A quiet evening
雨が降った後の空は空気中の塵も一緒に落ちる為、普段よりも綺麗な星空を見ることが出来る。風邪を引かないようにとクロシュに念入りに包まれながら、エルネインは初めての空の旅にはしゃいでいた。
「クロシュ様は竜人だったんですね。知りませんでした」
エルネインが暗闇と同化しているだろう翼をうっとりと見つめる。
「僕達は竜人ではありませんよ、エルネイン嬢。もっと高位の……うわっ」
近くでもろにクロシュの風圧を受け、八人もの人間を抱えて飛んでいるシグルスはバランスを崩す。態度での抗議を食らったシグルスはやれやれと口を閉じた。
彼等が現在向かっているのは王城だった。シグルスの希望があったせいだが、それ以上に荒らされた家にエルネインを置いていく事をクロシュが嫌がったからだ。エルネインだけに向けるクロシュの蕩けきった横顔から視線を逸らし、シグルスはこれから起こるであろう騒動に思いを馳せた。
両親は……まず間違いなく喜ぶだろう。在位中、妻を一人も持たなかったクロシュに随分と気を揉んでいたから。
シグルスの妻や子供達は、少し悔しがるかもしれない。彼等にとってはクロシュも家族の一員だ。その彼にとっての一番が自分達でなくなったのだから。
問題は、エリオスと大臣達だ。国の為にも数少ない直系の竜達には積極的に子供を作って貰いたい。それはクロシュも例外ではないのだ。クロシュはこれまでも、一夜限りの関係はそれなりにあったが、子を作る対象となる妻を頑として受け入れる事はなかった。ところが、エルネインという例外が出来たところで、これまで指を咥えていた連中に口実を与える事になる。せめて相手もまた同じ竜であれば違ったのだろうが、エルネインはただの人間だ。クロシュはエルネインを唯一と願うだろうが、周囲がそれを許さない。
(面倒な)
シグルスも同じ道を通ったからこそ、兄に同情を禁じ得なかった。
クロシュが着地したのは王城に程近い邸宅の一つだった。羽音を聞きつけたゼファが二人を迎える。
「クロシュ!てんめぇ、よくも俺を置いていったな!」
「煩い。エルが起きるだろう」
色々あって精神的にも疲れたのだろう。寝顔が健やかだったのが幸いか、勝手知ったる我が家を進んでいく。
「何だよ、エルも連れて来たのか?」
「見るな。お前には勿体無い」
覗き込もうとするゼファから隠し、自室のベッドに寝かせてやる。額にキスを落とし、音を立てないようにそっと扉を閉めた。
「私は用事があるから暫くエルを任せる。もし不在の間に何かあっても、ギルシュとお前以外はエルの前に通すな」
「マァサもか?」
「……マァサも良いが、顔合わせだけはしてやってくれ」
「分かったけど、一体どうした?なんかやけにピリピリしてねぇ?」
「……エルが襲われ掛けた」
「何だと?!」
途端に表情を厳しくさせるゼファに、クロシュは小さく頷いた。
「未遂で済んだが傷付いた事には変わりないからな。犯人がまだ特定出来ていない以上、此方の方が安全だ」
あの森に立ち入る事を許されているのは、王に許された者だけだ。それ以外は弾くように為されているのだが、誰かが手引きをすればその限りではない。
「分かった。俺がいる限り、誰にも手出しはさせねぇよ」
「頼む」
長い付き合いだが、逆はあってもクロシュから頼み事をされたのは初めてだ。頬が緩むのも仕方ないだろう。
「おう!任されたぜ」
威勢のいい返事に一抹の不安を憶えるのは何故だろう。きっとゼファだからだと納得させて、クロシュは夜の空に羽ばたいた。
短いので、次話も同時掲載です。




