第二十四話
戦闘は膠着状態に入っていた。地上にはおびただしい魔物の死体が転がっている。6時過ぎから始まった戦闘だが、おそらく今は9時くらい。
これまでに押し寄せた魔物は、ジャイアントウルフ、マッドエイプ、ジャイアントベア。厄介だったのは、マッドエイプとジャイアントベアだ。
二種とも登攀が可能な魔物で、素早さ、攻撃力が共に高い。ゲームでも大嫌いな厄介な敵だった。特にジャイアントベアは、防御力まで高く、弓矢では眉間に当てないと止まらない。
二種の魔物は、おびただしいジャイアントウルフの群れに紛れるようにして接近してきた。かなりの数に接近を許し、上階ではそれなりの時間、戦闘音が続いていた。
それでも少しずつ、黒い波の密度も下がってきているように見える。現在の侵攻の主力は、再びジャイアントウルフだ。
こうしてみると、敵の編成とポップ数にも、ある程度の制限があるのかもしれない。イビルアイだのヒュージパイソンだの、このエリアの奥地にいるはずの高レベルの敵は押し寄せて来ていない。大量に押し寄せて来れば、こんな被害では済まないはずだ。
「エリアリフレッシュ!」
指揮官の詠唱とともに、少しだけ腕の疲労が楽になった。スタミナを回復するリフレッシュの範囲魔法版だ。魔力40で覚えることができる。
「敵、新種接近中! ヒュージパイソンと推定!」
冬真は表情を険しくした。自分が考えたせいではないよな、と愚にもつかない考えが頭をよぎる。
「弓兵! 第一目標はパイソン! 狙え!」
指揮官の檄が飛ぶ。真っ直ぐな白い線が、ジャイアントウルフの中に何十本と伸びている。この敵も厄介だ。鱗の防御力が高く、少しでも角度が悪ければ矢を弾いてしまう。そして何より、この敵は、矢間に侵入できる。毒まで持っている。
冬真が数匹を仕留めたところで、指揮官の新たな指示が飛んだ。
「弓兵第一部隊! 矢間閉鎖! 補給隊は階段まで後退!」
冬真は、窓の上部に取り付けられた蓋の留め金を外した。大きな音を立てて、分厚い木戸が矢間の上半分を塞いだ。すかさず、左右の頑丈な金具で固定する。
「全隊員、槍を持て! パイソンに突破させるな! 護衛兵は、突破された箇所に急行せよ!」
矢間数か所おきに配備された護衛兵が、剣を抜く音が響いた。
「パワー、デクスタリティ」
冬真は小さな声で唱えた。魔力20で覚えることができる身体強化魔法だ。筋力と器用を、現在値の二割増強してくれる。現在の冬真の能力値なら、レベル換算で4程度は引き上がることになる。
ほどなくして、ずるずるという不吉な擦過音が響く。矢間の隙間から白いものが見えた瞬間、冬真は槍を突き出していた。手ごたえが軽い。冬真は舌打ちした。強化をかけていても、今の筋力ではパイソンの鱗を一気に突き抜くことが難しい。
「ステータス!」
細かく数値を確認している暇はない。筋力を五回だけ連打する。その間にも、パイソンが矢間の上部に体当たりしている。金具と木戸が不吉な音を立てて軋む。
冬真は、改めて槍を突き出した。鈍い手応えが返る。刺さった。引き抜いて、何度も突き出す。やがて、白い身体が力を失って剥がれ落ちていった。
安堵したのもつかの間、破砕音と、悲鳴が響き渡った。右側からだ。
「護衛兵! 対応!」
冬真は矢間を飛び出す。矢間から、白いパイソンの首が滑らかな動きで出てくるところだった。フロイとプレッタの間の位置だ。そこに配備されていたはずの弓兵の姿はない。既に飲み込まれたあとなのかもしれない。
そこから先は、まるでスローモーションのように見えた。
剣を手にした護衛兵がパイソンに殺到する。パイソンが鎌首を持ち上げる。横の狭間から、プレッタが槍を突き出す。パイソンが槍を器用に避ける。鱗が槍を弾いた――まずい。
白いあぎとが、プレッタに向けてぱっくりと開く。四本の長い牙、細長い舌。
頭の中が真っ白になる。
「ファイアーバレット!」
考えるより先に口が動く。横から詠唱が重なった。火弾が冬真から、そして指揮官からまっすぐに飛んでパイソンの口に命中する。
直後にパイソンの顎が閉じる。プレッタは後ろに倒れ込んで、なんとか攻撃を避けたようだ。
「うぉぉ!」
雄たけびと共に、護衛兵がパイソンの胴に斬り付けた。白い胴体の向こうに、フロイが必死の顔で槍で突いているのが見えた。
パイソンの鎌首が、プレッタから護衛兵に向く。冬真も駆け寄って、槍を突き出した。二回、三回。やがて、パイソンの身体は力を失って倒れ込む。
冬真は肩の力を抜いた。プレッタを助け起こそうと顔を向けて、息を呑む。
プレッタの顔は、青を通り越して紫色だった。ざっくり切れた左腕を庇うように身体を丸めて転がっている。唇は戦慄き、その瞳はもはや焦点を失いかけている。
「プレッタさん! しっかりしてください!」
抱き起こして呼びかけると、微かに瞼が動いた。
「冬真……。お前、私との、やく、そ、く……」
冬真は指揮官を振り返った。キュアポイズンは魔力30で覚える。魔力40で覚えるエリアリフレッシュを使える指揮官ならば使えるはず。
指揮官はすぐそばに立っていた。冬真と視線が合うと、沈痛な面持ちで首を振る。
「間に合うまい」
毒を消したところで、ダメージを受けた内臓機能は回復しない。ヒールは、簡単な外傷治療しかできないのだ。
「戦闘中だ。さっさと持ち場に戻れ」
指揮官の声が、冷たく胸に落ちた。
上階ではパイソンと戦闘しているのだろう。物々しい音と、断続的に悲鳴と雄たけびが響いている。
「おい、トーマ」
気づかわし気なフロイの声。
馬鹿な。こんな展開を認めてたまるか。
「ステータス!」
冬真は叩きつけるように叫んだ。魔力をひたすら上げる。
「お、おい?」
指を小刻みに揺らす冬真に気圧されたのか、フロイの慌てる声がする。構ってはいられない。冬真は灰色の画面だけを見ていた。――魔力が45、46、47、48、49、50!
「キュアポイズン!」
「何をしている!」
指揮官の咎める声が響く。
プレッタの顔色は回復しない。当然だ。冬真は大きく息を吸い込む。
「ハイヒール!」
プレッタの顔色が少しだけ回復する。魔力50で覚えることができるハイヒール。これが内臓を治癒できるかは賭けだった。欠損治療のできるエクストラヒールには魔力が120必要だ。おそらくこの戦闘で上がったステータスポイントを全部振っても、まだ足りない。
「は?」
「な、お前、ハイヒールだと!?」
フロイと指揮官の驚愕の声が響き渡る。冬真はもう一度唱える。
「ハイヒール!」
腰袋に入れていた、マナ回復速度増進効果のある草を食む。念のためと、ルーグルで採集していたものだ。口中に、青みと苦みが広がる。冬真は顔を歪めた。早く回復しろ。
プレッタの顔色はまだ青い。遅い。冬真は出しっぱなしにしていたステータス画面で、再び魔力を上げていく。魔力は高ければ高いほど、マナの回復速度が上がる。
「ハイヒール!」
三回目で、プレッタの瞳にようやく力が戻ってくる。血の気を取り戻しつつある唇が動いて、言葉を象る。
「馬鹿な、ことを……。戦闘では、感情を封じ込めろと、あれほど、言っただろう……」
声は温かかった。
この世界では、魔物はシステムだ。人間だって、ただ自然にポップしないだけのシステム――冬真の感情を動かすための装置だ。なぜなら、子どもは生殖ではなく、ルキアの使徒――システムによって生成される。システムによって生成される物資を消費して、死んで十日後には死体すらも消失してしまう存在。システムでないと思う方がおかしい。
……それがどうした?
「どういうことだ!? なぜそんなものを使える!」
指揮官の声は、雑音のようにうるさい。
「俺はね、プレッタさん。トゥルーエンドを見るために、このゲームを始めたんだよ」
プレッタは、冬真を助けてくれた。プレッタがいなければ、冬真は何度、あのレベル1からの地獄を繰り返さなければならなかったか、分からない。だから――、賭けてもいい。これは、冬真が当然払うべきコストだ。
「プレッタさんを喪う胸糞エンドなんて、絶対に認めない」
それに、逃げ続けてエンディングを見たって、ちっとも気持ちよくない。
「聞いているのか!?」
プレッタが目を細める。
「本当におかしなやつだな。……こうなったからには、お前の価値を、軍に認めさせろ。それしかないぞ」
「分かってます」
これは、ゲームだ。ゲーム以外の何かではない。理不尽なクソゲーだ。
「ええい、話はあとだ! 弓兵第一部隊! 矢間を開放! 予備人員二名は配置に入れ! 補給隊も担当配置につけ! ジャイアントウルフに対して、射撃再開!!」
冬真はまだ顔色の優れないプレッタを、駆け寄ってきたプレッタの補給を担当していた少年兵に任せて立ち上がった。
指揮官の強い視線を受けながら、自分の矢間に戻り、放り出していた弓を拾い上げる。ラーカル少年は、既に矢を捧げ持っていた。それを受け取って、冬真はしかし弓を構えなかった。
「俺の価値ね」
冬真は口の端を持ち上げた。もう、魔法が使えることを隠す必要もない。ならば、やることは一つだ。
「フレアウォール」
冬真の詠唱と共に、砦から数十メートルの位置に、巨大な炎の壁が立ち上った。魔力60で覚える攻撃と防御を兼ねる呪文だ。次から次へとジャイアントウルフは炎の壁に飛び込んで、果てていく。思った通り、入れ食い状態だ。
「な、なんだ!?」
驚愕の声が、上階から降ってくる。
覚えたばかりの範囲魔法で敵の魔物を薙ぎ払って、経験値を稼ぐ。一石二鳥だ。
冬真は、ステータス画面を操作した。マナの回復を上げないと、効率が悪い。どのみち、魔王戦にはエクストラヒールが必要だ。魔力は120まで最優先で上げてしまおう。腰袋にあるマナ回復草も追加で食む。
「せっかく来てくれたんだ。俺の経験値にしてやる」
マナの回復を待つ間は、弓を撃って敵のリーダーを仕留めていく。マナが溜まったら、フレアウォールでジャイアントウルフやそれに紛れている高レベル個体の大量虐殺だ。
矢を受け取ろうと振り返って、そこで冬真は僅かに眉を動かした。ラーカル少年の両手は、細かく震えている。冬真を見上げるその瞳に混じっているのは、畏怖。
視線を動かすと、指揮官が引きつった顔で――待機している護衛兵たちも同様だ――冬真を注視していた。冬真は眉を寄せた。
「そろそろ新しい波が来るのでは?」
冬真にばかり注意がいって、防衛が破綻したら元も子もない。
「そ、そうだな」
指揮官がびくりと身体を揺らして、戦場に視線を戻した。
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