第二十話
傭兵ギルドに戻って、冬真はレドムに銀貨を1枚渡した。レドムはホクホク顔ながらも、不審そうだった。
「調べてくれたことに対する手間賃だよ」
冬真は微笑んだ。入手が簡単な情報なら十日もかからなかった。おそらくそれなりの人数に尋ねてくれたはずだ。そして、その甲斐あって、冬真にとっては、おそろしく有益な情報だった。
「そういうことなら」
レドムがにやりと笑いながら懐に銀貨をしまいこむ。
これは次への投資でもある。ゲームシナリオがあてにならない以上、イベントが、冬真のレベルに準拠して起こる保証はどこにもない。以前にも増して慎重に行動しなければならない。信頼できる情報は最も重要だ。
傭兵ギルドを出て、宿へと向かう。収入が安定しているので、最近は宿を取るようになった。取り締まりを避けるためにとりあえず用意したような安宿ではなく、ドアにきちんとした錠がかかるタイプの宿だ。
それに、夜を外で過ごそうとすると、難民たちの視線がうるさい。金回りのいい冬真に、自分たちも雇ってもらいたいのか、そわそわと周りをうろつく。狩人の息子などはその典型だ。
宿の部屋で、冬真はプレッタに話しかけた。
「行きたいところがあります」
プレッタが視線だけで続きを促す。
「この街の近郊にある、古代遺跡です。往復二日くらいじゃないかと思うんですが。確かめたいことがあるんです」
そこはゲームでは違法商会が麻薬を精製していた場所である。フラグを立てないと隠しドアを見つけることができず、中にすら入ることができないゲームあるあるのご都合仕様だ。
「ふむ……」
プレッタが思案顔になった。冬真は、じっと返事を待つ。やがて女傭兵は頷いた。
「いいだろう」
* * * *
「こちらですよ」
案内人の老人が指し示したのは、森の只中、古ぼけた石が積み上げられた一角だった。
アールバルから歩いて一日。ゲームでは違法商会が根城にしていた、古代遺跡である。半壊した柱の合間に、分かりにくいが階段がある。
「人の気配はしないな」
プレッタが言うのに、冬真も頷く。あたりはしんとして、冬真たちの話声しかしない。地面には草が生い茂っていて、踏まれた跡もなかった。
「今から下りるのか?」
陽は既に落ちかかっている。冬真は首を振った。
「いいえ。今夜は少し離れたところで、野営にしましょう。明日、俺だけ降りてみます」
どのみち、今夜はもうほとんど移動ができない。わざわざ薄暗い時分に試さなければならない理由はどこにもない。
冬真とプレッタで交代で休憩を取って、翌朝。松明を持って降りた先には、ぱっくりと暗い口が開いている。冬真は唇の端を持ち上げた。――隠しドアが、開いている。静まり返った地下には、冬真の足音と、松明の爆ぜる音しかしなかった。
十分に警戒しながら、その先に踏み込む。歩くたびに、埃が舞い上がる。中には、何の気配もしない。冬真は、やがて一番奥の部屋にたどり着いた。ゲームではそこにはボスがいて、それなりに強力な長剣をドロップしてくれる。その背後には金庫がある。
中を覗き込んで、冬真は失笑した。もちろん、誰もいない。金庫なんて、影も形もなかった。
冬真は、踵を返した。もはやここに用はない。時間の無駄だ。
出口の階段を上がる。途端に目を射る自然光のまばゆさに、冬真は目を細めた。
「確認はできたのか?」
冬真が階段を降りていったときと同じ姿勢で、プレッタが立って待っていた。陽はほとんど動いていない。
冬真は頷いた。
「はい。ありがとうございます」
確証は得られた。後は、実行に移すだけだ。
* * * *
「プレッタさんに、話があります」
アールバルに帰還した夜に、冬真は切り出した。女傭兵は予期していたのか、静かに頷いた。
「実は、俺は特殊な方法で強くなります」
プレッタの片方の眉が上がった。冬真がプレッタと出会ってから何か特殊な方法を用いていたのかを思い出しているのかもしれない。
「俺は、魔物を倒すと強くなるんです」
「普通はそうだろう」
冬真は首を振った。
「俺は、一定量、魔物を倒すと強くなります。逆に言えば、一定量に達するまでは強くなりません」
プレッタは不可解な顔である。
「普通ならば、走り込みをすれば体力が上がる。筋肉トレーニングをすれば筋力が上がる。でも、俺は魔物を倒さない限り、その成長はありません」
「そんな人間がいるのか?」
「いるんです。そういう意味で、人間なのかはわかりませんけど」
冬真は、自分のことをデータなのではないかと思っている。死んだら初期化されるデータだ。
「俄かには信じがたいが、確かに、頷けることもある。君はいくら走り込みをしても、全く体力がつかなかったからな」
「その節はご迷惑をおかけしました。でも、あの後俺は急に体力が増えた。プレッタさんも不思議がっていましたね。あれは、俺が体力を伸ばすと決めたから起きたことです」
プレッタが僅かに目を瞠った。冬真は頷く。
「俺は、ある程度、伸ばす能力を自分の意志で決めることができます」
「君が、とても変わった……違うな。おかしな奴であるということは分かった。それで、それを私に言うのはなぜだ?」
「俺は、必ず魔王を倒します。成長すれば、俺は魔王を倒すことができる。そして俺は元の場所に帰る」
冬真は言い切った。
「だから、プレッタさんに、協力してほしいんです。俺の成長のために」
プレッタが目を細める。じっと冬真を見つめて、得心した顔になる。
「……つまり、弱い魔物を重点的に狩って、数を稼ぎたいという話か?」
冬真は首を振った。
「違います。その逆です。実は、魔物を倒すのが必要な数は、敵が強ければ強いほど――そして、群れの数が多い方が、少なくなるんです」
ゲームシナリオはもう存在しない。その報酬であるべきだったアイテムも入手できない。ならば、どうするのか。答えは簡単だ。古来からゲーマーに伝わる、万能の攻略方法。
――レベルを上げて、物理で殴れ。
そのためには、プレッタの協力が必要だ。
* * * *
冬真は鉄の槍を、力いっぱい落とし穴の底、魔獣の頭に向けて叩き込んだ。断末魔の声が辺りに響き渡った。
冬真とプレッタの立つ場所を半ば囲い込むように掘られた、コの字型の落とし穴。その穴の底には、ジャイアントボアの死骸が3体転がっている。
冬真は、背後に置いていた、木を粗い格子状に組んだものをひきずって、落とし穴の底にナナメにかけた。二人で注意深く底まで降りて、ソリに死骸のうちの一体を載せて――これがかなりの重労働だ――今度はそれを曳いて、格子床を登っていく。登り切ったときには、二人とも汗だくである。
申し訳ない気持ちでいると、プレッタが笑った。
「そんな顔をするな。ジャイアントボアは肉も皮も牙も高級品だ。これ一頭で、十分おつりが来る」
午前中に肉納入のための獲物を狩って、午後に経験値のための狩りがしたい――そう言った冬真に、プレッタは首を振った。
「狩りの獲物が減ったら勘繰られる。狩った獲物を捨てていると知られれば、難民を連れて運搬させろという話が必ず出る」
そうして二人で相談してたどり着いたのが、奥地での罠を使った狩りだ。危険なため、滅多に人はやってこない。幸いにして、魔物の移動パターンはゲームとは変わっていないので、冬真であれば敵を避けて往復が可能だ。そして、慣れない人間が後をつけてきても、すぐに分かる。むしろ、魔獣が始末してくれるだろう。
午前と午後に罠を使って狩りをして、持ち帰るのは、午後に倒したうちの一体だけ。ジャイアントボアは常に群れで出現するが、危険な魔物であるため、生態を確実に知っている人間などいない。出会った人間は大抵死ぬからだ。
ジャイアントボアはアールバルで狩れる最高の経験値効率の魔物でもある。リーダーのレベルは17だったはず。
これまで一日2体狩っていた魔物が、一日6体狩れる。さらには群れ補正があるので、実質的に経験値効率は5倍近くに跳ね上がることになる。




