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旅立ち

 銃声の雨のあと、砂ぼこりが舞った。ヨキは驚きと、困惑の眼差しでそこを見つめた。


「…ヒカ…」


 名前を呼ぼうとした時、ヨキの後ろからガシャンと金属が崩れる音がした。振り返ると『箱』がただの鉄屑になっている。


「な、何だあれ…!」


 賊の一人が砂ぼこりを指差しながら声を震わせる。まるで恐ろしいものでも見るような目をしながら。

 砂ぼこりが晴れると、不気味な黒い壁がヒカリを覆うようにそびえ、銃弾を全て受け止めている。そして銃弾は跳ね返る訳でも、反動で潰れる訳でもなく静かに地面に落ちた。すると、黒い壁がフッと消える。

 そこには目を丸くして、腰を抜かしているヒカリがいた。怪我一つない彼女にヨキは安堵のため息をついた。


「…なるほど…その女も化け物ってわけか…お前ら、構わず撃て!」


 ヨキはヒカリに駆け寄り、背中に載せた。


「さっきのがあんたの力か?」


「…へ?」


 まるで他人事のようなヒカリ。どうやら無意識でやったらしい。

 ヨキはヒカリに「あの壁、俺ごと張れ」と静かに言った。


「え、ちょ…そんな張れって言われてもやり方が…」


「大丈夫だ。特別なことじゃない。あんたは歩くのを意識したりしないだろ。それと同じだ。いいから早くやれ」


 最後の一言にカチンと来つつも、ヒカリが前に手をかざすと黒い壁がまた現れた。銃弾は同じように壁に阻まれ、落ちていく。

 ヒカリは不思議な感覚を味わっていた。

 初めてすることなのに、自然にそれができる。ヨキが言った通り、壁の作り方をそう意識しなくても出来てしまう。なんだか少しだけ恐ろしいとも感じた。

 壁は外から見ると真っ黒だが、内側からは黒く薄い膜を張ったように比較的ハッキリと周りが見える。


「走るぞ」


 そう言うとヨキは賊にむかって走り出した。黒い壁を纏って突進してくる二人に、賊たちは情けない声をあげて散り散りに逃げ惑った。


「ヒィィィ!」


「あ、馬鹿野郎!逃げるなああ!」


 ボスは絶えずマシンガンを撃つが黒壁の前では全て無駄弾に化してしまう。弾も切れ、前を見ると得体の知れない壁が猛スピードで迫ってきた。


「う、うわぁあぁぁ!!」


 頭を抱えてうずくまる彼の頭上をヨキは軽々と飛び上がった。そのまま賊たちをかわし、ヨキとヒカリは廃校の周りの林の中へと消えた。

 唖然としながら立ち尽くす賊たちは恐る恐る、うずくまるボスに近づいた。


「だ、大丈夫ですかボス…」


「…」


「…ボス?」


 スキンヘッドの強面なボスは白目を向いて情けなくも、気絶していた。






「ここまで来れば追って来ないだろ」


 ヨキはある程度人が通れるくらいに舗装された道に出た。倒木や土砂で荒れてはいるが、おそらくかつては車も通っていたようだ。ぐにゃっと曲がり、一部だけ残したミラーに二人が写っている。


「私、もう一人で歩けるよ」


 ヒカリは背中から降りると、まじまじと自分の手を見た。さっきの黒い壁を自分の意思で操れると思うと、なんだか気持ち悪い気もした。


「ずいぶんと特殊な力だな」


「……そう…なのかな」


 他の力なんてヨキしか見ていないのでなんとも言えないのだが。なんとなく、ヒカリは近くにあった木に向かって手をかざした。黒壁が現れると、かざした手を握って、何かを離すように手を開いた。


バキィィッ!


「!」


「わ…」


 一瞬にして木が数本吹き飛ぶ。驚いたヒカリは思わず手をひっこめた。


「今のは何だ…?」


 もう一度同じ事をしてみるが、何も起こらない。


「おそらくだが…衝撃を防ぐと同時に受けた衝撃を放出できるのか」


 不思議そうに手を開いたり握ったりして、ヒカリはきょとんとしている。


「…まだまだ操作には不安がありそうだ」


 ヒカリは、どこかでこの力を使った気がしてならなかった。こんな風に手をかざして操っていた。この力を、誰かに向けて。誰に向けた?誰かに…攻撃を…。


「おい」


「! 何?」


「どうするんだって聞いてるんだ、これから」


「あなたは…家…さっきの小屋に帰らないの?」


「あんなのは家じゃない。あんたを監視する為の仮住まいだ。俺に家なんてない。俺はあんたのカヴァリエーレだ。あんたに付いて行く」


 困ったようにヒカリは頭をかいた。付いて来てくれるのは安心なのだが、こんなに大きい狼一匹はたいそう目立つだろうし、全部委ねられてしまったし。


「…とりあえず、近くに町みたいなところないかな?そこに行ってから色々考えたい」


 更に加えて「あなたの怪我も診てもらわなきゃ」と、傷を指差した。

 ヨキは何も言わずにため息をつくと、ヒカリが持っていたショルダーバックを鼻でこづいて「開けてみろ」と言った。そういえばすっかり中を見るのを忘れていた。開けると、携帯電話のような手のひらサイズの液晶の機器が最初に出てくる。


「ケータイ?」


「あいにく電波塔もまちまちにしか整備されていないから、ほとんど電話は使えない。画面に触れてみろ」


 指を画面に当てると、地図が立体映像で浮き上がった。東西南北の4つの大陸と、そのほぼ真ん中に位置する小国アギュヴェリア。ヒカリがびっくりしていると、ヨキが「グザニア」とつぶやいた。地図がアギュヴェリアの北部、グザニアにズームアップされた。一つの赤い点が点滅し、その近くには青い点が大小バラバラに映っている。


「ここ、グザニアなの!?」


 ヨキは「言ってなかったか?」と言いながら、説明を続けた。


「赤い点は俺達のいるところだ。青い点は町・自治区。とりあえず、人もいるし物資もある。一番近いのは、この大きい点の『自治区 七の空』だな。夕暮れには着くだろう」


 そう言うとヨキは再び歩き出した。ヒカリもバックを閉めて付いて行こうとした時、バックの中が見えた。水や軽食、ハンカチ。ヨキの応急処置にいいものがあったとハンカチを取り出すと、その奥に一丁の拳銃があった。何も言わず目を見開いて、歩みを止める。


「どうした、行くぞ」


「ヨキさん…私は…これから戦うの?」


 ヨキが振り返るとヒカリが真っ直ぐ彼を見ていた。悲痛と不安が混じる眼差しを、冷たい視線で返しながら口を開いた。


「そういうこともあるだろうな」


「…」


 自分がさっきみたいな力を人に使ったらどうなるんだろう。人がさっきの木みたいにぐしゃぐしゃになるのかと思うと恐かった。


「それが嫌だっていうなら死ぬかもな」


 彼女は眉間に皺をよせて下唇を噛んだ。人が死ぬのは嫌だし、自分が死ぬのなんてもっと嫌だ。


「…幸運にもあんたの力は身を守る力だ。俺が戦うし、あんたは死なない。心配するな」


 そう言ってヨキは前を向きなおした。


「あの!」


 ヒカリはショルダーバックの紐を握りしめながら叫んだ。


「これから、よろしくお願いします!!」


 そして小さく「ヨキさん」と付け足した。ヨキは振り返りはしなかったが、少しだけ笑っていたような気がした。


「…その”さん”はやめてくれ。ヨキでいい」


「…ヨキ。じゃあ、私にも”あんた”って言わないでね」


「…わかったよ。早く来い、ヒカリ」


 ヒカリは小走りでヨキの隣に並んだ。「手当してあげる」とヨキの脚にハンカチを巻いて、ヒカリは笑った。不安を忘れるかのように。


 不安でならない。何も知らないことばかりだということも。ただ、この大きな白狼はどうやら私を助けてくれるらしい。

 考えなければならないことが沢山ある。それを考えるのは、この世界を見ながら考えることにしよう。


 だって、まだ私は一人ではないのだから。

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