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絶望遊戯~ゲーム世界に絶望難易度アビリティをつけて転移した話~  作者: 長月透子
第四章 アールバルの街

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第十九話

 解体外注を始めてから一週間がたった。

 

 経験値効率は2倍。収入効率は1.4倍。十分な成果である。今までのところ、素材をちょろまかされたことは一度もない。ネックがあるとすれば魔獣を門に運ぶ労力だが、ソリを使ってプレッタと交互に引いている。冬真の筋力も上昇しているので、そこまでの苦役というわけではない。


 もちろん、解体の成果物を引き取る際には、毎回うるさいほどのチェックは必要だ。露見する悪事には手を染めなくても、露見しないと判断すれば悪事を行うのが窮している人間というものである。


「そんなにびくつく必要はない」


 並べられた素材をチェックしながら、冬真は言った。相変わらずボルグは俯きがちでボソボソとしか喋らないのだ。やりとりがしにくい。


「罠の件は、すでにデルゼーム執政官とは話がついている」


 驚いたように、ボルグが冬真を見た。……なるほど、確かに、罠の強奪時に見た顔だ。あの時は、顔役の横でにやにや笑っていた。


「だからあの件であんたを咎めるつもりはない」


 老人の表情があからさまに緩む。


「だが、次は容赦しない。肝に銘じておくんだな」


 老人が慌てた様子でこくこくと首を縦に振るのを、冬真は満足して眺めた。


「よし、問題はない」


 冬真は成果物を数え終えて、頷く。手早く革にくるんでまとめていく。


「じゃあ、内臓は好きに処理していいよ」


 それから声をかけたのは、横でホクホク顔で立っている顔役に向かってだ。

 冬真たちが解体するときは、内臓は捨てていた。重さと得られる対価、そして腐敗の速度が割に合わないからだ。しかし、飢えている難民にとっては、内臓も立派なごちそうだ。


「いつもありがてぇ」

「うん、壁の横を使わせてもらってありがたいよ。みんな嫌がってないかな?」

「文句を言うやつがいたら俺らが懲らしめますんで」


 顔役はすっかり冬真とプレッタの狩りの恩恵に夢中になっているようだ。


「じゃあ、これを預けていくよ。こっちも内臓は好きにしていいから」


 そう言って、冬真は顎をしゃくる。枝の間に革を張った、簡単なソリの上に、大型魔獣が載せられている。今日の午後に狩った獲物だ。

 午後に狩った獲物の肉は、翌日の午前に獲った獲物と合わせて、夕方に成果物としてまとめて受け取ることにしている。


 既に陽はかなり傾いている。時刻は16時くらいだろうか。地面に長い影が伸びている。ここから解体を全てやるのは難しいが、傷みやすい内臓を抜くことくらいはできるだろう。


「お預かりします」


 顔役が満面の笑顔で頷いた。


* * * *


 冬真は、難しい顔で木板を眺める。


「また荷下ろしの依頼か?」


 強さがこの都市の適性レベルに近づいたので、そろそろアリエルのイベントをしたい。だから、傭兵ギルドでは、時々依頼を確認することにしている。

 その結果分かったことは、定期的な荷下ろしの依頼の発注元がいくつかあること。どれも、記憶に引っかからない名前であることだ。

 今日の依頼元は、以前にも話に出たことがある黄金の帆商会だ。


「これは特におススメしないぜ」


 いつもとは少しだけ違うレドムのコメントに、冬真は顔を上げた。


「きな臭い噂もあるし……、この商会の後ろ盾はデルゼーム執政官だって噂だ。万が一揉めたりしたら、お前の本業に差し支えるんじゃないか?」

「なるほど」


 それは重要な情報だ。解体の分業が安定した今、冬真としては、デルゼームにはできるだけ長く勢力を保ってもらいたい。新しい執政官と、また一から関係を構築するのは面倒だ。万が一、デルゼームより強欲な執政官が来ても困る。


 この商会の依頼を受けるのは、レベルアップが完了して、街を離れても良くなってからでいいだろう。

 冬真は、懐から銅貨を一枚出して、木板に添えて返した。レドムが満足そうな顔で頷く。


 プレッタによれば、冬真とプレッタが稼いでいることをレドムは知っているから、情報料をケチらないことが上手くやっていくコツなんだそうだ。


「それにしても、何だってそんなに荷下ろしの依頼を気にするんだ?全然稼げないだろ」

「探してる商会があるんだよ」

「何て名前だ?」


 レドムが身体を乗り出す。この街に長く住んでいるレドムは、人脈もある。情報を探してもらうのにはうってつけかもしれない。正直、麻薬を取り扱っている違法商会は覚えていない。しかし、アリエルの商会ならばわかる。


「海の至宝商会って言うんだけど」


 しかし、レドムは首をひねるだけである。


「んー、何か、聞いたことがあるような気がするな?どこでだったかな……」


 商人組合のお婆さんと、似たり寄ったりの反応だ。


「じゃあ、思い出したら教えてよ」


 そう言って、冬真はもう一枚、銅貨をカウンターに置いた。どうせ、急ぎではない。せっかく環境が安定したのだから、この街でもう少しレベルを上げるのも悪くない。

 レドムがにやりと笑って銅貨を懐に入れた。


「おう、任せておけ」


* * * *


 進展があったのは、そこから十日後のことだった。夕暮れ時に肉を持って訪れた冬真たちを、レドムは微妙な表情で迎えた。


「何?」

「いや、お前って……案外夢見がちなんだな」


 声には多少の憐憫と、呆れが混じっている。冬真は瞬いた。夢見がち。今までに言われたことがない、新鮮な単語だ。現実的すぎるとか、合理的すぎるとかは耳が腐るほど言われてきたのだが。


「どういう意味?」

「海の至宝商会って、癒しの歌姫アリエルが所属してた商会だろ?」


 冬真は目を瞠った。


「そう!それだよ!アリエルを知ってるの!?」


 カウンターの上に、身体を乗り出す。レドムが驚いたようにのけぞった。


「彼女はどこにいるの!?」


 ゲーム中のキャラの情報を知っている人物に会ったのは、これが初めてだ。絶対に逃せない。

 呆気にとられた様子のレドムが、眉を寄せた。訝しそうに冬真を見返す。


「どこって、そりゃ……、ルキア様のおひざ元じゃねぇか?」

「え?」

「第一次魔王討伐戦で死んだっていう悲劇の英雄の一人だろ?」


 冬真は言葉を失った。口を開けたまま、呆然とレドムを見返す。


「おとぎ話にもなってるじゃねぇか」


 冬真の驚きを知りもしないレドムが追い打ちをかけてくる。


「おい、どうした?」


 反応をしない冬真に、レドムがますます怪訝そうな顔になる。横から、プレッタの声がした。


「すまない。何か勘違いがあったようだな。少し落ち着かせてくる」


 プレッタに導かれるまま、冬真は傭兵ギルドの外に出た。通りには、夕暮れを迎えて家路を急ぐ町人たちが幾人も歩いている。

 傭兵ギルドの出口を横に避けて、プレッタが冬真に向き直る。


「プレッタさん」


 喉から絞り出した声は、震えていた。もしかしたら、眼差しも縋るようなものになっているのかもしれない。プレッタの表情が曇った。


「アリエルが、君の探していた人物か?」

「はい……。でも、第一次魔王討伐戦って」

「ああ。魔王と見えるところまでは迫ったらしいが……負けたと聞いている。だが、君にとっての問題はそこではないな。第一次魔王討伐戦は、今からおよそ百年前の出来事だ。……君は、百年前の時代からここに来たのか?」


 頭を殴られたような衝撃だった。冬真は、口をぱくぱくと動かした。喘ぎ声しか出てこない。


「……すみません。少し一人にしてください」


 ようやく絞り出せたのは、そんな言葉だった。プレッタを置いて、傭兵ギルドの裏手に回る。足元がふわふわして、おぼつかない。世界が根底からひっくり返された。

 傭兵ギルドの壁にもたれて、脱力する。そんな馬鹿な話があるのか?ゲームから、百年後。頭の中に、あらゆる感情が渦巻く。


 どれくらいそうしていただろうか。薄暮が少しずつ迫ってくる。

 冬真は、肩を揺らした。小刻みに。少しずつ大きく。やがて、哄笑する。バカバカしい。

 ――なんて、バカバカしい。


「は、百年後だって?ふざけやがって!」


 冬真は怒りをこめて吐き捨てた。


「それならスヴァイクもアリエルも、いるはずがないよなぁ!死んでるんだから!!」


 罵倒は、甘かった自分、ショックを受けている自分に対してのものだ。

 これは、悪意ある世界だ。この世界を設計した誰かは、冬真が絶望するのを愉しんでいる。


「絶望?いいぜ、上等だ。攻略してやる。俺は絶対に、この世界を攻略してやる。――俺は、天才だからな!」


 冬真は宙に向かって咆哮した。

 ――絶対に、絶望なんてしてやらない。


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