第十七話
「ひどい顔色だな。眠れなかったか」
冬真はプレッタを見返した。女傭兵はすっきりとした顔をしている。冬真と違って、眠れなかったということはなさそうだ。
「君は難しく考えすぎだ。彼らは危険を承知の上で行動したのだ。対価を得られる可能性だってゼロではなかった」
冬真は苦く笑う。対価を得られる可能性はゼロではなかった。――いずれ失敗して命を失う可能性が、100%だっただけである。
「そうですね。そう思うことにします」
そうしないと、やっていける気がしない。
「……プレッタさんは、どうして俺に協力してくれるんです?」
女傭兵がいなければ、冬真はとっくに何度か死に戻ってレベル1からのやり直しを余儀なくされている。このドライな――徹底的に合理的な傭兵が冬真を手厚く助けてくれる理由が、どうにも冬真にはわからない。本当はゲームシステムのキャラなんじゃないのか?
琥珀の瞳が、静かに冬真を見返した。
「君はルキア様の思し召しでこの地にやってきたんだろう?」
「詐欺の代名詞だって言ってたじゃないですか」
たったそれだけのことで、こんなに長期間、傭兵としての収入を下げてまで、新米の戦士を鍛えてくれる人物像が、プレッタのイメージとは重ならないのだ。シナリオの強制力ではないのか。
プレッタが苦笑する。
「そうだな、私らしくないかもしれないが。……まあ、試してみてもいいと思ったのだ」
「試す?」
「ああ。私の村は、五年前のスタンピードで全滅したんだ。だから、ルキア様が選んだ君に賭けてみようかと」
プレッタの声は、内容の重さのわりにからりとしていた。ここではないどこかを見つめる表情は柔らかい。
プレッタは、冬真に視線を移すと、悪戯っぽく笑った。
「私だって、無条件に君に協力しているわけではない。やる気がなかったり、成長が見込めないようなら、さっさと見捨てようと思っていた」
冬真は首を竦めた。確かに、最初の頃はプレッタはそんな雰囲気を漂わせていた。それで、冬真は真っ先に体力を12に上げたのだ。けれど、冬真が弓術を必死になって習得したあたりからは、そんな不穏さは全く感じなくなった。
「それで? どうする。また罠を使うのか?」
冬真は首を振った。
「賢明な判断だ。あの行政官は金ヅルが減ってさぞや怒っているだろう。意地になって使用料を徴収しようとするはずだ」
プレッタが立ち上がって伸びをする。
「では、行こうか。今日はレドムに肉を持って行ってやらないといけないからな」
冬真も立ち上がって伸びをする。
他人の責任まで負う義理はない。冬真は胸の中で呟く。冬真としても、生き抜くので精いっぱいだ。
――さっさと強くなって、こんなクソゲーとはおさらばしてやる。
魔王を倒す。冬真を手伝ってくれた、プレッタのためにも。
* * * *
地面に広げた革の上に、街で購入した接着剤を木の器に移しかえたものや、魔獣から取っておいた腱や角を、整然と並べていく。
それから、冬真の腕は、よどみなく動いて、目当てのアイテム――複合弓を作り出していく。
現在のレベルは18。アールバルの街に滞在して、3カ月ほどだ。器用が30を越えたので、複合弓の作成にチャレンジすることにしたのだ。
現在のステータスは、筋力14、体力14、敏捷12、器用30、魔力3。罠猟ができないため、魔力よりも狩りの最適化が優先だ。それでも、少しずつ魔力を上げることにした。魔力に全振りしてしまうと、プレッタの目には冬真の成長が止まっているように見えてしまう。
「器用なものだな」
横で見ていたプレッタが、感嘆の声を上げる。プレッタにも複合弓を作成することを条件に、一日時間をもらった。実際には接着剤を乾かしたりだとか、たぶんもっと複雑で時間のかかる工程がある。しかし、多くのゲームと同じように、オルヴェインティアサーガでも工程は簡略化されている。
「本当ですよね」
「他人事のような感想だな」
あながち間違いでもない。実際に、これは冬真が自分で行っている作業ではない。ゲームのシステムの賜物である。
黙々と作業を終えて、まずは一つ。難なく完成して、冬真は息を吐いた。陽は中天にかかっている。
「ふむ。君は弓職人になったほうがいいぞ。前線で作ったら領主お抱えになれるだろう」
できあがった複合弓を検分していたプレッタが頷く。
「それだと魔王を倒せませんから」
冬真は、新しく材料を並べ直す。改めて、集中だ。材料は無駄にできない。魔獣の腱や角はともかく、接着剤はそこそこ高かった。魚から抽出もできるが、ゲームと違って、この世界には器材を入手しても安全に置いておける場所が存在しない。
何より、材料の調達などに無駄な時間をかけたくない。複合弓を作ったのは、アールバルでは売られていなかったからだ。有能な弓職人の多くが、前線に移動したのだと聞いている。
「それなら、こういったものを作れることは隠しておいたほうがいいぞ。武器職人はどこの商会も欲しがる金の生る木だ。余計な災いを招く」
プレッタの言葉に、冬真は頷く。アイテムや罠を作っても、奪われることがある。冬真はそれを、手痛い教訓として学習していた。
* * * *
一直線に飛んだ矢が、吸い込まれるように、岩陰にいるトカゲの頭部に突き刺さる。一瞬の硬直ののち、痙攣して、魔獣は死んだ。
複合弓に切り替えた効果は明らかだった。器用が30を越えた時点で、一日に一体は確実に倒せるようになっていたが、複合弓に変えることで、さらに半日で一体が狩れるようになった。解体を残りの半日で済ませることができるから、毎日一体の獲物を狩っている。
冬真はステータス画面を眺めて、息を吐いた。そこにはレベルアップの文字が表示されている。手早く操作して、ステータスを上げる。ようやくレベル20。筋力14、体力14、敏捷14、器用32、魔力7。魔力を度外視するなら、ステータスとしてはレベル18相当だ。狩りもきつくなくなって当然である。
アールバルの街にやってきてから、5カ月。門番ともすっかり顔見知りになったし、商人組合にも、「凄腕の狩人」として認識されている。収入も結構な額だ。プレッタも、彼女一人で稼ぐよりも安全マージンも収入も上がっていると満足そうに言っていた。ようやく足手まといを脱してきた感がある。
順風満帆と言っていい。だが、改善点はある。
「人を雇いたい?」
プレッタが眉をひそめる。
「無理ですかね?」
冬真は、解体の手を止めることなく、プレッタに問い返す。
「今の私たちの収入なら、不可能ではないだろう。だが、何のために雇う?」
「解体職人を雇いたいんです」
冬真が言うと、プレッタが目を細める。
「なるほどな」
大型魔獣の解体には時間がかかる。敏捷14、器用30の冬真をもってしても、数時間は消費してしまう。しかし、解体を他人に依頼できるなら、一日に二体の獲物を狩ることができる。経験値効率は二倍だ。
「リスクを取るだけの価値はあるか」
プレッタは、顎を人差し指でトントンと叩いていたが、やがて頷いた。
「ではレドムに話をするか?」
「レドムさんにも話はするんですが……俺に考えがあるんです」
「ほう?」
「デルゼーム行政官に、難民の紹介を依頼するのはどうでしょう」
プレッタが目を見開く。次いで、にやりと笑う。
「面白い」
「難民へ払う給料は、デルゼーム行政官に支払うんです。そこから何割を彼の取り分とするかは彼次第です」
行政官と遺恨を抱え続けているのは、どう考えてもリスクだ。これまでは何事もなかったが、これから先もそうであるとは限らない。行政官が強欲であるならば、二人が行政官にとって貴重な金ヅルになれば、逆に守ってくれるはずである。
「難民を使おうと思ったのはなぜだ?奴らは飢えているから、リスクが高いぞ」
「リスクがあるのは、市民だっておんなじです。行政官経由なら、継続収入を約束された難民が、危険を犯して裏切るリスクは減るでしょう」
なんと言っても、冬真たちは流れ者だ。市民が偽証をしたとき、冬真たちが不利になる可能性がある。難民なら冬真たちが処分をしても問題がなく、また難民もそれを自覚しているはずだ。
「違いない。いいだろう。この後、レドムに話をする」
プレッタが頷く。
「君も、大分染まってきたな」
「プレッタさんの指導の賜物ですね」
「誇ればいいのか分からんな」
目の前には、相変わらずのグロ画像が広がっている。この光景とも、ようやくお別れできるのかもしれない。




