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絶望遊戯~ゲーム世界に絶望難易度アビリティをつけて転移した話~  作者: 長月透子
第四章 アールバルの街

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第十六話

 落とし穴への誘導作戦は、確実に効率と安全性を上げた。設置場所は、街道から少し離れた場所。ゲームで愛用していたポイントだ。ここは獲物を遠くから誘導できるのに、他の敵のアグロ範囲には入らない。


 狩りは、朝から決まったポイントを巡回して、獲物を見つけたらその場で狩る。罠の設置ポイントは朝一番に回って、獲物を探すようになっていた。


 常に落とし穴に誘導できる場所に獲物がいるわけではないので、使えるのは数日に一度だが、その場所での狩りは半日もかからなくなった。解体に時間を割くことができるので、一日に最低一体は処理できる。


 ちなみに、槍は穂先だけ鍛冶屋で買って、柄の部分は冬真が作った。器用に穂先をはめ込む冬真に、プレッタは呆れた顔だった。


「君は罠に有用なポイントを見つけるのがうまいな」


 プレッタは感心したように言う。冬真は少しだけ胸を張った。ようやっと、ゲームの知識でプレッタに自分の有用性を示せた気がする。


「見つけるのもうまい、って言ってくださいよ。他の場所にも作れば効率が上がると思うんです」


 あといくつか、設置できる場所には心当たりがある。プレッタが苦笑する。


「確かにな。2体狩れれば設置の労力は報われるか」


 罠の設置は、プレッタと冬真の二人がかりで丸一日かかるが、再利用もできるし、使わない手はない。


 いつものように、夜明けとともに、落とし穴に向かっていたときのことだった。冬真は眉をひそめた。街道のむこうに、人の影がある。それも一つや二つではない。最低でも、五つ。


 すっと、何気ない仕草でプレッタが剣に手をやった。臨戦態勢だ。冬真も槍の穂先を下げる。


 歩いていくうちに、冬真はどんどん顔が強張るのを感じた。集団が立っているのは、罠を設置したポイントに向かって、街道を外れる地点だ。


 こちらに向けて先頭に立っているのは、きちんとした服を着こんだ男性だ。ここらには珍しく、まだ若い。その横には、門番と似た格好の武装した兵士が立っている。こちらは初老の男だ。


 そして、その背後に、薄汚れてボロボロの難民たちが十人ほど。老人もいれば、女性や子供もいる。初日に魚を売っていた子供の姿もあった。彼らは一様に薄笑いを浮かべて冬真たちが近づくのを待っていた。


 プレッタが、その手前で街道を折れようとする。


「待ちたまえ」


 先頭の男が声を上げる。プレッタが足を止めて、顔だけを男に向ける。


「何か?」


 男の瞼が、不快そうに痙攣した。


「君たちは何者かね?」

「傭兵だ」

「ここで何を?」

「依頼である肉の継続納入のために狩りをしようとしているだけだ。そちらは?」


 ふふん、と男が笑って胸を逸らした。


「私はアールバルの行政官、デルゼームだ。実は、この者たちから、陳情を受けてな。何でも、この者たちが苦労して設置した罠を、武力をいいことに強奪して使用している者たちがいると」

「なっ……」


 思わず声を上げそうになる冬真を、プレッタの手が制した。


「初耳だ。そんなものがあったのか?」


 デルゼームの瞼が、再びぴくりと痙攣した。


「とぼけるつもりか?」

「心当たりがないな。これだけ広い場所だ。気づかなくても当然ではないか?」


 プレッタの答えはよどみない。デルゼームが鼻を鳴らした。


「ふん、まあいいだろう。これからは、きちんとこの者たちに使用料を払え。そうでなければ略奪の罪に問うことになる」

「使用料は、一日につき銀貨2枚だ」


 にやにやと笑いながら、背後に立つ難民の一人が口にした。位置取りから、難民たちのリーダーらしい。

 銀貨2枚。罠を使いたければ、収入の一部を払えということらしい。

 プレッタが低い笑い声を上げた。


「何の話か分からないな。私たちは罠など使わなくても狩りができる。……行くぞ、トーマ」


 プレッタが踵を返す。トーマも女傭兵の後を追って、アールバルへと道を逆行する。冬真の胸の中には、恐ろしいほどの憤りが渦巻いている。


「プレッタさん!」


 冬真が抗議の声を上げても、プレッタは足を止めない。彼女が足を止めたのは、アールバルの街門のすぐ近くまで戻ってからのことだった。


「落ち着いたか?」


 冬真はむっつりと唇を引き結んだ。確かに、頭に上っていた血は、歩くうちに少しは下がった。それでも胸には巨大な不快感が渦巻いている。


「困ったやつだな。感情は封じ込めろと言ったはずだぞ」


 そう言いながらも、プレッタに責める様子はない。悪戯っぽく微笑んでいる。


「どうだ?いい経験になっただろう」

「……はい」


 冬真は、不承不承頷いた。


「プレッタさんは、こうなることが分かってたんですか?」

「それはな。毎日肉を持ち帰る傭兵がいたなら、いい稼ぎ方があるのではないかと勘繰る人間が出るのは当然だ。難民は特に飢えている」

「……プレッタさんは悔しくないんですか」

「君は悔しそうだな」

「せっかく作ったのに。いっそ、あの場所に魔獣を誘導してやればよかったのでは?」


 プレッタが眉を上げる。


「君は案外過激派だな。一歩間違えたら反逆罪に問われるぞ」

「実際にやったりしません」

「そうしてくれ。巻き添えになるのはごめんだからな。それに、わざわざそんなことをする必要はない。まあ、見ていろ」


 プレッタが、方向を変えて歩き出す。向かうのは、アールバルの街だ。納入するための肉はまだないのに。


「プレッタさん?」

「しばらくは、街の中の仕事を受ける」


 冬真は、目を瞬かせた。


「効率が悪いのでは?」

「時には効率よりも安全を取らなければならないこともある。入市税は必要経費として割り切るしかない。おそらく私たちに今必要なのは、金ではなく、冤罪を避けるためのアリバイだ」

「アリバイ……」


 プレッタの琥珀の瞳には、冬真の眼には見えないものが見えているようだった。


* * * * 


 傭兵ギルドに入ると、いつも受付に座っている壮年の男性――レドムというらしい――が、驚いた顔になる。朝の早い時間にギルドを訪れたのは、この街に来た初日以来だ。


「どうした?」

「すまない。肉の継続納入は少しの間停止させてくれ」

「何か問題があったのか?」


 そう言って、レドムがプレッタと冬真の全身をじろじろと眺めた。


「怪我をしてるって風じゃないな」

「デルゼームという行政官を知っているか?」


 プレッタの問いに、レドムは分かりやすい渋面になった。


「小金を稼いでる小物だな。お偉いさんの血縁だとかで大きな顔をしてるよ。難民の奴らから賄賂を取って便宜を図ってやがる。採集依頼をあっちに回すよう圧力をかけてきたのも奴だ。……まさか、揉めたのか?」

「心配するな。盾突くような真似はしていない」


 レドムが大きなため息を吐く。


「だが、少し厄介なことになるかもしれない。しばらくは街中での依頼を受ける。最低限、宿代を稼ぎたい」

「ま、人手不足だからな。肉の納入に比べりゃ稼げないが、宿代くらいはいけるだろう」


 レドムが提示した依頼を、プレッタが眺める。


「あの」

「ん?」


 レドムが冬真に視線を寄越す。


「これ、依頼してる商会を教えてもらっても?」


 冬真は荷下ろしの依頼を指さした。ゲーム中に出てきた違法商会の名前を冬真は覚えていないが、聞けば分かるかもしれない。


「ああ、これは黄金の帆商会の依頼だな」


 聞き覚えのない商会だ。ということは違うのか?


「何だ、その依頼をやりたいのか?」

「あー……、割はいいけどオススメはしないぞ。あんまりいい噂を聞かないところだ」


 レドムの言葉は、ゲーム中のスヴァイクのセリフと重なった。やはりここなのか。

 冬真は迷う。やがて、首を振った。


「いえ。違うものにします」


 まだ、冬真は弱い。違法商会なんてものには、もっとレベルを上げてから挑むべきだ。それに、プレッタの様子からして、このままでもなんらかのイベントが起きる可能性が高い。無理に短期間にクエストを詰め込む必要はどこにもなかった。


* * * *


 プレッタが熟考の末に選んだのは、商人組合の輸送護衛だ。


 明け方に荷車に荷物を詰め込んで、その横を歩き、目的の商会に着いたら荷下ろしを行う。戦闘が起きる可能性はほとんどない、抑止力としての任務らしい。それでも商会の荷車は決まった時間に移動するから、警戒は必要だそうだ。特に、高級品を運ぶ場合は必須なのだという。


 夜は、アールバルにある一番安い宿に泊まった。本当に久しぶりの寝台だ。アヴダール村の環境がいかに素晴らしかったかがわかる。


 しかし、ここでも、交代で寝なければならなかった。実際に、冬真が起きているときに、ドアの向こうでしばらく気配が留まっていたことがある。冬真が剣を手に取ると、慌てた様子でいなくなったが。


 そんな生活を続けて数日後のことだ。その日の依頼を終えて報告のために傭兵ギルドに戻ると、薄ら笑いを浮かべたレドムが二人を迎えた。


「よう、厄介ごとが起こったぞ」

「そうだろうな」

「毎日朝から夕方まで商人組合の仕事を受けてる、って言ってやったら、奴さん目を剥いてやがったぜ。すっとしたわ」

「あそこは領主の直轄だからな。一役人では手が出ないだろう」


 笑顔で会話する二人は上機嫌で、日本ならハイタッチでもしていそうな雰囲気だ。

 冬真は首を傾げた。


「何があったんですか?」

「まあ、一言で言うなら大惨事だな」


 レドムが肩を竦めて言う。言葉とは裏腹に、その口調は陽気だった。


「気になるなら見てくればいい。ついでに肉を獲ってきてくれよ。組合から肉はまだか?ってせっつかれてるんだよな」

「今日の狩りはもう無理だぞ」

「そりゃそうだな。ほれ、俺からの奢りだ。いいモン見せてもらったからな」


 そう言って、レドムが銅貨を一枚投げて寄越した。


「これでは入市税には遠く及ばないな」

「薄給の受付に無茶を言うなよ」


 レドムが大げさに肩を竦める。プレッタが、冬真に視線を寄越した。


「では、せっかく奢ってもらったことだし、見に行こうか。もう宿を取る必要もないしな」

「じゃ、明日は肉をよろしくな」


 背後では、レドムがひらひらと手を振っている。


* * * *


 出口専門の街門から外に出て、冬真は身体を揺らした。


 罠ポイントに続く街道に出るところで慌ただしく人影が行きかっている。その手前には、長さがまちまちの物体が並んでいた。夕日が、それらから地面の上に影を引き伸ばしている。


 並んだものが何かを視認して、冬真は足を止めた。――全て、死体だ。長さがまちまちなのは、頭がない者もあれば、足がないものもあったから。どれも血まみれで、ぼろぼろの衣服を着ている。難民たちだ。


 プレッタが冬真を振り返って、足を止める。


 街道の向こうから、また一つ死体が運ばれてきた。兵士が二人、両端を持って運んでいる。小柄な、まだ子供の。――あの、魚売りの少年だ。それをまた地面に並べて、運んだ兵士たちは街道の向こうに消えていく。


「いつまでそうしている?」


 プレッタの声に、冬真は肩を揺らした。冷静なプレッタの瞳が、冬真をじっと見つめていた。

 冬真は、直感した。


「プレッタさんは、こうなることを知っていたんですか?」

「ああ」


 プレッタは微塵も動揺を見せることなく頷く。彼女が何の葛藤も――良心の呵責も覚えていないことは明らかだ。


「行政官を動かした以上、彼らは報酬を用意しなければならない。そして、彼らは罠で狩りをする私たちを見ている。我慢できるはずがない。獲物を誘導する技術も、止めを刺す技術も道具も足りない。当然の結果だ。むしろ、ずいぶん時間がかかった。難民にも賢明な人間がいたようだ」


 一つ一つ、数え上げるようにプレッタは説明していく。


 冬真は拳を握りしめた。理屈では分かる。頭では分かる。プレッタは正しい。難民は、冬真たちから罠を奪い、魔獣から命を奪おうとした。そして、失敗して命を奪われた。当然の報いだ。


「これは彼らの選択の結果だ」


 プレッタが非情な結論を告げる。


 しかし、冬真の頭は、同時に、一つの真実にもたどり着いていた。冬真が罠を作ろうと提案しなければ。こんな惨劇は起きなかったのではないか?


 問題がないわけではない、と答えたプレッタの表情。あのとき、冬真がもう少し深く考えるか、問い質していれば、この事態は防げたのではないか。


 冬真が直接殺したわけではない。――だが、間接的に殺した。


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