スライム葬
影が庭先を横切った。
書類仕事中のルイスは、机から顔を上げ、窓の外へと視線を移す。
そして、信じられないものを見た。我が家の庭で、蝶と戯れる隣家のマリーちゃんを。
あり得ない光景だった。マリーちゃんは三日前、貴族の馬車に跳ねられて亡くなったのだ。
ルイスは葬儀に出席し、柩の中で物言わぬ彼女の姿をこの目で確かに見た。
「ぎゃぁぁーーッ!」
ルイスが思わず少女のような悲鳴を上げ腰を抜かすと、隣家から血相を変えて夫妻が走ってきた。
二人はマリーちゃんを抱きかかえるようにして、そそくさと自宅へ連れ帰っていく。
間もなくして、隣家の主が菓子箱を手に、ルイスのもとへ謝罪に訪れた。
「申し訳ない、前もって言うべきだった。ほ、ほんの少し目を離した隙にいなくなってしまい、慌てて探していたところだったんだ」
困惑するルイスに、隣人の口から信じがたい説明がなされた。
あの子はマリーではなく、実はスライムなのだと。
事の始まりは、勇者パーティが遠方の遺跡で発見した奇妙なスライムだった。あまりに脆弱なその魔物は、捕食した死体の生き物に擬態して身を守る習性を持っていた。
研究用に持ち帰ったスライムを、誰かが繁殖させ、ペットとして密売したらしい。
愛するペットを失った飼い主が、その遺体をスライムに食べさせて生き写しを愛でる――そんな悪趣味な流行をルイスも耳にしたことはあった。
だが、まさか実の娘の遺体をスライムに喰わせる親がいるとは。さすがのルイスも内心、戦慄を禁じ得なかった。
沈黙に耐えかねたルイスが「マリーちゃんにそっくりで可愛いですね」と口にすると、数日前、葬儀で憔悴しきっていた男は「だろ?」と満足げに笑い帰っていった。
手渡された箱を開けると、中身はマリーちゃんの好物のクッキーだった。
翌日、マリーちゃんはまた庭に現れ、花の蜜を吸う蝶と戯れていた。
そう、あの子は生前から蝶が大好きだった。
だからこそルイスは、彼女を自宅の庭におびき寄せるため、長い期間をかけて蜜の多い花々で庭を飾り立てていたのだ。仕事の手を止め、机から窓外の幼い姿を眺め、人知れず愛でること。それがルイスの密かな、そして唯一の楽しみだった。
(スライムというのは、生前の行動パターンまで完璧に模倣するのだろうか?)
ルイスが窓越しに愛でていると、突如、マリーちゃんの顔面がパックリと、裂けるように大きく開く。そして、蝶ごと花をまるごと貪り食べた。
ルイスは合点がいった。
そうか、あの子は蝶を愛でていたのではない。蝶を食べたくて、この庭に来ていたのだ。
「だったら、もっと蝶が集まるようにしよう。昨日は驚いたが、ちょっとした欠点があるのも、手が届きそうで可愛いではないか」
ルイスの胸に、かつてない高揚感が湧き上がった。
同時に、ひとつの思考が頭をもたげる。あの愛らしい生き物は、一体いくらで手に入るのだろうかと。
もし、可愛い幼女の遺体をどこかから盗み出し、奇跡の生き物に与えたら、どんな罪になるのだろうかと。
いや、髪の毛や爪の一部でも擬態できるのなら、リスクを犯して盗みを働く必要すらないかもしれない。
(これは……合法的に、少女の形をした美しく可愛らしい愛玩動物を所有できるチャンスなのではないか?)
そしてルイスは隣人を強くリスペクトした。秘めた欲望を満たす抜け道を、示してくれた先生だと。
ルイスは窓を開け、マリーちゃんに手招きをする。そして昨日もらったクッキーを差し出した。
マリーちゃんは顔をパカッと開けて、クッキーを一口で飲み込んだ。
ルイスは自らの行為を正当化するように微笑んだ。
私は隣人のペットを可愛がっているだけだ。何一つ、やましいことなどしていない。
本物のマリーちゃんには決してできなかったこと――その膨らんだお尻に、ルイスはそっと手を触れ抱きしめてみた。
ぷにぷにとした、えも言われぬ心地よい弾力。ルイスの鼓動は高鳴る。
窓越しに愛でるだけでは得られなかった更なる幸福がそこにはあった。
本物は、一体どんな触り心地だったのだろう……。ルイスの頭を過去への妄執がかすめた。
だがこれはこれでいい。
彼女なら、私の愛情を裁かないし拒まない。そして美味しい食べ物をくれる相手に懐いてくれる純粋無垢さ。ルイスにとって、これ以上好都合な存在はなかった。
ルイスは夢想した。マリーちゃんの形をしたペットとの生活を。永遠の美少女のお世話、至福ではないかと。
「ごくり」ルイスの喉が鳴る。
「欲しい……。あぁ、夫妻も馬車に跳ねられてくれないかなぁ……」
飼い主を失った可哀想なペットを、親切な隣人が引き取る。
よくある、美しい美談。
ルイスは明日、胸に秘め続けた欲望を叶えてくれる奇跡を買いに行き、自分だけの秘密の宝物を作り上げることを心に決めた。




