10年の月日とカヴァリエーレの青年
”アギュヴェリア”それはヨキやヒカリが今いる国の名だ。4つの大陸に囲まれた、島国である。緑もあれば、都会には高層ビルが立ち並ぶ。世界には多くの国が存在しており、ほとんどが貿易や協定で繋がっている。少なくとも、空想の中の狼青年や山賊まがいの悪党がいきなり登場する世界ではない。ヒカリの記憶によれば。
「10年って…」
「あんたはさっきの箱から目覚めたろ?あの中で10年、歳を取ることもなく眠ってたんだよ」
さも当然のように彼は洗濯物をかごに入れながら言った。人間の状態でも高い背の彼は軽々と高いところに手を伸ばしていく。そして、混乱しているヒカリに親切な説明をする気はないらしい。
「ちょ、ちょっと待って!何で私が10年も眠ってなきゃならないの!?それに家族や友達は!!?」
ヒカリは戸惑うあまり声を荒げた。まるでSFのような話を初対面の相手から告げられ、信じることもできずに気が動転していた。
ヨキはそんな彼女をため息を一つついてから、面倒臭そうに手を差しのべた。
「そんな地べたに座って話すのもアレだろ。小屋入れ。茶くらいは出す」
「…」
助けられたとはいえ知らない男の家には入りたくなかった。ましてや人間なのかもわからない、得体の知れないやつ。目つきも悪いし。
「勝手にしろ」
ヨキはそう言うと小屋に入ってしまった。
ここでいいなんて言ったものの、地べたに座るのはやっぱり嫌だったので、ワンピースの砂を払って近くに倒れている木に腰掛けた。
「…なんなの、もう…わけわかんない」
ヒカリはイライラを鎮めるため、目覚める前のことを思い出してみた。
私は21歳の夏を謳歌していた、普通の大学生。バイトして、友達と遊んで…。あれ?いつから記憶が途切れたんだろう。長い夏休みの、どこから途切れている?
「おい」
「!」
小屋から出てきたヨキが持っていたのはコップ二つと水の入った丸い水筒だった。二つのコップに水を注ぎ、一方を差し出す。
「ずっと眠ったままだったんだ、体に入れておけ」
「あ…ありがとう」
自分より少し年上に見えるが、ずいぶんと上から目線な親切だ。彼は加えて「毒なんて入ってないからな」と自身ももう一方のコップに口をつけた。
一口飲むと食道をひんやりとした感覚が撫でるように落ちていく。と同時に、炭酸を一気に飲んだ後のように胸が苦しくなった。
「…うっごほっ」
「少しずつ飲まないとむせるぞ。10年使ってなかったんだからな」
確かに少しむせただけで、次第に普通に飲めるようになってきた。10年、眠っていた…やはり本当なのだろうか。コップの水にいつもの自分の顔が映る。いつも見ている自分なのに。10年なんて私は三十路じゃないか。
「あの保存装置の不完全なところだ。知らずに食べ物でも入れるとみんな戻すらしい」
「…あなたは何者なの?何で私の事、知ってるの?」
さっきより落ち着いた彼女を見て、ヨキも小屋の壁に寄りかかりながらもう一度水を飲んだ。木漏れ日が彼のシルバーのピアスをキラキラと照らした。
「俺はプロトタイプの暗人をサポートするカヴァリエーレだ」
「プロトタイプ?アント…?」
「…とりあえず、暗人から説明した方がよさそうだな」
そう言うとヨキは近くの切り株にコップを置いた。
「簡潔に言うと『暗人』っていうのは超能力者や超人ってとこだ。俺も狼に変身できる暗人だ。超能力者って言っても、人工的に作られたもので、あんたは10年前のその試験体。そういうと人造人間とも言えなくないか…」
「あ、はは…超能力…ね…」
いきなりの話の飛びようにヒカリは頭が追いつかない。ヨキは顔色一つ変えずに話を続けた。
「10年前、違法に人体実験を行ってた科学者集団がいた。あんたは不運にもその研究対象に見事『選ばれてしまった』らしい。何をもって選んでいたかは知らないが、いつから記憶が途切れたか、正確には思い出せてないんじゃないか?」
ヒカリはあの夏の思い出は確かに覚えているが、詳細な日付などはまるで記憶にもやがかかったように思い出せなかった。朝起きたのかも、夜寝たのかも、いつこんなことに巻き込まれたのかも何も。
「9年前、この世界は戦火に包まれた。南大陸の大国ダグルと北大陸の大国ゼルティが同時に相手国を攻撃したのをきっかけに、『文明大戦』やら『新人類大戦』なんて呼ばれてる大戦があったんだ。ひどいもので、世界のほとんどが無法地帯になった。勝利者なんてのもいなかった。あらゆる国が敗者になった。今や世界は混乱と生存競争の渦中にある。この国も地域ごとに自治が行われているが、さっきみたいな賊…『荒賊』もほったらかしだ」
「…大戦…戦争…?何よ、それ…」
「…そのままの意味。あんたが起きていた時代でも南北の大陸は折り合いが悪かっただろ?火種は色々あったみたいだが…」
ヒカリは信じられなかった。信じたくなかった。信じたらあの日々はもうないのだから。戦争なんて信じたら、大好きな人々の存在が消えてしまっているかもしれないのだから。なにより、そんな現実味のないことを次々と言われても。
「暗人はその科学者集団がその戦争に備えるためか、戦争で使用する気だったのかは知らないが、とにかくその大戦絡みで作られたそうだ。その初期段階で作られた試験体は不完全な所が多く、10年の冬眠を経て目覚めるよう保存されたわけだ。俺はその試験体を補助、ナビゲートする役目を与えられたカヴァリエーレ。つまり、あんたの護衛ってとこだな」
「…そんな話…」
「まあいきなり信じろって方が無理か」
確かに信じられないが、このヨキという青年が目の前で狼から変身したのも事実。夢なら覚めて欲しい、何回もそう思った。でも、夢にしてはひどくリアルで、眩暈がしそうだ。
同時に頭が追いつかないあまりに逆に冷静になっている自分もいた。この青年が言っていること、確める方法を彼女は一つしか思い浮かべられなかった。
「あの、私…」
ヒカリが言葉を放った瞬間、ターンと渇いた音が耳をついた。まるで、銃声のような音が彼女の声を裂いていった。
説明がだらだらと…読みにくいところがあったかもしれません。。次話からは色々動いていくつもりです。