プロローグ〈目覚め〉
人は暗闇の中に光を見つけると、それを「希望」と呼ぶ。それにすがり、いずれは奪い合い、また「戦争」という名の暗闇を呼ぶ。それを繰り返してきた。なぜそれを盲目的に繰り返すのか。それが人の歴史であり、営みの一つであるからだ。そうして人は進化し、生き残るに相応しい力を得てきた。
それが真理だというのなら、我々は歴史の分岐点となる。新たな人類の歴史の幕開けである。それが、天から注ぎし大いなる神の御心。
そして、神から生れし子供たちの歴史が始まる。
光が目覚めたその時から、混沌は秩序へと生まれ変わる。
さあ、運命の選択をしよう。
私は長い夢を見ていた。やけに現実味のある夢だった。黒い人影が私を囲んでいて、私の身体には自由がない。目覚めているのに眠っているような感覚を引きずって、広い部屋で誰かを追いかけた。まるで、自分が野獣にでもなったような。ああ、思い出したくない、悪い夢。
そんな悪夢に嫌気が差して、意識が現実に戻った。いい目覚めではない。目を開けると私はとても狭い所にいた。真っ暗で何も見えない。横になって、まるで棺桶に入れられているみたいだ。私は確か自分の部屋のベッドで寝ていたんじゃなかったっけ。おかしいな。
もしかして私は誘拐されて監禁されているんだろうか?いつ?誰に?いや、そんなこと考えてる場合ではない。こんな狭いところ、いるだけで気がおかしくなりそう。身の危険もあるし。とにかく、ここから出なければ。そう思い、目の前の壁に触れた。
「わっ」
ガガガ…という音とともに急に辺りが眩しくなって思わず目をつぶった。しばらくして、砂っぽい風が肌を撫でていくのがわかった。
目を開けると目の前には青い空と雲が広がっている。明るみに慣れない目にチカチカと星が踊った。明るさに目も慣れてから起き上がると、周りには乾いた地面が広がっている。自身のセミロングの黒髪が風になびいては顔を打つ。
立ち上がり、その棺桶から出るとそこはまるで学校のグラウンドのようだった。山奥の分校のようで、山と木々が外側にある。肝心の校舎らしきものは廃校なのかボロボロだった。自分が出てきた棺桶はどうやら鉄…というか機械でできた「箱」と言った方がよさそうだ。誰がこんな校庭のど真ん中にこんなものを置いたんだろう。誘拐にしては様子がおかしい。
横には「箱」の蓋が転がっていて、その中のには茶色のショルダーバックが一つ置いてある。自身のものかはわからないが、とりあえずそれを肩にかけてから再び周りを見渡した。
「ここは…どこだろう」
彼女は辺りをキョロキョロ見回しているうちに、あることに気がついた。黒いブーツ、黒いジャケット、黒いワンピース。全部見覚えのないものを着ている。
「私…こんな服持ってたっけ…?」
夢をまだ見ているんだろうか。不気味さを感じていると、校舎の裏の方から人の声が聞こえてきた。人はいるようだ。よかった。ここがどこだかやっとわかる。自分がどうしてここにいるのかもわかるかもしれない。とにかく不安から早く解放されたかった。
「んだよ、やっと開いたと思ったら入ってたの人じゃねーか!」
「誰だよ『金目のものだ』とか言ったバカは」
「いいじゃねえか。その代わりに若い女が入ってたぜ」
柄の悪そうな男が10人弱。風貌は不良と山賊を足しで二で割ったような…とにかく良い人には見えない。そうこう考えているうちに、彼らはあっという間に彼女を取り囲んでしまった。さすがに助けてもらえる状況じゃないことくらいはわかった。誘拐犯はこの男たちなのだろうか。
「さっそく中に連れてこうぜ」
「面倒だ、ここでやっちまおう」
訳のわからないまま、絶対絶命のピンチである。走って逃げようにも、無理な話だ。恐さのせいか彼女は立ちつくしていた。が、なんとか口は開いた。
「あの…ここは…」
「あん?なんだ、ねえちゃん。ここはなあ、紅蓮系荒賊『ザム』のアジト…」
「ぎゃああ!!」
「なんだ、うるせえな!」
奥の一人が突然悲鳴を上げた。その場の全員が振り向くと、白くて大きな犬、というか人よりも1.5倍はありそうな狼が人を押し倒し、今にも頭に食らい付く勢いだった。
「お、狼だ!」
「また出やがったぞ!!」
周りの男たちが慌てて銃を向ける。
彼女は「どうしてこんなわけのわからない状況に巻き込まれているんだろう」と茫然としていた。悪党に人喰い狼…まるでマンガみたいじゃないか。おまけにごく自然に銃まで出てきた。こんな物騒な世界に住んでいた覚えはないのだけれど。
「この…化け物!」
一人が持っていた散弾銃を引き金を引く前に、白狼は大きく飛び上がった。男たちは偉そうにしていた割には統率もまるでなく、慌てている。いよいよ夢なんだと彼女は思った。
そして、その狼は彼女の前に降り立つ。狼の眼差しに、不思議と狂気は感じなかった。
「…」
「え」
気がつくと彼女は狼の頭で身体を投げ上げられ、そのまま背中に乗ってしまった。
「わあっ!ちょ…」
他の男が銃を構える前に狼は校舎の裏側にある山に向かってあっという間に走り去った。倒され、泡を吹いて気絶している一人を除いて、男たちは立ち尽くしていた。
「あのクソ狼…また出やがった…!」
「しかもせっかくの女まで持ってかれちまった…」
「なんだあ?騒がしいな…オイ」
廃校舎からスキンヘッドの大柄の男が煙草をくわえながら出てきた。背中には大きなマシンガンを背負っていて、”いかにも”この賊たちの親玉という感じだ。
「ボス!!またあの狼が現れまし」
言い終わる前に、彼は銃を部下の頭に向けた。「ヒィッ」と小さな悲鳴が上がる。煙草を落として踏みつけながら火を消し、ジロッと部下に目を向ける。
「見りゃわかる。今日こそ仕留めようじゃねえか。早く追えよ?…それとも先にこの弾で頭冷やすか?」
「お、お、追いかけます!」
他の部下も慌てて裏山に走り始めた。ボスは放置された「箱」に目を向け、銃を撃った。が、弾はそれに傷一つ付けられず、金属音だけを立ててあちこちに跳ね返って散乱した。「箱」の電源もまだ入っているらしいが、操作できそうなものもない。近くに転がる蓋を腹いせのように蹴り飛ばした。
「何に使うのかねえ…狼野郎サンよ」
彼女は振り落とされないように白い毛に必死に掴まった。不思議なもので、その狼は山の中を彼女を気遣うように走った。枝にも当たらないし、振り落とさないよう足運びは滑らかだ。やはり、この白狼はただの獣ではないように思える。
山の中腹にある小屋まで来ると狼は止まった。小屋は洗濯物が干されていたり、生活味が漂っている。誰か住んでいるんだろうか。この狼の飼い主だろうか。
次の瞬間、狼は座ってしまい、その背中を滑り台のように滑って地面に思いっきり尻餅をついた。
「あいたっ」
訳のわからないまま狼に拐われてしまったが、とって喰われる気はしない。振り返ると狼はじっと彼女を見ている。よく見るとシベリアンハスキーみたいで可愛いと思い、撫でようと近づいてみた。
「撫でるなよ。俺は犬じゃないんだ」
「喋った!!」
アニメや漫画で大きな犬が喋る描写があるが、まさか生で拝めたことに彼女は怖がるどころか感動していた。
「…変な奴」
そう言うと狼の毛はするすると短くなり、図体も縮んでいく。
「…!」
白い毛が完全になくなる前に小屋の前に干してあるトランクスを履いた。そこにはパンツ一丁の白髪の青年が一人。
「人になっ…!いや、服着てください服!」
「いちいち煩い。言われなくてもそうする」
一緒に干してあった白いシャツと黒いスラックスを履く彼に、彼女は尋ねた。
「あの…ここは…」
「俺の家」
「いや、そうじゃなくて…」
「俺はヨキ。お前は?」
まったく彼女のペースに合わせる気がないのか、他の洗濯物もたたみながら見向きもせずに会話を進めていく。
「あ…私は…キリヤ…ヒカリ」
「…キリヤ ヒカリ。間違いないな」
「え」
「何から説明すればいいかわからないから、事実から言うぞ。あんたが今いるここは、あんたが眠りについてから10年後。星歴1102年のアギュヴェリアだ」
初連載モノです。気長に書くつもりなので、気長に読んでもらえたら嬉しいです^^