第二十五話
小部屋の中は、殺風景な作りだった。簡素な作りの木のテーブルと、向かい合わせに設置された椅子。置かれた家具はそれだけの、ドラマで見るような取調室を彷彿とさせる部屋だ。少なくとも、友好的な気配は欠片も感じられなかった。
冬真は口の端を持ち上げた。王国に対する評価を、一段階下降する。
「そこに座ってほしい」
指揮官の声は、思いの外穏やかだった。少なくとも、強圧的な響きはない。
陽が中天に差し掛かっても、戦闘は収束していなかった。交代時間がやってきたので、冬真も前線を下がったのだが、待ちかねていたような顔の指揮官に、後を着いてくるように促されたのだ。
「悠長に話している時間はない。手短に聞く」
微かに、魔物の咆哮と断末魔、魔法の着弾音が断続的に聞こえてくる。第一弓兵隊という精鋭部隊を預かるこの男が、戦列を離れられる時間は、実際そう長くはないのだろう。
「貴公は何者か」
口調は丁寧だった。冬真は眉を上げた。
「俺は、トーマ。ルキア様の思し召しでこの地に連れてこられた異国の人間だ」
指揮官が、面食らったように瞬く。その反応からは、全く想像していなかった種類の答えであったことがうかがえる。
「……それを信じろと?」
冬真は肩を竦めた。
「事実だからね。信じるかはそっちに任せるけど。俺としても困ってるんだ」
冬真は、わざと傲慢な口調で言った。丁寧語は使わない。――なぜなら、この国では、高魔力は貴族の専売特許だからだ。
「む……」
指揮官が眉を寄せて考え込む。
「分かった。ならば、ひとまずは、協力をお願いしたい」
冬真は目を細めて先を促した。
「御覧の通り、この国は現在存亡の危機に瀕している。貴公の魔法能力を、防衛部隊に組み込みたい」
冬真は、少しだけ考える時間を置いた。
「プレッタは、どうしている?」
冬真は、じっと指揮官の瞳を見つめた。これは釣り餌だ。
「あの女傭兵ならば、救護所で手当てを受けている。命の危機はない」
指揮官は、それだけを答えた。冬真は、口の端を持ち上げた。
「……いいだろう。俺としても、この国が滅んだら困る。ただし、俺がハイヒールを使いたいときは、好きな相手に使わせてもらう」
「こちらからの要請で使ってもらうことは?」
「もちろん構わない」
冬真が即応すると、指揮官の表情が少しだけ緩んだ。
「感謝する。差し支えなければ、あの女傭兵との関係を聞いても?」
「彼女は俺の護衛だよ。これまで随分助けてもらったんだ」
これは取引だ。――お前たちを助けてやる。だから、プレッタを助けたことを、とやかくは言わせない。
* * * *
指揮官と別れて、冬真は救護所に向かった。指揮官に口頭で許可はもらってある。
歩いている間も、断続的に戦闘音が遠くから聞こえた。
スタンピードが人間側に被害が出なければ終わらない仕様であるならば、これは無駄な抵抗であるとも言える。もしも余計な被害を出さずに終えたいのなら……、いや、やめよう。それはこの世界の人間が考えるべきことだ。
救護所にたどり着く。と、ちょうどプレッタが中から出てきたところだった。ふらついているし、顔色もあまりよくない。
「プレッタさん?」
いつも険しい女傭兵の表情が、冬真を認めて少しだけ緩んだ。
「トーマか。拘束はされなかったようだな」
「どうしたんです?」
プレッタが肩を竦める。
「どうしたもこうも。治療すべき外傷がないから、ベッドを追い出されたところだ。次から次へと患者が運ばれてくる。少しくらいの体調不良で休ませていたら、戦闘が成り立たなくなる」
話している間にも、担架に乗せられた男が呻きながら運ばれてくる。廊下には点々と血の跡が残されている。男には、あるべき片足がなかった。冬真とプレッタはそれを横目で見ながら、割り当てられた弓兵部屋に向かって歩き出す。
「肩を貸しますか?」
「君のおかげで、歩けるくらいは回復している。パイソンに本当に噛まれたのかと、治療師に驚かれたよ」
「明日は戦闘に参加を?」
プレッタは肩を竦める。
「休める理由はないな」
救護所から離れると、静かなエリアに入る。既に休憩に入った人間は部屋に戻って、少しでも休憩を取れるように努めているのだろう。
冬真はプレッタの右腕を掴んだ。プレッタが驚いた顔で冬真を見やる。
「ハイヒール」
冬真は、小さく、囁くように唱えた。プレッタが眉を寄せる。
「問題になるぞ」
「俺が誰にハイヒールを使うかは文句を言わせません。プレッタさんは、俺の護衛なので」
冬真は言い切った。誰が聞いているとも分からない。プレッタが微かに眉を寄せる。
「……ならば、口調を検めるべきだな」
プレッタらしい、現実的な指摘だった。冬真は口角を持ち上げた。
「そうだね。忘れてたよ」
なんだか変な感じだ。けれど、慣れなければいけないんだろう。
「礼を言う。これなら、まともに戦えるだろう」
そう言いながら、プレッタが左腕をぐるぐる回した。顔色が大分改善している。
「お、トーマ! プレッタも!」
部屋の前には、フロイが立って、笑顔で手を振っていた。
「休んでいないのか?」
「お前、あんなもの見せられて、大人しく寝てられるわけないだろ」
休んでいる隊員に配慮しているのか、フロイはしっかり声は潜めている。
「とりあえず重いお咎めはなかったようで、安心したぜ。俺もルーグルの世話役として事情を聞かれたから、傭兵は弓兵か近接兵の募集だったし、そもそも魔法が使えるかなんて聞きもしなかった、って答えておいたぜ」
「ありがとう」
事実をありのままに言ってもらえるだけでも、十分に助かる。
「ところで、お前、一体何者なんだよ……、あ、もしかして、敬語を使った方がいいです、かね?」
冬真は噴き出した。
「今さらだろ」
フロイがにかりと笑う。
「そうだよな?」
「お前はいつまで部屋の入り口をふさぐつもりだ? さっさと休まないと、次の戦闘に差し支える。トーマも寝かせてやるべきだ。活躍したんだろう」
「それはもう。賭けてもいいが、この戦いが終わったら、伝説になってるだろうな。カッコいい二つ名つきで」
冬真は顔をしかめた。自分が厨二病的な異名で呼ばれるなんて、正直嬉しくもなんともない。むしろいたたまれない心地しかしないだろう。
「目撃者が生き残ればの話だな」
プレッタが冷静に評すると、フロイが渋面になった。
「憂鬱になる話をするなよ」
「現実を見ているだけだ」
「はぁ……。トーマ、お前は、部屋替えだってよ。さっき従僕が知らせに来たぞ」
新しく割り当てられた部屋は、弓兵の待機所よりも砦の内側に近い位置だ。防御の厚い場所であるとも言える。貴重な魔法の使い手を、その他大勢扱いはできないということかもしれない。あるいは危険物扱いということなのかもしれないが。
「次からは別の戦場かもな。俺と一時でも戦友だったこと、忘れないでくれよな」
それがここで休憩時間を削ってまで、一番言いたかったことなのかもしれない。いつ、プレッタのような不幸がフロイに降りかかるかも分からない。冬真のような規格外の人間がいるなら、パイプを維持したいと考えて当然だ。
「もちろん」
冬真は頷いた。プレッタだけを特別扱いすれば目立つ。しかし、同じように特別扱いをする人間が他にいれば、印象は薄まる。冬真に取り入れば、回復してもらえると考える人間が増える。
冬真に必要なのは、役に立ってくれる人間だ。それを増やすためなら、ハイヒールくらいいくらでも使うつもりでいる。
フロイが安心したような笑顔になる。
「トーマ」
指示された部屋に向かおうと踵を返しかけたところで、プレッタの静かな声がかかった。
「君は、私との約束を覚えているか?」
「もちろん」
「では、その約束は忘れてくれ」
冬真は瞬いた。
「私の貸しは十分すぎるほど返してもらった。これ以上私のことを背負わなくていい」
「……せっかくだけど」
冬真は言葉を切って笑った。
「俺がやりたいからやるんだよ」
プレッタが苦笑する。
「そうか。そうだったな」
二人のやり取りを怪訝そうな顔で見守っているフロイに首を振って、プレッタが部屋に入っていく。それを見送って、冬真も踵を返した。
――そうだ、やりたいからやる。嫌々このゲームをクリアするんじゃなくて、俺が、やりたいからこのゲームをクリアするんだ。
* * * *
新しい部屋は、一人部屋だった。寝台にもきちんとシーツがかけてある。士官用の部屋なのかもしれない。
寝台に腰を下ろして、冬真はステータス画面を出した。
レベル表記は、60。既にジャイアントウルフで上がる上限まで上がっている。レベル50以上は必要経験値がかなり必要になる。虐殺した甲斐があったようだ。
現在のステータスは、筋力19、体力14、敏捷14、器用32、魔力120で、残42ポイント。一撃死を防ぐために体力を30までは上げる必要がある。残りは被弾をできる限り避けるために敏捷か、あるいは装備をつくることを考えて、器用か。
やがて、冬真は首を振った。色気を出すことはやめよう。敏捷が14では、身体強化魔法をかけたとしても、この辺りの敵では攻撃を避けるのは厳しい。一気に敏捷を上げていく。
筋力19、体力30、敏捷40、器用32、魔力120。魔力以外は器用貧乏だ。レベルを99まで上げるとして、残り能力ポイントは156しかない。あるいは156もと言うべきか。そろそろ最終ビルドを考える必要がある。
ゲームでは冬真は魔王戦直前までは魔力+生産ビルドだった。魔法士の爺さんが裏切ったし、装備を作る必要もあった。魔王戦の直前にビルドを振りなおす薬を使って、攻撃特化型の戦士ビルドにしたのだ。無双を楽しむために。しかし、その薬がこの世界で実際に作れるかが分からない。当てにするのは危険だ。
とりあえず、これ以上魔力を上げる必要はないだろう。既に、冬真の知る限り最上位の身体強化魔法、100で覚えるメガ系呪文は覚えた。これは筋力、器用、敏捷を、元の能力値から100%上昇させる非常に強力な呪文だ。最終ビルドでも、魔力は100までは上げていた。
この後に覚えるのは、回復魔法も攻撃魔法も範囲魔法ばかり。回復の最終魔法は、魔力200で覚えることができるリザレクション。仲間が死んだ直後にしか使用できない魔法だ。仲間を魔王戦に連れていけない冬真には無用の長物である。
魔力160まで上げると、マジックレイという強力な単体魔法が使えるが、そこまでポイントが回らないし、魔王戦では回復にマナを温存する必要があるから、ほとんど使えない。
クエスト報酬で得られたはずの強力なアイテム類が入手できない以上、器用、腕力、体力を上げて装備を自前で作れるようにしないと不安がある。
消去法でいくと、やはり魔剣士ビルドしかない。ゲームでやったような攻撃特化ではなく、バランス型だ。器用貧乏ともいう。なにしろ、被弾したときに大ダメージを回復してくれるヒーラーがいないので。
冬真は寝台に横になった。固い寝台にも、すっかり慣れた。それにしても、一人で眠るなんて、いったいいつぶりだろうか。誰の気配もない空間が、少しだけ寂しく感じられた。
らしくない。冬真は首を振って、目を瞑った。またすぐ交代時間がやってくる。すこしでも休息しなければ……。




