3話「魔術師覚醒(後編)」
前後編の後編です。宜しければ、前話もあわせて読んでいただけたら幸いです。
「え?何それ、俺知らない」
「やはり無自覚でしたか。これは少々マズイ事態ですね。魔力を垂れ流しの状態は魔術師でしたら、必ず感知が出来ます。全員がそうではありませんが一部の好戦的な輩に狙われる危険があります」
魔術師が交戦してくるね、実力試しみたいなもんか? 普通に生活するなら確かに厄介事はご遠慮願いたいな。
「このままの状態だとこの場所に魔術師達が襲来してきたりするのか?」
「いえ、現在地周辺は結界術式が発動していますので基本的に探知される事はないと考えて下さい。ただ、食料となる生物も付近に近寄れないので確保する為に結界の外に出る必要があります。短期間なら結界内にある野草や木の実等で空腹を満たす程度なら問題ないとも思いますが……」
切ねえ。なに、その食料事情。コンビニよ、今は誰よりも君に会いたい。
「結界外に出て、魔術師に狙われるのが危うい理由はこの世界ではある条件を満たすと他者の力を奪う事が出来る為です」
「ん、力を奪われたら今まで使えた魔術が使えなくなるとかなら、何の魔術も扱えない俺は問題なさそうだがな」
「確かに魔術は扱えなくなりますね、殺されますので」
なっ!! 事もなげに何て事を言いやがりますか、この魔導書は。というか、魔術師恐いな。俺は治安の良かった日本出身なんだ、生死が関わるのはゲームだけで十分だっつーの。
「マスターは空腹時の際、目の前に美味しそうな食料があったらどうされますか?」
「それは食べるに決まっているだろう」
「現状、マスターは今の話の食料という立場で存在しています。先程も申し上げましたがグライン様の身体は多量の魔力を保有されています。戦闘能力がないにも関わらず、常時他者に居場所を教えている存在。強くなりたい魔術師からしたら恰好の餌食です」
詰んでる。このままだと間違いなく死ぬ。
アニメを生視聴しながら実況していたあの日々に戻りたい。
「マスター、現状を打破する為に説明したんですよ。惚けるのはまだ早いですよ」
「俺、助かるの! 本当に!?」
「方法は単純明快です。魔力線を正常に機能させて、魔術師になればいいのです。じゃないと死にます。魔術師になりましょう。大事なので繰り返しました」
魔術師になれ。言葉にすれば、確かに簡単だ。気になることはこの流れまでに選択肢がほぼなかったんことだ。魔導書を起動させないという道も今思えばあったが一応、グラインの助言だったしな。
仮に魔術師になったとしよう。そうなると一時的には命は助かるかもしれない。けど、狙われる危険性は変わらないだろうな。
正直、まったりと生きたいんだよね。イエス安全、ノー危険を信条にいきたい。
そこで俺は閃いた。この魔導書が戦ってくれないかな、と。
「魔導書、あんた単体に戦闘能力はあるのか?」
「ありますよ。注意点としては戦闘の規模により、燃料となる魔力供給に差異があること。私が撃破された場合は再戦闘可能な状態に回復するまでに数日は必要になり、修復に多量の魔力を消費します。
ですが、中級魔術師程度なら対等に渡りあえる実力は有してます。あくまで私単体が外敵に挑む場合を想定しての内容になります」
この魔導書、無茶苦茶使えるんじゃないか。よし、俺は魔導書を使い魔として異世界を生き抜く。
「魔導書、俺が魔術師になる事でのデメリットって、あるのか?」
「なったあとにはありませんよ。魔力を扱えるようになると加齢による衰えもゆるくなりますし、体内の細胞を活性化して病気や怪我の治療も可能です。それなりの術式を操る技術は必要ですけどね。
では、マスターには『魔術師になる』という言質もいただきましたので早速、魔力線に魔力を注ぎますね。辛くて苦しくて死にたくなるかもですが、多分死なないので安心して下さいね」
「え? ちょっ!!!」
マビノギの術式行使は迅速であった。
真白は急に立ちくらみにも似た感覚を覚えて、その場に膝をついた。身体は次第に自由を奪われ、全身が麻痺している状態にあっさりと陥った。脳から行われるはずの四肢を動かす伝達機能を遮断されたのだ。
真白の無力化にかかった時間は僅か数秒、術式への抵抗力がないとはいえ称賛に値する速度である。
身体の自由を奪う理由は激痛で暴れるのを防ぐ為である。
真白は全身の細胞が沸騰したような熱さと体内を駆け巡るあまりの苦痛に悲鳴をあげようとしたがその機能さえ、現在は許されていない。
本来であれば、心身に一定以上の負荷がかかると脳が意識をシャットダウンしようとする。だが、魔術師になる上で術者が魔力を感じとる必要があるのは最低条件。意識を失うことも許されず真白に出来る事はひたすら耐える、それのみであった。
真白の覚醒術式は数刻の時間をかけ、無事に完了した。この日、真白は魔術師になった。