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絶望遊戯~ゲーム世界に絶望難易度アビリティをつけて転移した話~  作者: 長月透子
第一章 チュートリアル

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第二話

 真っ暗なPC画面の中央に、一行だけ文字が白表示される。


『このゲームは、必ず絶望するように設計されている。』


 それを眺めて、冬真は失笑した。いつもながら、チープな脅しである。

 和樹からもらったUSBメモリの中の実行ファイルをクリックすると、必ずこのメッセージが表示されるのだ。


 オルヴェインティアサーガ、副題が絶望遊戯。それが和樹にもらったゲームの名前である。ネットで検索してみても出てこないから、本当に誰かが趣味で作った程度のゲームらしい。


 ゲームを再開すると、画面中央に、暗い色の木材でつくられた大きな扉のCGが表示されている。その前にはプレイヤーが操作するキャラクターが佇んでいた。チープなのっぺりしたモデルも、すっかり見慣れてしまった。壁や床は全て石だ。


 和樹からゲームをもらってから三週間後。ようやく、攻略も終盤である。この先には、ゲームのラスボス、世界にスタンピードを引き起こし続ける魔王がいるはずだ。


 当然ながら、ゲーム開始時のキャラクリエイトで、成長二倍のアビリティをつけてここまで攻略した。アビリティ説明に絶望難易度と注意書きされていたのは伊達ではなく、序盤を乗り越えるのは大変だった。和樹にトゥルーエンドを見るための条件だと聞いていなかったら、投げていたかもしれない。


 チートツールを使うことも頭をよぎったが、そんなものを使うのは「負け」である。ズルをして無双をしても楽しくない。数えきれないほど死んで、途中からは意地にもなって、一手ずつ突き詰めていった。


 その甲斐あって、後半はサクサクの無双プレイである。その前の道のりがきつかっただけに、爽快感と達成感は半端ない。製作者の悪意に打ち勝った気分だ。――どうだ、やってやったぞ!レベルは自キャラも仲間キャラも99まで上げたし、負ける要素はどこにもない。あとは魔王を倒して、高笑いするだけだ。


 モデルはのっぺりだし、キャラクター絵も今一つ個性が感じられなかったが、そこは予算の関係だろう。同人ゲームにしては、かなり頑張ってる方なのではなかろうか。システム自体は馬鹿にするような出来ではなかった。詐欺のような高値を支払わせるわけでもないし、トゥルーエンドを見られなかったとしても、クソゲーとまで呼ぶのは評価を下げすぎという気もする。


 冬真は鼻歌を歌いながら、PC画面を切り替えた。ゲーム画面が消えて、チャット画面が現れる。フレンドリストの中で和樹はオンライン表示になっていた。冬真はにやにやしながら、和樹に画面共有を始めた。クリアの瞬間を堪能したいから、マイクとスピーカーはミュートだ。『天才って呼ぶ覚悟しとけよ』とだけテキストチャットを送って、また画面をゲーム画面に戻す。


 画面内の扉を開けると、部屋の奥で、キマイラみたいにいろんな魔物がくっついて融合した、オリジナリティのない姿の魔物が恐ろしげな咆哮を上げる。


 仲間のNPCキャラが3人、魔王に向かって駆け出していく。冬真もマウスとキーボードをカチャカチャやって、魔王を攻撃していった。数発当てただけで、魔王が悲し気な吠え声と共に倒れた。呆気ない最後だが、当然とも言える。


 このゲームは、レベルが1上がるごとに、ステータスポイントを2ポイントもらえる。冬真は成長率二倍なので4ポイント。つまり、冬真の育てたキャラクターは、成長率二倍を持たないキャラクターにしてレベル175相当のステータスを持っているのである。


 現在のビルドは純戦士だ。終盤になると、ステータス振りなおしの薬が作れるようになるので、爽快感のためにDPS(毎秒ごとのダメージ効率)に全振りしてある。勝負になるはずがない。


 そこで、画面右下にメッセージウィンドウがポップした。


『おいちょっと待て』


 和樹からのメッセージだ。


「待たない!トゥルーエンドカモン!」


 叫んで、冬真は画面をクリックした。すると、画面が突然真っ暗になった。冬真はワクワクしながら演出を見守る。

 そして、真ん中に白文字のメッセージが三行。


『魔王を倒したあなたに、女神ルキアより祝福が下されます』

『これより、エクストラシナリオを開始します』

『この遊戯は、必ず絶望するように設計されている』


 冬真は笑った。またこれか。よっぽど、開発者が気に入っているメッセージのようだ。


 ――よくあるブラフ、よくあるフレーバーテキスト。魔王を倒して神様から祝福をもらうのだって、全部テンプレ。数えきれないほども見てきた。それをいちいち疑って怖がるなんて、バカげてる。そうだろ?


* * * *


--Tomaが通話を開始しました


--Toma 9:26 PM

天才って呼ぶ覚悟しとけよ


--Kazu 9:28 PM

おいちょっと待て


--Kazu 9:28 PM

おい


--Kazu 9:29 PM

遅かったか

まあ、お前ならきっとクリアできるだろ


* * * *

【一日目・朝】


 それは何とも言えない違和感だった。

 鼻をくすぐる土と草の匂い。頬を撫でる温かな風。全身に感じるぽかぽかとした日差しのぬくもり。


 おかしい。おかしすぎる。土と草の匂いなんてものを感じるなんて、どうしようもなくおかしい。冬真は違和感に急き立てられるようにして、カッと目を見開いた。飛び起きる。いや、飛び起きたつもりだった。しかし、実際には、のろのろと身体を起こしただけの動作にしかならない。まるで全身に重りをつけられたみたいに、身体が重い。


 そして、冬真は目を瞬かせた。


「なんだ、ここは」


 目の前には、柔らかな日差しを受けて輝く、一面の草原が広がっていた。少し離れた場所には、ぴょこぴょこ動く動物の姿が見える。数メートル離れた背後には、林があり、広葉樹っぽい木々が茂っていた。そして、遠く、山々の稜線が見える。それの全てに、何とも言えない既視感がある。


 おかしな眺めだ。東京ならば、当然見えるべきビルの影や焼却場の煙突などが、何もない。何より――富士山が、見えない。360度見回しても、どこにも。


 ――そもそも自分は、これまで何をしていたのだっけ。恐慌状態に陥りそうな自分の思考を必死に落ち着けながら、冬真は考える。胃がぐるぐるする。気持ち悪い。


 何度思い返してみても、部屋でゲームをしていたのが、最後の記憶だった。ゲームのラスボスを倒した。そして、クリア後に表示された三行のメッセージを見た。


 着ているものも、おかしい。シンプルな――シンプルすぎる、寝間着のようなデザインの、生成りのごわごわした服だ。七分丈のシャツに、ハーフパンツ。パンツを止めているのはゴムじゃなくて、紐だ。麻だろうか、これは。腰には水袋のようなものが括り付けられていて、揺らすと、たぷん、と水が揺れる感覚が伝わった。そして、裸足。草の感触が、ちくちくする。まるで、ゲームで何の装備もつけていないキャラクターモデルのような恰好――そこまで考えて、冬真は、こわごわと周囲をもう一度見回した。


「うっそだろ……?」


 既視感の正体が分かった。冬真はこの景色を、PCの画面の中で、見た。『オルヴェインティアサーガ』のゲーム開始時――数えきれないほど画面の中で見たその光景が、今、冬真の目の前に広がっている。


 理解した瞬間、冬真は膝をついた。胃がひっくり返る。足元がぐらつく。口の中に、苦い唾液が一気に溢れている。――落ち着け。何かの間違いだ。これはきっと夢だ。もうすぐクリアできると思って寝たから、こんなおかしな夢を見たに違いない。異世界に転移するなんて、そんな夢見がちなことを考えるなんて、馬鹿か俺は。


 匂いも、空気も、何もかもが冬真に、これが現実であることを訴えかけてくる。それを必死に、感じないふりをする。息を吸って、吐いて、吸って、吐いて。意識して、緊張を逃していく。


 しばらくして、冬真はのろのろと立ち上がった。――普通の動作で立ち上がるつもりだったのに、もどかしいほどゆっくりとしか、身体が動かない。冬真は、あたりを見回してから、ごくりと息を呑んだ。林を周縁に沿って歩いていく。どうか、予想が外れていてくれと――祈るように思いながら。


 やがて、水の音が聞こえてきて、冬真は顔を歪めた。ほどなくして、幅数メートルの小川が、視界に現れる。水の流れは澄んでいて、流れもそこまで早くない。水を汲むのには十分だ。そのすぐそばには、細い木の枝が落ちている。何らかの衝撃で木から裂けたのか、先は危険なほど尖っている。


「ははは……こんなとこまで、ゲームと同じかよ……」


 冬真は、乾いた笑いをこぼして、木の枝を拾った。ずっしりと、重い。そんなに重そうには見えないのに、今の冬真には、まるで米袋かなにかのように重く、ともすれば手から力が抜けて取り落としそうになる。木の枝を半ば引きずるようにして、来た道を戻る。どこで目覚めたのか、目印などないけれど、冬真には正確に戻ることができる。何十回、何百回も、その光景を見てきたのだ。


 帰り着いて、枝を放り出して、座り込む。ほんの少し歩いただけなのに、ぜーぜー息が切れている。しんどい。目の前が暗くなりそうだ。そのまま、草の上に身体を投げ出して、空を見上げる。足の裏が、痛みと熱を持っている。普段裸足で外を歩くことなんてないから、皮膚が悲鳴を上げているのだ。


「どうしたもんかな……」


 もしここが、冬真の考えた通りの異世界だったら。そして、冬真自身が、冬真の考えている通りの状態だったら。――正直、どうすればいいのか、分からない。

 途方に暮れて、空を見上げるくらいしか、冬真にできることはない。正確に言うと、やりたいことがない。


「よし」


 とりあえず、寝よう。逃避でも何でもいい。枝を拾ってくるだけで、十分疲れた。疲れていたら、頭も働かないし、思考もネガティブな方向に行くものだ。寝たら何かいい案が浮かぶかもしれないし――現実で夢だったってオチで終わってくれるかもしれない。

 冬真はそう決め込んで、目を瞑ることにした。


 それに、もしも冬真の予想通りなら。一日無駄にしたところで、何かが変わるわけではないのだ。――どうせ、この先は地獄が待っている。


『この遊戯は、必ず絶望するように設計されている』


 クソみたいなフレーズが、瞼の裏に浮かんで、消えた。


* * * *

【一日目・夜】


 肌寒さに震えて、冬真は目を開けた。見たことのないほどの満天の星空が、視界を埋めていた。そのまましばらくじっとして、星空を眺める。知っている星座は一つもない。もっとも、冬真はせいぜい夏の大三角とオリオン座くらいしか覚えていない。受験によく出てくるのがその二つだからだ。


 冬真は、苦く笑った。

 ――受験。今の状況を思うと、この上ないほど現実感のない響きをもった言葉である。


 冬真は、身体を起こして、虚ろな眼差しで周囲を見渡した。

 半分欠けた月と星明かりが、草原の輪郭をほのかに浮かび上がらせている。――この光景も、何度も見た。


 確認するのは簡単だ。アニメで、マンガで、ラノベで。何度も見た。何度も読んだ、魔法の呪文。それを唱えればいい。


 喉が渇く。舌が、凍り付いたように動かない。確認してしまったら、もう、戻れない気がする。けれど、逃げていたところで、じきにやってくるのは死だ。飢え死にだ。すでに冬真の身体は空腹を訴えている。


「……ステータス」


 冬真は、喉の奥から言葉を押し出した。音もなく――視界いっぱいに、灰色の半透明なステータス情報が浮かび上がる。


 唐突に胃がよじれて、吐き気がこみ上げる。だめだ、ここで吐いては。冬真は、必死で這ってその場所から離れた。もはや方向も分からない。もがくように進んで、少し離れた場所でこらえきれなくなって、身体を折って、嘔吐する。とはいえ、こみ上げてくるのは胃液だけだ。生理的な涙と鼻水も垂れてくる。その間も、ステータス情報は、変わらず冬真の目の前にある。


 レベル1、筋力、体力、敏捷、器用、魔力。全て、1。所持アビリティは、成長率二倍。たったそれだけの、シンプルな情報。


 ――冬真は、異世界にいる。それも絶望的な難易度の。自分で選んだアビリティ。自分で、警告を無視してゲームを続けた。でも、誰が、こんなことがあるって思うんだ?


 クソみたいなゲーム。――クソみたいな、現実。


「ちくしょう……っ!」


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