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赤い運命のボタン

「やったか!?」

 

 金髪のツンツン頭の男が興奮しながら言った。手には猟銃が握られている。傍にいたボスが手を挙げると後ろから男たちがゾロゾロと銃やバットなどを持ちながら茂みからのり出し、少し離れたところにみえる小屋に向かった。


「…ダメだな。当たっちゃいるようだが、逃げられてます」


 致死量を思わせない血痕と、倒れたコップの水が散乱しているだけ。ボスが静かに「小屋に火をつけろ」と言った。部下は笑いながら持っていた酒を小屋にかけ、マッチで点火する。みるみる木製の小屋は火の勢いを増し、朽ちていく。


「あの狼野郎…毎度俺達の邪魔しやがって…いい気味だぜ」


「お前ら、戻るぞ」


「え?あいつら探さなくていいんですか?」


 リーダーの男はニヤリと笑った。


「あいつらなら、俺達のアジトに向かうはずだ」






「ヨ、ヨキさん…」


 ヒカリは恐る恐る名前を呼んだ。また、山を駆ける白狼の背中に掴まりながら。


「なんだ」


「血が…」


 ヨキの足からは血がぽたぽたと流れている。木の枝や小石がぶつかるたびに眉間に皺がよった。

 銃声が響いた瞬間、ヨキはヒカリをかばい、右腕に銃弾をかすめた。そして、息もつかぬ速さで彼女をあの場から連れ出したのだった。


「大したことはない。かすめただけだ。それより、あいつらが戻る前に『箱』に向かう」


「え、なんでわざわざ…」


「あの『箱』にはあんたの能力のロックを外す安全装置があるんだ。あんたがアンロックしてたなら、あの『箱』は自動的に解体してるはず。本当は夜にでも行こうと思ってたんだが…こうなったらこのまま行く」


 ヨキは高い崖も軽々とジャンプし、山をどんどん下りていく。一方ヒカリはジャンプの度に「ひっ」と怯えながら、親にしがみつく子猿のように彼にしがみついていた。

 そしてあっという間に先ほどの廃校に辿り着いた。人気はない。どうやらまだ賊たちは戻ってきていないようだ。


「まったく…あんな校庭のど真ん中に置きやがって…早く済ますぞ」


「う、うん」


 校庭の真ん中に置かれた「箱」にヨキは素早く近づき、ヒカリを降ろした。


「俺は見張ってる。中に赤いボタンがあるはずだ、早く探して押せ」


「えっと…赤いボタン、赤いボタン…」


 彼女は中に入ってボタンを探した。なんだか、いろんなネジやらランプやらがあって探しづらい。ヨキは周りを伺いながら「まだか」とヒカリを急かす。


「ちょっと待ってよ、見つけづらいんだか」


ターンッ!


「!」


 銃声が上がり、ヒカリの横の地面を銃弾がえぐる。サーッと彼女の血の気が引いた。ヨキが唸り声を上げて狙撃先を探すと、屋上から猟銃を持った男がこちらを狙っていた。


「おい、当てるんじゃねえぞ」


 タバコや酒でかすれたような低い声が聞こえた。先ほどのボスと部下たちが銃を構えながら、校舎の裏側からゾロゾロと姿を現した。


「やっぱりなあ。あの箱、分解して金属売ろうにも壊せねえし、まだ電源も入ったまま…いじくっても反応しねえ。何かしら用があってまた戻ってくると思ってたぜ」


 ヨキが鋭利な牙を見せながら男たちを睨みつける。そして、小声で「早くしろ」とヒカリに言った。


「おっと、変な気起こすなよ。いくら狼さんでも、娘さん連れて、その脚でこの銃の数からは逃げ切れねえだろ?」


「…」


「お前には散々俺達の邪魔してもらったからなあ…近くの村襲うのも、女さらうのも…正義の味方気取りかよ、この化け物が」


 ヨキとボスが睨みつけ合う中、ヒカリには冷や汗が流れていた。


「(………ない)」


 赤いボタンがどこにもない。確かに箱の中にあると言っていたはずだ。でもない。目の前では緊迫した空気が張りつめている。こんな状況下で「ありませんでした」なんてとても言えない。というか、なかったら命が危ない。


「そうだなあ…確か俺達がそれ…手に入れた時からだったなあ…お前が現れたのも」


「お前等がこの『箱』に手を出したのが悪い」


 強気なヨキの言葉に賊たちはいきり立って「もう撃っちまおう」「なぶり殺してやる」と口々に叫んだ。

 一方でボタンが見つからないヒカリは、賊を逆なでさせるヨキにやめてくれと心の中で懸命に叫びながらボタンを探し続けていた。


「廃墟から出たモンは手に入れた者勝ちだろ…?荒賊ナメちゃあならねえな」


 ボスがショットガンを構えた。ヨキはヒカリを庇いながら「まだか」とさっきよりも力を込めた声で尋ねる。


「…ヨキさん」


「何だ」


「おい、なにコソコソ話してるんだあ!?蜂の巣になりてえのか!」


 賊たちは早く攻撃を始めたくてウズウズしている。ヨキもさすがにヒカリの身の安全が気にかかる。


「あの…ボタン…ない」


「…は?」


 今まで賊から離さなかった目線がヒカリに向いた。


「だから、ないんだってば」


「バカ言うな。必ずあるだろ」


「ないものはないって言ってるじゃない!」


「見落としてるんじゃないのか?目悪いのかあんた」


「はあ!?」


 終いには言い争いが始まってしまった。完全に茅の外の賊たち。

 しびれを切らしたのかボスが空に向かって銃を打つ。その音に二人は思い出したかのように向き直った。


「ふざけるのもいい加減にしろよ…?その箱…金になると思ったんだが…お前らも扱いがわからねえとは」


「…」


「ならお前らに用はねえ。とっとと殺しちまおう。なあに、死体はちゃんとジョーの野郎に見せしめにしてやるからよ」


 ヨキはここで戦う覚悟を決めたのか、足に力を込めた。ポタポタと血の滴が流れる。賊たちは待ってましたと言わんばかりに武器を構え始める。


「…こいつには指一本触れさせない」


「ハッ。なんだよナイト気取りか?カッコつけてんじゃねぇよ!」


 銃口がヨキに向いた。


「俺は…そういう運命だ」


 まるで厭世的な、嘲笑うような言い方だった。恐い目とは裏腹な、悲しそうな背中。そんなヨキの背中見ていたヒカリの視界に『箱』の蓋が入った。調べていないのはあれしかない。外側の部分が上になっている。もし、あれの内側にあるのだとしたら。


「じゃあ、運命とやらを恨めよ。惨めな狼さんよぉ!!」


 このままじゃ、ヨキが死んでしまう。初めて今日会った私のせいで。なんで私を守る役目になてしまったのかはわからない。だってそれも聞けないほどに、短い時間しか経っていない。でも、この人は私の為に今まで身をていしてくれた。悪い人ではない。ここで死なせちゃ、だめだ。 

 引き金に手がかかった瞬間、ヒカリは走り出した。撃たれるなら、最後まで希望を捨てずに撃たれた方がマシだった。それは、本能に近い衝動だった。

 突然動いた標的に、賊たちの銃口はヒカリに向かう。ヨキは反射的に彼女を庇おうとしたが、脚に痛みが走り、彼女に追いつけない。


「! ヒカリ!」


 彼女が蓋をひっくり返した瞬間、何発もの銃声が轟いた。



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