Fitting session
手早く湯浴みを終えた後、お嬢様に合う服がこれしかなかったので、と申し訳なさそうに渡されたのは、マァサも着ているメイド服だった。それでも、エルネインからすれば十分すぎるほどで、マァサに手伝ってもらいながら着替える。
てっきり先に食べていると思ったのだが、ゼファとクロシュは待っていてくれていた。
「すみません。お待たせしてしまって」
「私がエルと食べたかっただけだよ。食事が終わったら、衣装合わせをしよう。それに下着も必要だね。いつまでもエルにお仕着せを着せるわけにはいかない」
「でも、この服の方が動きやすいです。それに、服ならあちらの家に、ありますし」
取りに行かなければいけないのだが。ところが、クロシュは気に入らないらしい。
「駄目です。誰が触ったか分からないものをエルには着せられません」
「でも今までは古着も着ていましたから、」
大丈夫です、と答えようとしたが、それよりも先にクロシュに引き寄せられる。スプーンを置いたところだったから汚すことは無かったが、そうで無ければどうなっていたことか。
「絶対に許しません。これは私の我が侭だ。……お願いだから聞き分けて」
「……分かりました」
クロシュのお願いには弱いのだ。エルネインに選択肢を与えているようで与えてくれない、ずるい言い方。ありがとう、と優しく言われてしまえば余計に断れない。
「ゴホン!ご主人様。お行儀が悪うございますよ」
「構わないだろう。どうせ誰も見ていないんだから」
「俺も居るんだがなぁ。いい加減にエルから離れやがれ!」
「お前の言うことを聞く必要性が感じられないが?」
「エルが嫌がってんだろうが」
「こうされるのは嫌ですか、エル?」
「はい。ええと、あの、ご飯の最中はちょっと」
あからさまにしょげかえるクロシュが可哀相で、手を伸ばそうとするが、その手をいち早く取ったゼファが首を横に振った。
「放っておけ。最低限のマナーも守れねぇやつにはいい薬だ」
壁際に控えたマァサも同意している。そういうものかと納得し、エルネインは食事を再開した。
食後のお茶の時間には懲りずに抱きしめて、青筋を立てるゼファを前にして存分に堪能しているクロシュが居たとか。
朝一で大公邸に呼ばれた仕立屋は、緊張しながらラフ画を捲っている大公の前に立っていた。曾祖父の時代からこの邸に出入りしているのだが、何分女物の衣装を正式に頼まれたのは今日が初めてのことで勝手がいまいち分からない。何時もならオーダーメイドで頼んでくる大公が、カタログの注文書と共にサイズを寄越した時は魂消たものだが、それが女物だと知った時には更に驚いたものだ。
いくつもの上流階級に出入りしている仕立屋は、大公の女に纏わるあれこれが真実であることを知っていた。彼の一族は大公専属の仕立屋と言っても過言では無く、これまでに大公が注文した衣装の遍歴は全て揃っており、その中に女物があったことは一度も無い。男が女に衣装を贈るのは特別な相手だけ。つまり、大公は今まで衣装を贈る相手が居ない証拠でもあるのだ。
そんな大公を射止めた女性に今日は会えるとあって、仕立屋も仕立屋の弟子も張り切っているのだった。
ラフ画を捲っていた手を止めるとクロシュは立ち上がる。何事かと身体を硬くする仕立屋を無視して、クロシュ自ら扉を引いた。驚くエルネインの白くて小さな手を取ると、仕立屋の前までエスコートする。
クロシュの美形に慣れていた仕立屋だが、現れた少女の美しさに瞬く間に創作意欲が湧いてくる。弟子の手からスケッチブックと鉛筆を奪い取るなり、その場で描き始めてしまう。
「あの……?」
自分をギラギラと睨み付ける尋常では無い目つきに、エルネインは戸惑ったようにクロシュを見る。何時もならば、そんな目でエルネインを見ようものなら即座に自分の身体に隠してしまうクロシュだが、今回だけは違った。
「安心するといい。彼は優秀な仕立屋だから。それよりも彼の手が止まるまでお茶にしよう。採寸でずっと立っていて疲れただろう?」
同じようにラフ画を眺めていたゼファが手を上げる。マァサが新たにカップを変えてお茶とお菓子をテーブルに並べた。
「これまで女物を頼んだことは無かったですが、やはり彼の腕は良い」
カップを傾けながらクロシュが眺めるのは、採寸をし終えた仕立屋の妻から渡された下着のラフ画である。以前偶然にも見る機会を得たエルネインの裸体を思い出し、彼女に合う下着を選んでいく。
「ふむ。これは少し可愛らしすぎるな。これは悩むところだが、もう少し大人になってから頼むとしよう。これは……」
クロシュの意見に、仕立屋の妻は時々口を挟みながら紙に書き付けていく。どちらも真剣で、当事者である筈のエルネインは一人、蚊帳の外だった。それを見かねたマァサがそっと助け船を出す。
「お嬢様も良ければご覧になっては如何ですか?」
「そうで……そうね。どれも素敵だわ」
そう言いながらもエルネインの顔色は浮かないままだ。マァサは夢中になっている男二人を尻目に無理も無いとそっと息を吐く。エルネインの立ち居振る舞いを見れば分かることだが、彼女は一般階級の出なのだろう。詳しい経緯は知らないが、全く違う世界にぽんと連れ出されれば困惑するのも当然のこと。こういった華やかな世界に憧れている少女ならばまた別だろうが、エルネインはその類いに入らない少女だ。大きな宝石よりも野に咲く花、豪華な食事よりも大勢で囲む食卓を好む少女のように思う。マァサでさえ気付いたのだからクロシュも理解しているはずなのに。事実、食事や世話をマァサとガルシュだけに任せたのにはそういった背景があるのだろう。エルネインが戸惑わないように、と。
「ご主人様」
「分かっている。少しだけ庭に出てくるから、仕立屋にもそう伝えておけ。……エル、おいで」
やはり、最初から気付いていたらしい。少しだけ強引にエルネインの腕を取ると、部屋を出て行く。
「全く、あの御方は」
「大方浮かれてたんだろうよ。あいつにとっちゃ、初めての贈り物だ」
実際にはあの家そのものが贈り物なのだろうが、経緯があれなので贈り物とは言えないだろう。初めての贈り物がいきなり衣装一式というのもどうかとは思うが。これまで一体どんな接し方をしていたのだろうと、マァサは本気で心配になった。




