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絶望遊戯~ゲーム世界に絶望難易度アビリティをつけて転移した話~  作者: 長月透子
第五章 ヴィルキア砦(前)

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第二十二話

「魔物接近中!先頭はジャイアントウルフと推定!距離500メートル!」


 ジャイアントウルフは、レベル30の魔物だ。冬真がアールバルで狩っていたジャイアントボアよりもさらに一回り大きく、危険度は比較にならないくらいに高い。敏捷と攻撃力に比べれば、体力は比較的低いのが特徴だ。


「弓兵隊第一部隊、射撃用意!」


 指揮官の言葉と共に、一斉に、弓を引き絞る音が響く。

 冬真も、ぎりりと弓を引き絞った。小さな窓から、地上へと狙いをつける。雲霞のごとく、砦に押し寄せる魔物の群れ――その中でも、狙うは一際身体の大きな魔物の頭部だ。

 一つ置いた隣の空間――矢間で、プレッタも同様に弓を引き絞っているはずだ。


「いいか、撃てば当たる。貴様らの役割は、とにかく一矢でも多く撃つことだ」


 司令官の檄が飛ぶ。


「距離200!」

「撃て!」


 耳を打つ、おびただしい風切り音。砦正面の矢間から、数百本の矢が一斉に、黒い海に向かって放たれる。冬真の放った矢は、狙い違わずリーダーの魔物の頭部に突き立った。力を失った身体が、黒い海に飲み込まれて消える。


 冬真は、次の矢をつがえた。撃つ。魔物が倒れる。また矢をつがえて、撃つ。魔物が倒れる。


 矢間の横で冬真に矢を補給し続けている子供の手が、かすかに震えている。顔は緊張と恐怖で真っ青だ。


 冬真は、機械のように正確に――ゲームシステム任せだから、その表現はあながち間違いではない――敵を打ち抜いていく。本来は敏捷が高いために命中が難しいはずだが、今は群れで走っているため、動線も速度も単調だ。実に狙いやすい。


「弓兵第二部隊、射撃用意!……撃て!」

「弓兵第三部隊、射撃用意!……撃て!」


 左右から、遠く、それぞれの壁面に展開した弓兵隊への指令が響く。砦は六角形の巨大な建造物だ。冬真たちが守る正面左右の壁面にも敵が殺到しているのだ。


「撃て!腕が使い物にならなくなるまで撃て!撃ち続けろ!死にたくなければな!」


 程なくして、建物を震わせるような衝撃と、下から、恐ろしい咆哮が響き渡る。先頭を走っていたジャイアントウルフが砦の壁下に到達したのだ。壁にぶつかって速度が落ちた先頭に後続が合流して、密度が上がって盛り上がっていく。


「ファイアボール!」


 上階からの詠唱と共に数十個の火球が降って、密集した黒い波に着弾した。立ち上る白煙と、冬真の立つ矢間にまで届く、何かの焦げる匂い。魔力40で覚える火球の魔法だ。射程距離が短い代わりに、そこそこ広範囲にダメージを与える魔法だが、焼け石に水だ。


「石を落とせ!」


 号令と共に、いくつもの石が、上から滑り落ちて行く。ぐしゃりと、断続的に何かが潰れる音が響く。


「弓兵第一部隊中央、後退!矢間に敵が到達するぞ!」


 冬真が一歩を後退した直後に、ジャイアントウルフの首が矢間から突き出された。ひっ、と子供が悲鳴を上げる。


 冬真は矢間の横に立てかけた槍を手に取った。うねりながら中に入ろうとする首に向かって、力いっぱい突き出す。鈍い手応えとともに、甲高い悲鳴が響き渡る。槍を引き抜いて、魔物の首を蹴り出すと、矢間から剥がれて落下していく。


 冬真は、槍を壁に立てかけて、再び矢をつがえた。撃つ。一体でも多くの敵を。


「ファイアボール!」


 再びの詠唱と共に、数十個の火球が、少し離れた地上を赤く照らした。

 地上を覆いつくす黒い波は、まだまだ終わりが見えない。

 冬真は矢をつがえて、そこで小さく息を吐いた。そして、撃つ。また一体、大型の魔物の姿が、黒い海に沈んだ。


 ――冬真の予想が正しければ、この戦闘は、人間が一定数死ぬまでは終了しない。


* * * *


 異変の始まりは、アールバルを出て三日目の、正午を少し過ぎたころだった。冬真たちは宿場町を朝早く発って、街道を歩いていた。


 道の先に騎影が見えて、冬真は目を細めた。プレッタと視線をかわし合って、街道わきの木の陰に身をひそめる。街道を堂々と駆けてくるあたり、盗賊の可能性は低いが、念のためだ。


 馬蹄の音が、次第に近づいてくる。アールバルの衛兵と似たような兵士の恰好だ。二人は街道から少しだけ距離を取って、両手を上げた。自分たちが盗賊ではないことを示すためである。

 騎馬は、ちらりと二人に視線をくれるだけで、通り過ぎていく。


「何かあったようだな」


 街道で早馬に出会ったのはこれが初めだ。

 答えはすぐに知れた。


 ルーグルに到着したのは、十五時頃だ。アールバルと同じように街壁に囲まれた街だ。その手前にスラムのテントがごちゃっとあるのも同じである。


 入市税を払って傭兵ギルドに入ると、強い視線が方々から突き刺さった。値踏みするような視線だ。建物の大きさ自体が、アールバルよりもずっと広い。そして、まだ外が暗くなってもいない時間なのに、驚くほど多くの傭兵たちが集まっている。


 そのうちの三割ほどは女性だ。この世界ではコウノトリ式で子供が生まれるから、出産の負荷がない。戦場での性的な危険もない。それでも女性は男性に比べて筋力が上がりにくいので、戦う職業を選ぶ人は多くないらしい。


 受付に座っているのは年配の男だ。


「見ない顔だな」


 男は二人の全身をじろじろと眺めた。――特に、背中に背負った複合弓を。


「アールバルから来た」


 プレッタが答えると、男が片方の眉を上げた。


「それはそれは。時期が悪かったな。いや、むしろ移動の手間が省けたから良かったのかもしれないな」

「何かあったようだな」

「大型の仕事だ。拒否権はない」


 冬真は眉を寄せた。拒否権がない?そんな依頼は聞いたことがなかった。


「スタンピードの兆しが観測された。本日、動員令の布告が王都より届いた。傭兵は強制参加だ。一応報酬は出るらしいぞ、雀の涙だがな。逃亡者は反逆罪となる」

「それは……。ありがたくて涙が出るな」

「そうだな。一般市民よりは恵まれてるんだろうよ。ただし、ある程度の戦力がなければギルドとしても一員とは認められん。装備から見て、あんたたちが一般市民とは思えないがな。得意技能と、戦闘技能の確認が必要だ」

「ついてこい」


 カウンターの横に立っていた男――おそらくこのギルドに所属する傭兵が、二人を先導して歩き出す。三十過ぎだろうか。徴兵で激減したという年齢層だ。


「俺はフロイだ。ついてねぇ奴らだな。俺らはたぶん先陣に組み込まれるぞ。ま、よろしくな」


 二人が連れていかれたのは、広い練兵場のようなところだ。入口には、立派な鎧を着こんだ男が立っている。こちらも、傭兵と同じような年齢に見えた。


「ん?まだ傭兵がいたのか?」

「ああ。アールバルから来たらしい」


 街の衛兵の上の役職に就いている男のようだが、フロイはタメ口だ。


「早すぎないか?」

「たまたま向かってきたそうだ」

「それはありがたいな」


 フロイは黙って肩を竦めた。街にとっては幸運でも、冬真たちには不運である。

 それから、男は冬真たちに向き直った。


「私はケーニスだ。君たちの能力を査定させてもらう」


 そう言って、じろじろと、冬真たちの装備を見る。ここでも、注目は複合弓である。


「いい弓だな。弓術士か?」

「はい」

「では、弓の技量を見せてもらおう。それによっては担当が白兵戦になることもあるぞ」


 連れていかれた射撃場は、何人もの衛兵が、必死の顔で弓矢の修練に励んでいた。冬真たちが入っていくと、複雑な感情の入り混じった視線が突き刺さった。焦燥と、羨望と、そして少しの期待。


「どちらからやる?」

「私からやろう。トーマの後は見劣りしそうだからな」


 プレッタが冗談めかして言った。


「ほう?期待していいのか?」

「弓術士になるために生まれてきたような男だ」

「それは楽しみだ。的はどの距離がいい?」

「一番遠くで」


 フロイが口笛を吹いた。


 用意された的は、およそ200メートル先だ。複合弓の射程ぎりぎりである。最も遠い的を選択したプレッタに、衛兵たちが手を止めて注目する。


 プレッタが弓を構える。風を切る音と共に、矢は微かに弧を描いて飛んでいく。カツリ、という硬質な音と共に、矢が的に突き立った。中心からは少し外れたが、それでも十分な腕だ。

 その後二本撃って、二本目は中心のすぐ近く、三本目は一本目と同じくらいの位置。


 見守っていた衛兵たちがどよめいている。ケーニスが頷いた。


「十分な腕だな。弓兵隊だ」

「次は、俺ですね」


 冬真は複合弓を手に取った。


「的はこのままか?」

「はい」


 衛兵たちは、すでに完全に手を止めて見物モードになっている。


 緊張していても問題なく動作ができるシステムは、こういうときありがたい。冬真は機械的に弓を引いた。放つ。矢が的に突き立った。ど真ん中だ。

 冬真は、もう一本矢をつがえる。放つ。最初の矢のすぐ横に突き立つ。

 冬真は、さらにもう一本をつがえた。放つ。今度は、最初の矢の反対側の横に突き立った。


 射撃場の中は、いつの間にか、水を打ったように静まり返っていた。


「……凄腕、だな」


 ケーニスが、ようやくと言ったようにコメントする。それが引き金を引いたように、わっと射撃場中がわきたった。


「トーマといったか?お前の名前は上官にも伝えておこう。弓兵隊だ」


 ケーニスが笑顔を見せて請け負った。


「お前ら、すごいじゃねぇか!戦闘では頼むぞ!」


 フロイは満面の笑顔になっていた。


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