The first attack
突然の来訪者がやってきたのは、はしゃぎ疲れた子供達をベッドに入れている時のことだった。院の中でも年長に入るルディが、血相を変えてやって来る。
「大変だよ、ネイン姉ちゃん!」
「静かにしないとみんな起きちゃうわよ、ルディ」
「それどころじゃないんだって!良いから早く早く!」
年下とはいえ、引っ張る力はエルネインよりも遥かに強い。毛布を掛ける暇も与えられず、エルネインは連れて行かれた。
「エル!」
聞き慣れない愛称に自分を差しているのだと気付くよりも先に、ふわりと身体が浮く。階段から落ちたのだと身を固くするも、返って来るのは苦しい程に強い抱擁だった。
「ああ、エル!逢いたかったよ、今日という日をどれだけ待ち望んだことか」
漸く抱擁を解かれたと思ったら、綺麗と称するに相応しい顔が近付き、こつんと額を合わせる。近くで見るほど、男の持つきめ細やかな肌や吸い込まれそうな黒い瞳、すらりとした鼻筋に知らず感嘆の息を吐いた。同じように、男の方も記憶にあるより成長したエルネインの愛らしい顔を視界いっぱいに収めて、満足げに目を細める。
「綺麗になったね、エル。成人おめでとう」
「有難うございます」
至近距離で柔らかく微笑まれた時の破壊力といったら!
この場で押し倒したい衝動を抑え、そっとエルネインを地面に降ろす。何十、何百と脳内で練習した通りに、白い手へと唇を落とし、手の甲を額に付けた。
「愛している、エルネイン。どうか私と結婚してほしい」
当時のエルネインが憧れていた物語の騎士が使った古式ゆかしい求婚の作法。受け入れるならば、返事をし、断るのならば相手から手を引き抜けばいい。
時間にすれば大した長さではないが、男には永遠にも等しい。誰もが固唾を飲む中、エルネインが返事をしようと動くよりも先に、
「嬢ちゃんが困ってるだろ。このダァホ!」
男の身体が階下に落ちる方が早かった。
真っ先に状況を把握したエルネインが慌てて駆け寄ろうとするのを、男を落とした赤毛の美丈夫が留める。
「放してください!」
「心配しなくても、あの程度で死ぬほどやわじゃねぇよ」
「そうですか」
「ああ、だから……って納得するのかよ!」
「……?」
「あ~調子狂うぜ、全く」
これだから白の野郎は、とぶつぶつ呟く男の傍を通り抜け、一応エルネインは玄関に倒れている男の様子を確かめる。
「あの、」
「痛いじゃないか、この馬鹿!……いえ、これはエルに言った訳ではありませんからね。私はこの通りぴんぴん……いや、心臓がおかしくなってきた」
「え?どうしましょう、カイド先生をお呼びしないと」
「待ってくれ!君が居てくれないと私はどうにかなってしまいそうだ」
「困ったわ。レアーナ姉さん、すみませんがカイド先生を」
「いい加減にしやがれ!」
再び赤毛の男によって男の頭が殴られ、今度は玄関が陥没した。真っ青にするエルネインに問題ないと手を振り、赤毛の男は来客用の部屋へと促す。尚も心配を見せるそぶりのエルネインを慮って、ルディ少年に男の見張りを任せ、強引に扉を閉じた。
机を挟んで院長と赤毛の男が座り、エルネインの隣にはレアーナが座る。どうしたものかと頭を掻く男に、院長が助け船を出した。
「まずは、お名前を教えて頂けますか?」
「あ~そうだな。俺はゼファ、あっちの黒髪のがクロシュだ。よろしくな」
「エルネイン・ロスェーナです」
「あ~、まあ俺たちが来た理由は、あの馬鹿がしょっぱなからかましやがったが、お前への求婚の為だ」
「はい」
「正直、突然求婚だなんて驚くだろうし、しかも相手はあんな野郎だし、困惑するのも分かってるんだが、あいつはお前のこと、ずっと好きだったんだ。部外者の俺がいうのもあれだが、あいつのこと、前向きに考えてやってくれないか?」
「良いですよ」
「やっぱまずはオトモダチからだよな……って良いのかよ?!」
「はい」
「待て待て、早まるんじゃねぇ!結婚なんて一生もんだ、ましてこれからの長い人生が待ってるんだ。よ~く考えた方がいい」
ゼファは真剣だった。
「ええと、結婚に必要なのは愛とお金、賢くて容姿端麗で器量と身長と甲斐性と身体の相性、なのでしょう?最後の一つはよく意味が分かりかねますが、クロシュ様は一応、条件を満たしているように思えますし。あ、でも先生がまずは相手を良く知る事と仰っていたので、結婚はそれからと言うことで」
ゼファは開いた口が塞がらない。典型的な某一族の恐ろしさを改めて理解してしまった。
「でしたら今夜から早速、寝物語に私の生涯を話そう。何、三月もあれば式も挙げられる」
何時の間に復活したのか、許しも無く入ってきたクロシュがエルネインの腰に馴れ馴れしく腕を回す。
「待て!クロ」
「ネインや。そなたはクロシュ殿をどう思っているのかね?」
直ぐにでも連れ出そうとするクロシュを止めたのは院長だった。エルネインの性質をよく知っているからこその、的確な質問である。
「変わった人?あと、丈夫な身体をお持ちで羨ましいです」
どうやら糸口が掴めそうだ。これ幸いとゼファはまくし立てる。心なしか回された腕の力が弱まる。
「ネイン。結婚というのは愛し合う男女がするものよ。一方だけじゃ、天帝様がお許しにならないわ」
「その通りだ。エルネインはクロシュを愛してるのか?」
「いいえ」
素直さは、時には鋭い凶器にも成り得るのだ。エルネインの一言はクロシュの甘い幻想をぶち壊すには十分な破壊力だった。
「そういうことで、まずはオトモダチから、」
「待ってください!もう限界なんだ。12年も私は貴方を待ち続けた。更にこれ以上待てだなんて私は……私は死んでしまう」
「んな大袈裟な……」
言ってからまずいと気付くが遅かった。あからさまにくずおれるクロシュをエルネインが放っておける筈もない。
「駄目です!お願いですから死なないでください」
「だったら、私と結婚を……」
「それは無理です」
「ああもう、私は……」
「……結婚、は出来ませんが、その他の事だったらなんでもします!だから、死なないで」
「だったら、ずっと傍に居てくれますか?」
「待て!エルネイン」
「はい!」
遅かったと嘆いても後の祭り。エルネインの扱いは、クロシュの方が遥かに上だ。途端に元気を取り戻す男に、院長とレアーナは苦笑し、ゼファは己の至らなさに肩を落とした。
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