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絶望遊戯~ゲーム世界に絶望難易度アビリティをつけて転移した話~  作者: 長月透子
第一章 チュートリアル

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第四話

【十二日目・夜】

 

 がり、がり、がり……。夜の川岸に、石を石で擦る音が響き続ける。


 冬真は、大きな石の前に座って、ひたすら小石を研いでいた。レベルアップで取得した4ポイントは、全て筋力に振った。石包丁を作るためである。


 小石を押さえつける手はすでに痛いが、規則的に動いてくれる。筋力を5にした恩恵は大きい。


 改めて、このシステムは便利だ。石包丁など、現実では作ったこともない。だけど、作ると明確に意識すれば、手が勝手に動いてくれる。痛みや衝撃は和らげてくれないくせに、変なところで親切である。


 器用が低いから、時間はかかる。それでも少しずつ、完成に近づいている。


 夜の小川を撫でた冷たい風が、汗をかいた身体を急速に冷やす。――明日には風邪を引くかもしれない。それでもいい。死んでレベル1になったら、また、落とし穴に獰猛ウサギを誘導して、レベル2に上げればいいだけだ。


 死ねばアイテムはロストする。しかしフィールドに落ちているアイテムはロストしない。それがこのゲームの抜け道だ。キャラクターがフィールドを離れればロストしてしまうが、キャラクターがいる限りは、残り続ける。落とし穴などのギミックも同じだ。


 だから、たとえこの後すぐ死ぬとしても、作成したアイテムには意味がある。運んだアイテムにも。


* * * *

【十四日目・朝】


 バラバラと、森の中から拾ってきた枝を初期リスポーン地点の近くに積み上げる。同じように川岸から拾って運んできた小石も、近くに小山になっている。その傍には、丹念に磨いた石包丁が置かれている。これだけあれば十分だろうか。


――まあ、十分でなければ、また最初から頑張ればいいだけか。落とし穴ができた以上、時間さえあれば同じことは可能だ。やりたくはないが。


 冬真は、ドサリと小山のそばに横たわった。裸足で何度も森と川岸を往復したせいで、足の裏がひりひりしている。空腹で目の前もチカチカする。


 じきに、また、何も感じなくなるはずだ。そうすれば、足の裏も空腹も、全部元に戻る。だから、それまでの辛抱だ。それを待つ間に、冬真は頭の中でやるべきことの優先順位を反芻していく。


 レベルが上がって2になったところで、角ウサギすら満足に倒すことはできない。ゲーム時代に色々なバランスのパラメータを試したが、それははっきり憶えている。


 まぐれで一匹を倒せたところで、経験値が足りなくてレベルアップはできない。獰猛ウサギの誘導も同じだ。スタミナが低すぎるか敏捷が低すぎて、獰猛ウサギを罠に誘導しきれず、死んでレベル1に戻ってしまう。


 だから、冬真は周到に準備する。レベル3に上がるために。


* * * *

【十四日目・昼】


 リスポーン後、また獰猛ウサギを穴に誘い込むために何度も死んで、穴に落ちたウサギを殺す。


 冬真はステータス情報を操作して、再度レベルを2にしたことで取得できたステータスポイントを割り振った。次のバランスはもう決めてある。筋力に2ポイント。器用に2ポイント。


 穴の底に横たわる獰猛ウサギの身体に尖った木の棒を突き刺して、引き上げる。筋力3ではまだ死骸を引き上げるのには全身の筋肉を総動員する必要があった。


 引き揚げて尻もちをつく。しばらくの間、ぜぇはぁ、という冬真の荒い息遣いが、葉擦れの音に混じって響いた。


 息が落ち着くのを待って、冬真は棒の尖端からウサギの死骸を引き抜いた。


 この世界に来たころには、小動物を殺すことに少しは罪悪感みたいなものもあったのに、死骸を手に持っても、何も感じない。数えきれないほど殺されたし、冬真の中で、これは小動物ではなく猛獣のくくりである。


 死骸を横に置いて、もう一度。二日前に殺した獰猛ウサギも、穴の底に横たわっている。こちらもなんとか引き揚げて、横に積み上げる。


 ゲームでは既に腐っている頃合いだったと思う。微かにすえた匂いは漂うものの、明らかにヤバいというほどではない。季節はまだ春だし、落とし穴の底で気温が低く、風通しが悪かったおかげかもしれない。とにかくこれはラッキーだ。


 疲れ切ってしばらく休んだ後、冬真は、二匹の死骸を左手に、石包丁を右手に、小川にむかった。何となく、いろいろなものを洗いたくなる気がしたからだ。ゲーム中ではそんなことは気にしなかったが、現実では気になる。


 川岸に死骸を置いて、解体する、と考えると、それだけで手が自動的に動いた。便利である。自分で解体しろと言われていたら、途方に暮れていた。しかし、器用も敏捷も低いから、ゆっくりとしか腕が動かないのは、何とも言えない違和感があるし、もどかしい。


 冬真の目の前には、どんどんグロテスクな映像が展開されていく。地球でネットサーフィン中にこんな映像をクッションなしに見せられたら、悪態をついてブラウザを閉じていたのは間違いない。


 むわりと漂う生臭さが、さらに吐き気を誘う。魚すら捌いたことがなく、実験でやったカエルの解剖くらいしか経験がない冬真にはなかなかきつい体験だ。


 二匹分の解体が終わった後、冬真は堪えきれずに吐いた。相変わらず胃液しか出てこない。川で念入りに手を洗い、口の中をゆすいで、ついでに水をがぶ飲みする。


 煮沸しないで飲む水は危険だとか読んだことがある気もするが、そんな悠長なことは今の状況では言ってられない。死んだら死んだで、またやり直すしかない。


 解体の収穫としては、新鮮なウサギからは、鶏のもも肉ほどの大きさの肉が二枚と、小さな肉片が一つ、小さな毛皮が一つ。古い方のウサギは、残念ながら色も匂いもよくなかったので皮をはぐだけにした。


 死んだらリスポーンするとはいえ、嘔吐の不快極まる体験は、ないにこしたことはない。それでも、一番の目的である小さな毛皮はしっかり取れたから、運んだ甲斐はあった。器用が低いと、取れる素材は運だよりだ。


 新鮮なウサギの内臓は川に捨てた。他の廃棄物――骨や、ダメになったウサギの死体は、離れた場所に捨てた。なんとなく、飲み水を確保するところに腐ったものを捨てたくなかったのだ。


 澄んだ水の向こうでは、魚が泳いで、捨てた内臓に向かっているのが見えた。敏捷と器用が高ければ、ここで尖った棒で魚を取ることもできる。現在のステータスでは、夢のまた夢であるが。冬真は、溜息を吐いて立ち上がった。


 石包丁と皮、肉を拾って、水で念入りに洗ってから、初期リスポーン地点まで戻る。


 解体前は正午を少し過ぎたくらいだと思っていたが、太陽はじきに山の稜線にかかろうかとしている。初めての解体に、かなりの時間がかかってしまったようだった。


 冬真は、顔を歪めた。夕暮れの空は、苦手だ。微妙な色あいの空は、冬真の心にどうしようもない郷愁をかきたててくる。


 冬真は、首を振った。草の上に皮を広げて、そこに肉を置いておく。くだらない感傷に浸るのはやめて、暗くなる前に、キャンプファイヤーを作ってしまおう。


 積み上げて置いた石の山から、いくつかずつ手に取って、丸く円を描くように置いていく。中央に枝を積み上げていけば、それでできあがりである。


 次は火付けだ。そこで、冬真は動きを止めた。しまった。火起こしについて、考えるのを忘れていた。もっと早い段階で検証しておくべきだった。


 そう後悔したのもつかの間だった。手が勝手に動いて、枝と木をこすり合わせて火を起こしてくれる。冬真はほうっと息を吐いた。またもやゲームの仕様に助けられたが、もっと慎重にことを進めなければ。


 キャンプファイヤーに火を移して、十分に大きくする。枝に肉を刺して炙ると、肉の焼ける香ばしい香りが、強烈に脳を刺激した。


 冬真は、一気に口の中に唾が湧きあがるのを感じた。――もう何日、食事をしていないか、分からない。死んでリスポーンすれば、喉の渇きも食欲も一旦は消える。冬真は、異世界に来てから、何も食べていない。何も。


 森には木の実や果物がなっているエリアもあるが、そこには危険な敵がいる。ほんの少しの果物を得るために、肉食獣に嚙み殺されるのは割に合わない。だから冬真は、十日以上の間、過労死と飢え死にを繰り返している。そんな冬真にとって、その匂いは毒にも等しいものだった。


 気が付けば、冬真はその肉にむしゃぶりついていた。それが食道を通過していった途端、得も言われぬ充実感が、心を満たす。冬真は、肉を咀嚼しながら、泣いた。


 まだまだ道半ば、冬真は、まだ、これからも、死ななければならない。だから、食べたところなので、無駄だ。効率を考えるならば、肉は保存食にすべきだ。川を上流に行けば、岩塩の採れるポイントがある。昼間ならそれほど危険なポイントではないし、仮に死んでもまた採りに行けばいい。


 それらのことを分かっていて、冬真は、キャンプファイヤーを作って、肉を焼いた。最初に解体した獰猛ウサギを食べるのだと、心に決めていた。


 ――なにか手近な目標を設定しなければ、果てしない作業に、気が狂ってしまいそうだったからだ。……この世界では、気が狂うことも許してくれなさそうではあるけれど。


 肉をすっかり食べきって、冬真は、キャンプファイヤーに土をかぶせて火を消した。草の上に身体を投げ出す。久々に満腹になって、少しだけ心に余裕が戻ってきた気がする。明日は、岩塩を採りに行こう。


 夜空には、相変わらず満天の星が輝いていた。


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