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掌編小説

不携帯電話

作者: 斎藤康介

「麻衣、メール見た?」


「メール?」


「さっき『今日ご飯行かない?』って送ったんだけど……」


「ゴメン。消音(サイレント)にしていたから気が付かなかった。ホントにゴメン。それと今日はバイトがあって……。本当にゴメンね」


「そっか残念。でも麻衣、なかなか連絡つかないよね。ちゃんと今後は出なさいよ」


「ホントにゴメンって」


「わかった。また連絡する」


「私も時間が空いたら電話するね」


「また今度」と菜緒は教室を出て行った。

 私はほっと一息ついた。

 菜緒は良い人間だ。自分は履修していない講義にもかかわらず、わざわざ私に確認を取るためだけに教室に訪ねてきたのだ。私が菜緒の立場ならは、絶対に同じことをしない自信があった。菜緒には頭が下がる思いだった。そう、苛立ちを覚えるくらい……。

 カバンからノートと参考書を取り出しながら、私はさっきの会話を思い返していた。私はふたつ嘘をついた。ひとつはバイトのことだった。本当は今日の夜、シフトは入っていない。いつも水曜日の夜は、一人で映画を見に行くのだ。

 そして、もうひとつは、携帯電話のことだ。私は携帯電話を持ち歩いてなかった。

 今頃、私の携帯電話は自宅の机の上で、不吉な青いランプを点滅させメール着信を告げているのだろう。携帯電話は便利なツールで、優れたコミュニケーションの手段だ。いつでもどこでも連絡ができ、人と繋がることができる。暇なときはゲームやらネットをして時間を潰すこともできる。

 だが私はそれらのことが本当に大切だとは思えなかった。それよりも、10センチ四方の筐体からは、そのような利便性や簡易性ということを押しつけられているようで悪意を感じた。それは私にとって余計な親切心なのだ。

 私という人間は時代の潮流に対し不必要に屈折しているし、素直でない。そのことを自分が一番よくわかっている。また私の価値観が多数派でないことも十分に理解している。しかし、私は水曜日の夜に一人で映画館に通う人間なのだ。

 私は時代に順行する携帯電話に反発し嫌悪する。例えそれが孤独へ向かうことであっても、これ以外の手段を選ぶ気にはなれないのだった。

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