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絶望遊戯~ゲーム世界に絶望難易度アビリティをつけて転移した話~  作者: 長月透子
第二章 アヴダール村

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第八話

 冬真は、犬は嫌いではない。むしろ好きだ。小学生のころは、犬を飼っている友人が、うらやましくてたまらなかった。友人の家に遊びに行っては、撫でさせてもらったものだ。


 長毛種の犬は、想像よりもずっと毛並みが柔らかくて、暖かくて、ふわふわで。初めて撫でたときには、ひどく感動した覚えがある。人懐っこい犬だったから、冬真ともたくさん遊んでくれた。あの犬は、どうしただろう。友人とは顔を合わせなくなって長いけれど、まだ元気でいるのだろうか。


 威圧するような低い咆哮が、びりびりと夜の空気を震わせた。


 星明かりの下で、冬真の目の前――落とし穴の底から、怒りに燃える瞳で睨みつけているのは、クエストモンスターであるはぐれオオカミだ。何度もジャンプで脱出を試みているが、あと少しだけ届かない。


 草原とは反対側の村の外れだ。すぐ側には民家の畑もある。ここに出没するはぐれオオカミを退治するのが、ベルラからの最初の依頼だ。ゲームでは罠設置のチュートリアルクエストを兼ねていて、報酬に、借りたシャベルをそのままもらえることになっている。このポイントでは、群れで行動するオオカミよりも小型のはぐれオオカミが一体だけ、しかも夜にしか出現しない。


 オオカミの落ちた落とし穴の左右にも、カモフラージュされたままの、落とし穴が一つずつある。保険で、落とし穴を三つ並べて作ったのである。それぞれ作るのに一日、合計で三日がかかった。筋力が足りないせいで、木シャベルは中途半端にしか地面に刺さらなかったが、手で掘るのに比べたら、圧倒的な速度だ。


 冬真は顔をしかめて、手にした木槍を、オオカミの頭をめがけて突き出した。これは木の枝を、ベルラから借りたナイフで加工したものだ。作成が成功するのにもほぼ一日かかった。間に草原で肉も補充したので、街に到着してから、七日が過ぎた計算である。


 木槍は、尖った木の枝に比べれば、圧倒的に強化された武器のはずだが、器用と敏捷に差がありすぎて、オオカミにはなかなか刺さらない。それどころか、槍に噛みついて、奪おうとすらしてくる。


 ときにフェイントを織り交ぜながら、機械的に槍を突き出す。何十回突き出しただろうか。オオカミの悲痛な鳴き声と、手に伝わる鈍い感触。槍が、オオカミの目に突き刺さっている。穂先は脳にも達したのか、びくびくと身体が痙攣して、動かなくなる。


 冬真は、座り込んだ。息が荒い。いつの間にか、背中も脇の下も、汗でぐっしょり濡れていた。槍の柄を握りしめ続けた手のひらは、ひりひりして熱を持っている。


 レベルは上がらない。しかし、はぐれオオカミのレベルは4で、獰猛ウサギよりも1高いから、レベルは最大で8まで上げられる計算になる。


 穴を覗き込む。底には、木槍の突き刺さった物体が、静かに横たわっている。冬真の知っている犬より、二回りほどもでかい、犬によく似た生き物の死骸。眺めても特に感慨がわかないことに、少しだけほっとした。


 これから、冬真は、数えきれないほどのオオカミを殺さなければならない。


* * * *

 

 冬真は、朝いちばんに、はぐれオオカミの死骸を雑貨屋に運びこんだ。あまりにも重かったので、革紐にくくりつけて引きずっている。


「へえぇ、本当に倒したのかい。そんなにひょろいのに。女神様の思し召しって言うのは伊達じゃないのかねぇ」


 ベルラは死骸をしげしげと眺めた後、感心したように言った。

 冬真は唇を引き結んだ。この成果は、全て冬真の努力の結果だ。女神なんて、髪の毛の一筋たりとも、力になっていない。むしろ呪いのような能力を冬真に課して、邪魔しかしていない。


「ま、助かったよ。最近は村の近くに獣が出てくるようになって困ってるのさ。もしかしたら、奥地で魔獣が増えてるのかもねえ」


 来た。冬真は拳を握りしめた。


「魔獣の討伐はしないんですか?」


 老婆が眉を寄せた。


「今のあんたには、いくらなんでも無謀じゃないかい?」


 呆れたように言われて、冬真は慌てた。


「もちろんですよ。そうじゃなくて、村人とか」

「村にいるのは年寄りか女子供ばっかりさ。魔獣退治なんてできるわけないだろ」


 言われて、冬真は目を瞬かせた。


「そういえば、若い男性を見ませんね」


 すると、老婆は暗い顔になる。そっと目を伏せて、首を振った。


「ああ、あんたは遠くから来たから知らないのかい。みんな兵士に取られて、死んじまったのさ」

「え」

「五年前だったかねぇ。成人してる男はみーんな連れてかれちまった」


 冬真は言葉を失った。……ゲームに、そんな設定はあっただろうか?


「だからこの村は人手不足なんだよ。狩りを手伝ってもらえるのは助かるね」

「俺にできることなら、手伝うよ。……じゃあ、傭兵を雇うとかは?」


 老婆は難しい顔になる。


「どこも人手不足だからね。報酬も用意しないとならないし。魔獣の被害が増えてきたら、それでも依頼を出さなきゃいけないんだろうけど……」


 そう言って、ベルラは肩を竦めた。今のところ、傭兵を雇うという話はないらしい。

 冬真は、そっと息を吐いた。――よかった。まだ、猶予がある。


 ゲームでは、この村には最初から、魔獣討伐の依頼を受けた傭兵、スヴァイクが逗留している。ある程度まで主人公のステータスが上がると、偵察や短剣などの基礎スキルを教えて鍛えてくれる、師匠キャラだ。実に胡散臭い男なのだが、その胡散臭さに反して義理堅く、結局最後まで同行して魔王を倒すのを手伝ってくれる。終わってみればお人好しの男である。


 スヴァイクには冬真も会いたい。むしろ会えないのは困る。詰みと言ってもいい。しかし、問題は、ゲームシステムがどの程度この世界の人物に影響を及ぼすのかが、未知数なことだ。そもそも、ベルラや神父は、いわゆるシステムの操り人形、NPCなのか、それとも自律して動く、冬真と同じ存在なのか。


 スヴァイクが前者であれば、出会うのが早くても構わない。しかし後者ならば、ゲームと違って、彼が冬真のレベルアップを気長に待ってくれたり、罠で悠長にモンスターを狩ることに付き合ってくれる保証はない。有償で動く傭兵が、いつまでも魔獣討伐をこなさずにぐずぐず田舎の村に留まる理由はない。――徴兵があるような、荒廃した時代ならなおさらだ。


 スヴァイクを雇うという話が出るまでに、急いでレベルを上げておく必要がある。キャルカルの町に移動するのに、彼の助力が絶対に欲しい。


* * * *


 はぐれオオカミが出現するポイントは、冬真の知る限り、全部で四つだ。しかし、そのうちの一つは、草原を越えた先の川べりにあって、群れオオカミのスポーン地点が近くなるので、安定して狩ることができるのは三か所しかない。


 今の冬真では、一匹を倒すのにも時間がかかるから、一晩で倒せるのは三匹までだ。冬真は、設置の終わった箇所で夜に狩りをしつつ、昼にはぐれオオカミの死骸の解体と、食糧であるウサギ肉の調達、追加の罠設置を並行して進めることにした。


 陽の落ちかけた、夕暮れ時。冬真は、川に浸した両手を、ごしごしとこすった。冷たい水が、両手についたオオカミとウサギの血を洗い流していく。しかし、爪の間に入りこんだ血が固まってしまって、なかなか取れない。爪も大分伸びている。そろそろ、何かにぶつかったら折れてしまいそうだ。


 そういえば、この世界に爪切りはあるのだろうか?ベルラに相談しなくては――そう考えたところで、冬真は肩を揺らした。爪が、伸びる?ばかな。ゲームに、そんなシステムはなかった。


 改めて、川面を確認する。そこに映った、自分の顔。伸びた前髪と、ヒゲ。冬真は小さく悲鳴を上げて飛びのいた。尻もちをつく。


 心臓が嫌な音を立てている。喉がきゅっと狭くなって、圧迫されているように、胸が苦しい。――間違いはなかった。爪も、髪も、ヒゲも伸びている。見慣れすぎて――変化が自然すぎて、何とも思わなかった。そんなはずが、ないのに。


「は、はは……」


 冬真は濡れた両手で顔を覆って、乾いた笑い声をあげた。気が付かなければよかったのに。


 爪が伸びる。髪が伸びる。ヒゲが伸びる。この事実は、シンプルな現実を、冬真につきつける。すなわち。冬真の身体の時間は、止まっていない。死んで身体の状態が巻き戻るのだとしても――死なない限り、時間は進む。だとしたら。


 ――この先には、老化が待っているのではないか。脳裏には、老婆の姿が浮かぶ。時間経過が、ステータスの衰えをもたらさない保証はない。


「絶望。絶望ね……。上等だちくしょう」


 ――この世界の攻略には、時間制限がある。


 冬真は、最悪を想定して動かなければならない。なぜなら、絶望を既に予告されているのだから。時間をかければクリアできるのなら、それは絶望ではない。


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