Stormy night
いつもより長いです。
昨日の夕方から突如としてやってきた土砂降りの雨は今日になっても止む気配を見せず、必然家の中で過ごすしかない。相変わらずクロシュは定位置になっている一人掛けのソファで本を読み、エルネインは普段使わない場所の掃除に勤しんでいた。
「エル」
排水溝と格闘していたエルネインは、突然声をかけられて飛び上がらんばかりに驚いた。けれども、振り返った先のいつに無く険しいクロシュの様子に表情を改める。
「……お出掛けですか?」
クロシュは先程見た時のゆったりとした服装では無く、いつも出掛けて行く時の服装に着替えていた。
「そんな顔をしないでください。襲いたくなる」
ぎょっとして身を引くエルネインに苦笑し、冗談です、と付け加える。一歩進んで距離を縮めると、エルネインを腕の中に閉じ込めた。
「夕食までには戻りますから、良い子でお留守番しててくださいね」
額に頬に口付けを落とし、最後に軽く唇を合わせて囲いを解いた。エルネインが羞恥で固まっている間に玄関を出て、暗い森の中に溶け込んで行ってしまう。
「いってらっしゃいませ」
その背にそっと囁きかけ、エルネインは掃除の続きに戻った。
太陽や月が雲に隠れて見えないので大凡の時間は分からないが、夕食の時間はとっくに過ぎている筈なのに、クロシュが帰ってくる気配は無い。食卓には三人分の料理が手を付けられないまま載り、それが益々哀愁を誘う。
「クロシュ様もゼファ様も遅いな……」
不安を押し隠しながら二人の帰りを待つ。大雨も雷も暗闇も嫌いではなかったが、今日だけはそれらが嫌いになりそうだった。何度もため息を吐くエルネインの足元を火蜥蜴がちょこちょこと慰めるように動き回る。
「っ!……?」
エルネインは普通の人に比べて耳が良い。この家は防音にも優れているので、森の雑音を拾うことも殆ど無いのだが、今は意識が鋭敏になっているせいか、微かな異音をエルネインは捉えていた。最初こそ、クロシュとゼファが帰って来たのかとも思ったが、足音は複数で二人の歩調とも合わない。それらは徐々に近付いてきており、エルネインは何となく自室のクローゼットに隠れた。
やがて乱暴に扉が開かれて、8人分の足音が家の内部に入ってくる。
「かーっ!マジでついてるぜ」
「こんな森の中によくあったよな」
「おい見ろよ!飯があるぜ」
「まだあったけぇな。ここの住人が居るのか?」
「お頭ぁ!見てくれよ、このベッド。ふかふかだぜ」
「おいおい、どうやら当たりだぜ」
「おい、てめぇら!飯よりも先に金づるを探し出せ!」
「「「「「「「おう!」」」」」」」
箪笥をひっくり返す音や破壊音が耳を刺激する。鈍いと言われるエルネインでも彼等の非常識さは理解した。彼らはきっと世間で言う盗賊という奴なのだろう。
(盗賊……っ!)
びくりと身体が勝手に反応する。脳裏に浮かぶのは、粗野な男達の顔だ。
(何だぁ!?俺達は……を攫ってこいって……んだぜ!)
(確かにそい……は……だ)
(馬鹿……!)
クライ。
カアサマ、ドコ?
カエリタイ。
コワイ。
タスケテ。
がたんという音にエルネインは我に返る。
「頭ぁ!女の部屋があるぜ」
「何だと?!おい、聞いたな、てめぇら!!」
「やっりぃ!!お~い、嬢ちゃん出ておいで~」
「バッカ。ババアだったらどうすんだよ」
「そん時は俺らの期待を裏切ったってことで、殺すに決まってんだろ」
他の部屋は粗方探し終えたのか、三人分の声が扉一枚を通して耳に入ってくる。
「邪魔だな」
箪笥上の花瓶が地面に落ちて割れる。そこには毎日クロシュがエルネインに摘んでくれた花が挿されていた。
「うお~!この下着、触ってみろよ」
「やっべ!超柔らかいんだけど」
「匂いも良いなぁ」
「何嗅いでんだよ……」
「朝用と夜用に持ってってもいいよな?」
「あ、おい?!」
「あ~~~!!!」
クロシュの贈ってくれた下着が破られる。
「バッカ!まだコッチにも沢山あるだろうが!」
「俺は白が好きなんだよ~~」
「阿呆くせぇ」
言いながら、クローゼットに光が差していく。幾ら大きくても衣装を避ければ気付かれてしまう。
「お、これなんて俺好み……女だぁ!」
喜色ばんだ声と共に、すね毛だらけの腕が伸びてくる。必死に抵抗するも、三本、四本と伸びた腕によってあっさり引きずり出されてしまった。
「いやっ!放してください!」
「こりゃあかなりの上玉じゃねぇか」
強引に顎を掴まれ上向かされる。欲を隠そうともしない男の目に、エルネインの喉がひゅっと鳴った。
「教えてくれるよな、嬢ちゃん。この家に居るのはあんただけか?」
恐怖に慄きながらも、エルネインは下唇を噛んで声を殺す。
「これは気丈なお嬢さんだ。けど、この状況じゃそれは」
ブラウスがボタンごと引き千切られる。
「賢明とは言えねぇよなぁ?」
上半身が下着だけの姿に囲んでいた男達は口笛を吹いた。きめ細やかな白い肌は傷一つ無く、手の平で覆えそうな小さい膨らみは光の下で僅かに透けて見える。誰かの喉がごくりと鳴った。
「な~に、お前らだけでおっ始めてんだよ。金目の物は見つかったの……か?」
他の部屋を漁っていた五人の男達もまた、エルネインの姿に絶句した。見目は勿論の事、澄んだ銀の瞳は涙で潤み、わななく唇はまるで男達を誘っているようだ。愛らしい様子が男達の庇護欲を擽り、自分の上で思いきり鳴かせたいという欲が燃え上がる。
熱くなる分身を宥めながら、頭と呼ばれる男が連れて来いと三人に命令してトイレに駆け込んでいく。
「あ~、頭の好みど真ん中だったか?」
「熟女系が好きな俺でも一瞬キたしな」
「売る前に少しくらい味見してもいいんじゃね?」
見張りを三人に任せ、残りの四人は引き続き屋探しを続ける。
エルネインは両手足を縛られたまま、居間のソファに転がされていた。泣き声をだすまいと必死に堪えているのだが、それがますます男達の加虐心を煽っているとは知らない。
頭が戻ってきたのは、それから間もなく。散らばっていた男達も粗方探し終えたらしく戻ってきた。
「っかしーな。これだけ上等なら金目の物も沢山ありそうなんだが」
「嬢ちゃんの部屋にも宝石の類は一切無かった」
「男の気配も全くねぇし、一緒に暮らしてんなら、普通こんな夜に女一人残しとかねぇだろ」
男達は転がるエルネインを憐れみの目で見つめ、食卓に並べた料理を摘まんでいく。
「まさか、あんな子供が愛人とはねぇ」
「人は見かけによらないもんなんだなぁ」
彼等の頭にはエルネイン=何処かの貴族の愛人という図式が成り立っていた。それも無理からぬ話だろう、家の規模に反して使われている衣装や家具は高価な物。財産と呼べるものは一切無く、こんな森の中で隠れるように住んでいるのだ。
「……だったら、別に抱いてもいいよな?」
「本気か、頭ぁ?」
人買いに売る時、幾ら見目が良くても処女であるかないかは倍近くの差がある。愛人であれば、ヤることはやっているだろうし、売る前に一発かましても問題はない筈だ。
エルネインを見る頭の目が本気な事に、この分だと反対しても無駄だろうと仲間の面々はそっと息を吐いた。自分達も女日照りが続いているので、お零れに預かりたい気持ちもある。
「……ヤるんなら、あっちだぜ」
男の一人がクロシュの部屋を指す。腹を満たした男達は、今度は欲を満たすために立ち上がった。
討伐の見届け役として同伴していたクロシュは胸の内に去来する危機感に翼を止めた。足が地面に着地する。
「兄上?」
上空からの呼びかけを無視して周囲の気配を探るが、自分達の強大な力を前にしてか息を押し殺して怯えている生き物の気配しか感じられない。再び空の人となったクロシュは、エルネインの待つ方角へと進路を変える。
「ここで別れよう、シグルス」
「待ってください兄上!城への報告がまだでしょう」
「適当に済ませておけ」
「適当って、何の為に兄上に同伴をお願いしたと……兄上っ!?」
シグルスの妨害も虚しく、力強く羽ばたいた翼で翔けて行ってしまう。報告するには見届け役がいなければ成り立たない。早く妻の元に帰りたい気持ちを抑えて、シグルスは兄の軌跡を追いかけた。