第二十三話
「とりあえず、武器屋と防具屋に行きましょう。矢は補給されるんですか?」
冬真はアールバルで購入した、貧弱な革鎧しかつけていない。いわゆる紙防御というやつだ。
「当然、される。徴兵した相手が私財を投じることなど期待していたら、戦力として成り立たないだろう」
「安心しました」
しかし、武器屋も防具屋もアイテムは既に高騰していた。しかも、手ごろな価格帯の鎧は、軒並み売り切れ状態である。
徴兵されても、武器も防具も、基本装備しか支給されない。徴兵対象となる市民が殺到して、買い漁ったあとのようだった。工房は、領主から注文される基本装備の生産で精いっぱいだそうだ。
「どうする?」
「あと十日もあります。狩りをしましょう。もともとそのつもりでしたし」
ルーグル付近の魔物分布を思い出す。今の冬真のレベルなら、そこまで難しくもないはずだ。うまくいけば、レベルも上がる。
「怪我をしたら反逆罪だぞ?」
逃げても反逆罪、従軍ができないほどの怪我をしても、誰かにさせても反逆罪だそうだ。非常事態下では戦士は戦争資材なのである。
「しなければいいだけの話です。簡単な怪我なら治せますし」
「で、装備の作成を依頼するのか?間に合うとも思えないが……」
「いいえ」
そこで冬真は言葉を切って笑った。
「売っていないなら、作ればいいんですよ」
確か、ルーグルで獲れる革を三種類組み合わせて作る鎧が、そこそこ優秀だった。他の材料は、革の余剰と引き換えに売ってもらえないか交渉しよう。万が一売ってもらえなくても、十日あるなら、ぎりぎり調達が間に合うはずだ。
敵がどの程度の規模かは分からない。これまでの侵攻で、被害が軽微だった試しはないそうだ。どのみち、死んだらレベルもアイテムも、全て無に帰る。全力で準備する以外の選択肢はない。
しかし、逆に言えば、これはチャンスでもある。近接戦闘部隊では生き残るのは難しかったろうが、幸いにして弓兵隊ポジションをゲットできた。
要するに、タンクを大量に並べた状態で、後ろから狙い放題に撃てる。狙われるのは近接戦闘部隊が壊滅した後だ。そして、魔物を倒すことができれば、群れ補正で、おそらく大量の経験値が手に入る。
「君は本当に常識はずれな奴だな」
プレッタが呆れた顔で言った。
* * * *
傭兵ギルドの前には、既に多くの傭兵が集まっていた。木板を手に、職員がせわしなくその間を歩き回っている。
「おーい、こっちだ、こっち」
聞き覚えのある声の方向を見ると、フロイが右手を振っていた。こちらも左手に木板を手にしている。
「一応、ウチのギルドの傭兵たちの取りまとめ役になったんだ。よろしくな」
フロイは冬真とプレッタの全身をしげしげと眺めて、羨ましそうな顔になった。
「なんか、装備がグレードアップしてねぇか? よく手に入ったなぁ。どこの工房の作品だよ? それ」
冬真とプレッタの革鎧と革兜の制作は、ギリギリで間に合った。急所は固く防護力の高い皮を貼り合わせ、それ以外のところは柔軟性を重視した革を張り合わせる。職人も驚くような手並みに、もはやプレッタは何も言わなかった。
「知り合いにもらったんだ」
「気前のいい知り合いがいるんだな」
冬真は肩を竦めた。
「そうだね。運が良かったよ」
周囲を見回しても、冬真たちのようなしっかりした防具を準備できた傭兵はあまりいないようだ。二人の装備に羨ましそうな顔をしている者もチラホラ見える。
装備作成に時間を取られたせいで、残念ながらレベルは上がらなかったが、兜と鎧で急所を守れるのは大きい。前線には、魔法で遠距離攻撃を行う魔物も出現する。
冬真たちが向かうは――要塞都市、ヴィルキア。ゲームで訪れた途中の都市をいくつも飛ばした、スタンピードと戦う最前線の都市である。
* * * *
ゲームで移動した街を辿りながら、冬真たちは南下していった。街の中に入ることは許されない。到着したときには、合流する部隊が外に待機していて、一つ街を過ぎるごとに、大集団になっていく。
そして、ルーグルを発って十五日。ついに、丘の上から、要塞都市の威容と、その向こうの大地を埋め尽くす、不気味な黒い海を望むことになった。
「マジかよ……」
「あれが、全部、魔獣だって?」
「畜生……」
前後を歩いている傭兵たちが、うめき声を上げる。左を歩くプレッタが、ちらりと一瞥を投げて寄越した。
「君は動揺しないのだな」
「してますよ。手が震えそうです」
ここで死んだら、冬真はまたレベル1からやり直しだ。つぎはプレッタのような助け手に出会えるとも限らない。やり直しできるから死んでもいいなどとは、到底思えない。
――どんなおそろしい数の暴力だろうが、絶対に生き残る。
「そういうプレッタさんは落ち着いてますね」
プレッタが肩を竦める。
「私は二度目なのでな。五年前も、こんな光景だった」
それでも、プレッタは生き延びている。プレッタの声を耳にした前後の傭兵たちが、すこしだけ士気を持ち直したようだ。
魔物の海からヴィルキアまでは、まだ距離がある。しかし、ひとたびこの海に飲みこまれたなら、その通り道には何も残らないであろうことは、容易に想像がついた。そして、その時は遠くない。
――魔物たちは、殺すべき獲物が鼻先に集うのを待っている。あるいは、冬真を。
冬真は、かねてから考えていたことがある。
この世界で、なぜ、魔王は討伐されていないのか。そして、なぜ人類は滅んでいないのか。
このうち、前者は答えが出ている。レベルアップシステムが存在しないNPC――敢えてNPCと呼ぶが――は、魔王とは能力的な乖離がある。しかも、魔王の居城に近づく前に、数の暴力に晒されて死ぬ。
問題は、後者だ。この世界は、人間は自然ポップしない。しかし、魔物は自然ポップする。決まった時間間隔、決まった地点に、決まった能力を持った個体が。それは生物とは、呼べない。システムだ。魔物とは、世界が用意した資源なのではないか。
仮に、魔王側が総力をもって人類を駆逐しにきたら、人類はあっけなく滅亡する。魔王が魔王城を出て、ちょっと人里を練り歩くだけでいい。人間は自然にポップしないうえに、育つのに時間がかかる。魔物はいくら死んでも無限に再ポップする。
しかし、魔王は人類を滅ぼしていない。少なくとも、百年の間それをしなかった。すなわち、魔王もシステムなのではないか。人類を脅かす――あるいは、世界の勢力バランスを調整するための安全弁。
ゲームでのスタンピードは、特定都市に到達したことで起こるイベントだった。この世界では、人類がある程度の勢力を築いたことをトリガーとして起こるシステムイベント。
そして、今回に限っては、5年という短周期であることから、プレイヤーである冬真が一定の強さに到達したことをトリガーとして起きた。そう考えれば納得がいく。
それらから導かれる仮の結論は、こうだ。人類か冬真が、一定以上の被害を出さない限り、侵攻は終わらない。逆に言えば、一定以上の被害を出せば、侵攻は終わる。そのはずだ。しかし冬真は、死ぬつもりはない。
先導されるまま要塞都市に入場して、連れていかれたのは練兵場と思しき場所だった。
取りまとめ役であるフロイが、木板を手に持った入口の衛兵たちといくつかをやり取りをしたあと、てきぱきと傭兵を割り振っていく。
「お前たち二人は、第一弓兵隊だ。あっちにいけ」
プレッタと並んで、指示された方向に向かう。周囲の傭兵が、興味半分、気の毒半分と言った顔で冬真たちを送り出す。
「第一弓兵隊とは、ずいぶん腕を見込まれたものだな。トーマならば当然だが」
「すごいんですか?」
「砦の正面の防衛を担う精鋭部隊だ」
冬真は瞬いた。
「……危険なんですかね?」
冬真としては、経験値は欲しいが、あくまで生き残るのが第一義である。
「最も早く戦闘に入るのは確かだが、弓兵ならばそこまででもない。近接部隊も精鋭だから、魔物の侵入を真っ先に受けるということもないはずだ」
冬真は息を吐いた。それなら理想的な配置だ。正直ありがたい。
指示された場所には、いくつもの人の列ができていた。片手に木板を持った衛兵が、整列を担っている。
「ルーグルから傭兵のトーマとプレッタだな。お前たちはここに並べ」
列の後ろに並ぶ。その場には、二十人程度の傭兵たちが立っていた。見たことのない顔ばかりだ。いずれも目には好奇心と期待が浮かんでいる。少し遅れて、フロイが後ろに並んだ。
「よう、俺もここだ。よろしくな?」
「うん、よろしく」
フロイはムードメーカーだ。荒くれ者の多いルーグルの傭兵たちを、陽気に、時に脅しつけながら、十五日間揉め事もなく引率したのは見事な手腕である。
余所者である冬真とプレッタを何かと気にかけてくれたおかげで、妙に絡まれることもなかった。二人の弓の腕前を知っていたからかもしれないが、ありがたいことに変わりはない。
砦で割り当てられたのは、十人部屋だ。所持品の盗難は、用心は必要だが、そこまで警戒するのも周囲の顰蹙を買うらしい。これから命を預け合うことになる仲間だ。
盗難しても隠す場所がないうえに、バレれば仲間内からは総スカン。ピンチに陥っても、誰も助けてはくれなくなる。今の状況では、近接戦闘部隊への転属と言う名の肉壁担当に回される可能性もある。弓兵部隊にとってはリスクの大きすぎる賭けだそうだ。
ヴィルキアを見て回る物見遊山の時間などは、もちろん与えられなかった。休息もそこそこに、夜間も指揮に従う訓練、号令に従う訓練、また訓練。そして配置決めだ。
冬真は射撃の腕を認められて、司令官のすぐ前、第一壁面中央のポジションに決まった。一つ置いた右の矢間に、プレッタ。そのさらに一つ置いた先の矢間にフロイ。傭兵は一つおきに配置して、間に正規兵を監督官として配置するということらしい。
そして、冬真たちが到着して二日後の早朝、角笛の音が高らかに鳴った。砦中が殺気立つ。朝食の干し肉を咀嚼するのもそこそこに、慌ただしく持ち場へ向かう。どの顔も強張って、青ざめていた。
冬真は、担当の矢間に立った。隣には矢の配給係である少年――ラーカルというらしい――が立つ。プレッタとフロイが担当の矢間に立つのも見えた。
息を大きく吸って、吐く。矢間の向こうでは、じりじりと、黒い波の先端が近づいてきている。
――さあ、これまでで、もっとも危険で、もっとも刺激的な、システムイベントの始まりだ。




