかんいかん、ポーカーフェイスポーカーフェイス。

 急いで緩んでいる頬をシャキっと引き締める。けど、口の端がプルプルと震えているのが自分でも分かった。


「いや、気持ち悪いくらい、ニヤってしてたね」

「してないってば」

「いや、してたね。口の端をこーんなふうにさ、こーんなさ!」

「うぅ……」


 ハビエルはワンを抱えていないほうの手で、口の端に人差し指を突っ込み、ぐぃっとこれでもかってほど上に引っ張っている。

 瞳は上を向いていて白目になってるし。怖い……。笑えない……。怖い……。


「ほら、こーんなんなんだぞ! ワンも見たよな? こうだったよな!」

「うぅぅぅ……」

「ほーれ、ほーれ、こんなんだったよなあ」

「もう、いいよお。わかったよお。……俺が悪かったよお」


 いつしか、目から涙がポロポロと出ていた。

 こういう言い合いの時、私はハビエルには勝てない。何か言ってやりたいと思うのだけれど、何を言っていいのか分からない。

 そして、この図体ばかりでかい大人の皮をかぶった子どもに自分が言い負かされて、落ち込んでいるのに気づくのだ。


「へこむなよ。冗談だ。冗談」


 ポンポンと頭を軽く叩かれる。ターバン越しにでも分かるその大きな手の感触と暖かさ。

 不思議なことに数回頭をなでられただけで、今の今までムカムカしていた気持ちがすぅっと氷が溶けるようになくなっていく。

 ずるいなあ。精神的には私のほうが年上のはずなのに、包容力があるというかなんというか。嫌いになれないんだよなあ。


「魔法も知識も大人顔負けのくせして、こういうところはお前、駄目だよなあ。もっと、強くなれよ。そんなんじゃ将来女のケツに敷かれちまうぞ!」

「うぅ……」

「いい大人が子どもにいじわるしないのっ!」

「んがっ!!」


 ガゴンッと鈍い音が店内に響いた。ハビエルの後ろを見れば、エプロン姿で右手にフライパンを持ったアーシアの姿。

 ハビエルに視線を移すと、ハビエルは頭を手で押さえ、下を向いてうめいていた。そこにワンが追撃とばかりにペシペシとハビエルの頭を連打。


「あっ、やめっ! ワンっ! 今は駄目だ! ちょっ、ヤメろっ!」


 ワンのヨワヨワパンチでも、今のハビエルにはかなり効くらしい。

 やれ、やるんだ、ワンよ。この大人気ない大人に制裁を。

 そんなハビエルとワンの攻防戦を尻目にアーシアが私に困ったような笑みを浮かべた。


「ごめんね、エル君。うちの旦那ってばいつまでたっても、頭がピヨピヨのひよこで」

「いえ、俺ももうちょっとメンタル強くしなきゃなーって思いました」

「麺、樽?」

「あ、いやっ、精神的なものを……はい」


 前世と今の世界で通算30年近く生きているっていうのに、この精神面での脆さはなんだろうか。

 アーシアは私よりも年下のはずなのに、すごい頼もしく見える。

 そういえば、前世の私って何も考えずに生きていたような気がする。敷かれたレールにただ乗っているだけの人生。

 特に何も考えずに勉強をして友達と付き合って、口から出る言葉は既に決まっていたかのようにすらすらと出てくる。

 心の中では悪態をついているのに、顔の表面の皮は笑っている。だから、深く考えることなく今まで生きてきた。

 私はいつも勝手に動いてくれるって。

 だけど、この世界の私は勝手には動いてくれない。自分から湧き出る感情がそのままストレートに表面に出てきてしまう。


「ワン君の魔法のことだけど、今日はもう疲れたでしょ? また、今度にしましょう?」

「あ、はい。わかりました……。正直、俺の魔法は独学だし、人に魔法を教えたことがないので。帰ってから本でも読んで考えてみます」

「独学……?」 


 私の言葉にアーシアは眉をひそめた。

 後ろで騒いでいたハビエルの声も、ぴたりと止まる。

 シーンとした店内に、店の外の喧騒がやけに大きくきこえた。

 何か変なことを言っただろうか。


「え? エル君はどこかのすごい先生に教えてもらったんじゃないの?」


 言葉の端々に戸惑いとそして畏怖の色を浮かべながら、アーシアが問う。

 なんだろう。この視線……すごく嫌な感じだ。


「いえ、本だけはたくさんあるので、それを読んで覚えましたけど……」

「本って自分の家にある本か?」


 ハビエルが途中から話に加わる。やけに顔が真剣だ。ハビエルのくせに。


「家というか、図書館というか。その……ほら、この町のはずれに大きな国立魔法図書館があるだろ? そこで……」

「ああ、あそこか。でも、あそこは……」


 図書館のある方向を指差す私にハビエルが何かを言いかけ、そして口をつぐんだ。

 何か考える様子で顎に手を添え、斜め下に視線を落としている。

 誰も何もしゃべらない。

 長い長い沈黙。

 ハビエルは何を考えているのだろう。アーシアは何でそんな戸惑った表情で私を見ているのだろう。

 不安だけが私の中で増すばかりで、固くと握った手のひらにはじわっと汗がにじみはじめていた。

 時間が刻々と過ぎていく。

 私とハビエル、アーシア、ワンの間に見えない溝が出来ていく感じがした。


「あ……」


 その静寂に耐え切れなくなったのは、私だった。


「あ、俺。もう帰るね! また、明日来るよ。じゃあ」


 ハビエルが何か言いたそうにしていたけど、私は見なかったふりをした。


「まほう! まほう! エル! まほう!」


 私の背中に向かって叫ぶワンの声。

 そのすがりつくような声を振り払い、私は逃げるように店の外へと飛び出した。

 店を出た瞬間、転移魔法で図書館まで移動し、一瞬で図書館が眼前に立ちはだかる場所へ出る。


 いつもだったら、夕暮れ時の野原をゆっくりと歩き、その道のりを名残惜しい気持ちで帰っていたのだけれど。

 今日はそんな気分にはなれなかった。

 なんで、私はあんなに動揺してしまったのだろうか。

 たかだか、独学で魔法を習得したからといって私が呪われた身であることがバレるわけでもなしに。

 私の脳裏で何かの風景と先ほどの店内の風景が重なる。その映像を振り払うように頭を左右に振った。


 ひゅーと強い風が凪いだ。手入れのされていない背の高い草がいっせいに同じ方向へ傾く。

 誰もいない草原にひっそりと佇む巨城。

 図書館といわれなければ、ただのばかでかい城にしか見えない。

 中のきらびやかな内装とは違い、外装はところどころ石が欠けていて、見るも無残なたたずまいであった。


 図書館の中にはきっとまだ人がたくさんいるだろう。

 だけれど、図書館の中に入れば私の姿はたちまち消えてなくなり、誰からも見えなくなる。

 通り過ぎる人も全て私の体を通り抜けていってしまう。


「ただいま……」


 と、言って正面の大きな門をくぐり内部に入るも、おかえりという言葉はかえってこない。

 廊下にカツカツという音だけが響く。

 図書館の端にある部屋までたどり着き、木の扉を開ければ、『もう一人の私』が『私』の帰りを待っていた。

 椅子に座ったまま動かない。けれど、その目は青く光り輝いていて、静かな笑みを浮かべている。


「うぅ……」


 いつものことだと諦めながら、私はその異臭に鼻をつまんだ。

 黄色い液体が椅子の下に円を描くように溜まっている。

 まだ、大ではないだけ、ありがたいと思わなければならない。

 椅子に座ったもう一人のエルゼを動かそうとしてみるが、動かなかった。

 だけど、視界だけは共有できる。そこには困惑した表情を浮かべた少年が目の前に突っ立っていた。


「エルゼは駄目だなあ。お漏らしなんて、行儀が悪いぞ」


 と、つぶやきながら、私は少女のエルゼの洋服を脱がし、テーブルの上に用意してある濡れタオルで丁寧にその雪のように白い肌を拭いてやる。

 床に広がる黄色い液体と辺りを漂う異臭は魔法で消した。

 だが、このエルゼには服をきれいにする魔法はなぜか使えなかった。

 自分自身に使う魔法は効かないのだろうか? ハビエルが私にした魔法はちゃんと私の服をきれいにしたというのに。


「よし、できた」


 私は着ている服を全て脱ぎ捨て、きれいになった一糸まとわぬ彼女の前に立つ。

 そして私は私に手を伸ばす。触れた指先から、溶け合うようにゆっくりと融合していく。

 『もう一人の私』の中は冷たかった。そして、『私』の中は暖かかった。二つの私が混ざり合って、元の一人の私へと戻る。


 まぶたを開けると目の前に扉が見えた。裸のまま椅子に座っている私。

 私はギリっと歯を食いしばり、目の端に見える黒い髪をつかみ思いっきりひっぱった。

 頭が上下に揺れ、鋭い痛みが走る。


「うぅ……うっ……」


 目から熱いものが溢れ、視界がぼやける。目からこぼれたそれが頬をつたい、口の端をつぅーっと流れ落ちた。

 ここで、挫けてたら駄目だ。これからもっと、辛いことがたくさん待っているんだから。

 こんなことでヘコたれてちゃ駄目なんだ!


 そう自分に言い聞かせ、私は椅子から立ち上がりクローゼットの中にあるワンピースに着替えた。

 床に落ちているさっき脱ぎ捨てた服を拾い、そのままクローゼットの中に放り投げる。


「明日、ハビエルたちに会いに行く。絶対に逃げないっ!!」

 

シリアスな展開ですが、次あたりにはライトな感じになると思います。

というか、なっております。

ちなみにネタバレですが、ワン君は攻略対象です。ワンっていうのは本当の名前ではないのをなんとなく3話あたりで出してはいるのですが、なんでワンなのかは本名が出てからということになりそうです。

恋愛要素が今のところありませんが、まずは小僧のうちに手懐けておく感じでゆったりとやっていきたいと思います。

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