第十八話
行政官に面会の約束を取り付けることができたのは、傭兵ギルドに仲介を頼んでから五日後のことだった。
「呼ばれてホイホイ会うんじゃ権威に関わるって思ってるんだろ。奴らは勿体ぶるのが仕事みたいなもんだ」
とは、レドムの言である。
行政府は大きな建物だった。せわしなく人が行きかっている。ここも、老年に差し掛かっている職員が多い。
案内された執務室には、執務机の向こうで、尊大な様子のデルゼームが待ち構えていた。
「お前たちか」
デルゼームは、冬真たちを見て、鼻に皺を寄せる。
「私は忙しい。話を終えたら、さっさと出ていけ」
それだけ言って、手元の書類に視線を戻す。まともに取り合う気がないのは明らかだ。冬真は、まっすぐに机の前に歩み出る。今日の交渉は、冬真が受け持つ約束である。プレッタはおそらくデルゼームの心証がよろしくない。
冬真は、そっと、革袋を机の上に置いた。デルゼームは見向きもしない。
「まずは、こちらを。本日お時間を取っていただいたお礼と、過日にきちんとご挨拶ができなかったお詫びです」
わざとらしいほどゆっくりと、デルゼームの視線が移動する。
「ほお」
おもむろに、デルゼームが革袋を手に取った。中を確認して、鼻を鳴らす。そこには銀貨5枚が入っているはずだ。
「……まあ、よかろう」
頷いて、懐に革袋をしまい込む。
「それで、私に何の用だ」
声からは険が大分取れている。
「実は、難民に仕事を頼みたいのです」
デルゼームの眉が上がる。
「執政官が庇護しておられる難民に、解体を行える者がいたら、お貸しいただけませんか」
「ふむ」
「些少ではありますが、解体を手伝ってもらえた日数につき銀貨2枚を、難民への賃金を兼ねて、デルゼーム行政官にお礼として差し上げたいと考えています」
デルゼームの眉がぴくりと動いた。目を細めて、値踏みするように冬真を見上げる。銀貨2枚は、デルゼームが罠の強奪で得ようとした収入と同額だ。
ふ、と鼻息と共に、デルゼームが唇を嘲笑の形に歪める。
「足らんな」
冬真は沈黙した。意識して渋面を作る。眉間に皺を寄せて、悩んでいる様子の冬真を、デルゼームは急かさない。目の前に実った果実が、さらに熟すのを待っているのだ。
「……では、銀貨2枚と銅貨5枚で」
「解体の技能を持っている難民など、多くはないぞ」
すかさずデルゼームの抗議が入る。
冬真はたっぷりと考える時間を取った。焦れるほどの時間が必要だ。視線をじっくりと彷徨わせて、やがて、絞り出すように言った。
「ごもっともです。……では、銀貨3枚で。これ以上になると、街中の解体業者に持ち込む方が安くなってしまいます」
デルゼームが鼻を鳴らした。
「まあ、いいだろう」
「ありがとうございます!」
冬真はぺこりと頭を下げた。懐から、また別の革袋を取り出して、机の上に置く。こちらにも同じく、銀貨5枚が入っている。
「こちらはお礼です」
デルゼームの表情が、明らかに緩んだ。
「お前はなかなか見どころがあるようだな。家令に話をしておく。明日の朝、私の屋敷を尋ねるがいい」
「かしこまりました」
冬真は、頭を下げて執務室を辞した。
* * * *
冬真は、ときどき、太陽の高さから時間を計算する。ただのお遊びだ、地球で学んでいたという事実を思い出すための。
街の上の太陽は、すでに登り始めていた。壁の高さと、地面に落ちた影の長さのおよその比を目算すると、現在の高度は30度くらい。太陽が30度移動するのにかかる時間は2時間だ。6時から18時までが日照時間だと仮定すると、つまり、現在は朝の8時ということになる。
この世界では地軸が傾いていないようで、つねに太陽の南中高度が同じで、季節も変わらない。地球でないことだけは確かだ。
「こいつらが、解体できる奴らでさぁ」
冬真は、壁の影から、難民の顔役の老人――罠強奪の際に見た顔役とは別人だ――に視線を戻した。
彼が指し示す先には、ぼろきれを纏った難民が、三人並んで立っている。左から、年若い――まだ子供の少年と、老人が二人。右端の老人は、冬真たちを見た途端に、顔色を変えて俯いた。
「どの者にしますか?左から、狩人の息子、肉屋の爺、元狩人の爺です」
左端の子供と、中央の老人が、期待を込めて冬真を見つめている。右端の老人は俯いたままだ。
冬真は少しだけ考えた。ちらりと横のプレッタを見やる。彼女は腕を組んだきり、静観の構えだ。冬真に任せてくれるらしい。
「少し、話をしても?」
「もちろん、どうぞ」
冬真が向かったのは、右端。俯いている老人だ。
「名前は?」
冬真が声をかけると、老人がびくりと身体を揺らす。ちなみに、難民に対して敬語は使うなとプレッタにあらかじめ注意されている。雇用主として、舐められてはいけないらしい。
「……ボ、ボルグです」
「以前は何を?」
「……狩人です」
ボソボソとした声で、実に聞き取りにくい。
「その爺さんは、足が不自由なんですよ。だから、狩りの同行は難しいんじゃないでしょうか」
はきはきと言ったのは、左端に立っている子供だ。
「なるほど」
冬真は頷いて、顔役に向き直った。
「ボルグにする」
子供と中央の老人の顔が失意に染まる。
「いいので?」
「ああ」
ボルグは喜ぶということもなく、身体を震わせると、ぺこりとお辞儀をした。
「で、ここからは君に相談なんだが」
冬真は顔役に近づいた。
「壁の横で彼に解体をさせたいんだ。構わない?」
そう言いながら、冬真は、懐から取り出した数枚の銅貨を、顔役に握らせた。とたんに、顔役の表情が緩む。
「ここは誰の場所ってこともないですからね。もちろんですとも」
冬真は微笑んだ。
「そう言ってもらえるとありがたいね。ボルグ、今日のあんたの役目は門の前で待機して、俺たちが運んだ獲物を解体することだ。素材をちょろまかさずにな」
「へい」
老人が頷く。残りの二人が羨ましそうな顔になる。狩場にも同行しなくていいのなら、危険のない、実入りのいい仕事だ。
「デルゼームの旦那の仕事を誤魔化すような奴はここにはいませんよ」
顔役の男が心得たように請け負った。この分なら、ある程度監視もしてくれるだろう。
「だといいんだけどね。じゃあ、俺たちは行くよ」
笑顔の顔役に見送られて、プレッタと二人で、狩場に向かって街道を歩く。
「あの老人を選んだのはなぜだ?」
プレッタは不思議そうな顔だ。
「理由はいくつかあります。最大の理由は、彼の足が悪いことです」
「それは欠点ではないのか?」
「いいえ。明確な長所です。俺たちにとってですけどね」
冬真は言い切って、ちょっとだけ笑ってみせた。
「足が悪ければ、簡単に他の街には行けません。デルゼームに睨まれたら、彼はおしまいです。狩り自体も見られたくないので、門の前で大人しく解体をしてくれるであろう彼は、理想的な人材ですよ」
小金のために素材をちょろまかせば、簡単に死が待っている。顔役の庇護を失ったら、賃金も略奪されるだろう。
しかし、プレッタは納得のいかない顔だ。
「だが、彼はおそらく……」
「あの件に関わっていますね。たぶんですけど」
冬真はプレッタの言葉の先を引き取った。プレッタが目を瞠る。
「分かっていて選んだのか?」
「もちろんです」
冬真は笑みを浮かべた。あの件。半年前の、罠の強奪事件である。
「彼が足が悪いのにも関わらず生き残っているのは、罠の強奪には関わっても、利用には関わらなかったから。つまり、彼は、難民たちの罠猟が危険であることを悟って参加しなかった。もしかしたら、罠猟を止めていたのは彼かもしれませんね」
プレッタが眼差しで先を促してくる。
「魔獣の危険を知っていて、ましてや足が悪いのであれば、俺たちの狩場に頭を突っ込んできたりすることは万に一つもありませんよ」
その観点から、子供は真っ先に外した。子供とは、向こう見ずな生き物と相場が決まっているからだ。
「それに、罠を奪うような奴なら、何かのはずみで死んだとしても心が痛みません」
空腹に耐えかねて、と涙ながらに命乞いをする子供の命を奪う自信は、冬真にはない。だが、既に一度悪事を働いた相手がもう一度悪事を働いたなら、話は別だ。必要なことだと割り切れる。
「……君は、恐ろしい奴だな」
プレッタは言葉とは裏腹に面白がるような顔になっていた。




