第十五話
次に向かったのが、商業組合の向かいの建物だ。壁には交差した剣の紋章が刻まれている。ゲームで見た、傭兵ギルドの建物である。
中に入ると、カウンターには壮年の男性が座っていた。
「ああ、プレッタじゃないか!」
男はプレッタを見るなり、顔を輝かせた。どうやら顔見知りらしい。
「いつ戻ったんだ?」
プレッタも微笑んで答えている。
「今朝戻ってきたばかりだ」
「しばらくはこっちで活動するのか?」
「そのつもりだ」
「それはありがたいな。手が足りてないんだ」
男は眉を下げている。
「最近はどうだ?」
「相変わらず良くないな。外は難民だらけで治安に問題があるし、街の中も……」
プレッタが眉を動かした。
「なんだ?何かあるのか?」
「どうも、麻薬が出回ってるらしい。どこの組織がやらかしているのかはまだ分からないんだが」
どくりと、冬真の心臓が音を立てる。麻薬の密貿易。アリエルのイベントだろうか。
「ま、傭兵の仕事はこなしきれないほどあるわけだから、ギルド職員としては絶好調だって言うべきなのかもしれないがね……」
男が肩を竦めて苦笑した。
「で、この坊主は?」
「ああ。新しく傭兵として登録したい。保証人は私だ」
「ほぉ」
男が、じろじろと冬真を検分するように眺めた。
「こう見えてなかなか強い」
「お前さんの推薦なら問題なかろう」
男は、カウンターの下に潜り込んで、新しい木板を取り出した。手に取ったのは鉄筆だろうか。
「名前は?あと、戦闘特技も」
「トーマ。特技は弓」
男が眉を上げる。
「それだけか?」
飛びぬけているのは器用だけだ。他の武器技能は、特技と言えるほどでもないはずだ。
しかし、横からプレッタが口を出す。
「短剣や剣、盾もそれなりに使える。教えたのは私だからな」
「そりゃいい。書いとくぜ」
プレッタがトーマに一瞥をくれた。
「できることは全て申告しておけ。受けられる依頼が減るぞ」
なるほど。ゲームと違って、依頼時にプレイヤーのスキルをチェックしてくれる仕組みなどはないのだから、考えてみれば当然である。
……それにしても、プレッタがいなければ、冬真はあっという間に路頭に迷いそうだ。それくらい、ゲームとこの世界の社会の仕組みには、隔たりがある。
「今ある依頼を知りたい」
「トーマが弓術士なら、肉納入の継続依頼を受けてもらえると助かるんだが」
「それは受けようと思っていた。ほかに並行して受けられる依頼はあるか?」
男がうなりながら木板をひっくり返す。
「ううん、あとは荷下ろし、護衛、警備だな。どれも街の中か、拘束時間の長いやつばかりだ。魔獣の調査依頼もあるにはあるが、位置が遠いからな」
荷下ろし。再び冬真の心臓が音を立てる。ゲームのイベントか?いや、でも。
「どうした?」
男が冬真の視線に気が付いて問いかけてくる。
「……いえ、なんでも」
冬真は迷った末に、口を出すのをやめた。まずはレベル上げだ。まだアリエルの商会も見つからないし、急がなくてもいいはずだ。
――悲しみと怒りに燃えた、強い眼差し。人の命を奪った感覚と、首を切り離す手応え。対人戦闘は、たった二日前の出来事だ。まだ記憶は生々しい。
違法商会との戦いは、当たり前であるが、新たに人を殺すことになる。アリエルと会えるかもわからない状態で進めたいとは、どうしても思えなかった。
「採集依頼などはないんですね」
その代わりに、冬真は頭に浮かんだ疑問をそのまま口にした。
キノコや木の実なども、それなりに消費するはずだ。あとは魚なども。
男が顔をしかめる。
「それは難民ども向けだな。街の外を見ただろう。奴らだって生きていかなきゃなんねえんだよ」
声には少しだけいら立ちがこもっていた。
「分かっている。トーマは遠くから来たから、まだ事情がよく分かっていないんだ。ただの疑問だろう」
プレッタのとりなしで男が肩を竦めた。
「で、保証金は払えるか?一人銀貨一枚だ」
冬真は目を瞬かせた。保証金とはなんだろう。プレッタは冬真の了承も得ずに、銀貨二枚を男に渡した。冬真は悲鳴を飲みこんだ。これで、冬真の所持金はほぼゼロである。街に戻ってきても、入ることができない。
男は、冬真たちの目の前で、薄い小さな木の板にナイフで何事かを削り付けて、二つに音を立てて割った。二枚分。
「ほらよ」
男が、プレッタと冬真、それぞれに割った片割れを渡してくる。
「革にくるんで持っておけ。これを入り口の門番に渡せば、入市税の免除を受けられる。ただし有効なのは明日からだ」
冬真はしげしげと、渡された木片に見入った。
木片は木目がしっかりと出ている。そういう種類の木なのかもしれない。力任せに割られた断面は不規則でぎざぎざしていて、気を付けて扱わないと怪我をしそうだ。おそらく、門番が割符の木目と断面が合うかを判断する仕組みだろう。
「十分な量の肉を納入すれば、保証金なしで再度使用できるようになる。しっかり頼むぜ」
冬真は頷いた。
肉は腐るから、どうしても頻繁に街に運び込む必要がある。そのネックとなる入市税を緩和してくれるシステムのようだ。ありがたい。
* * * *
アールバル周辺の敵のレベル平均はおよそ15だ。冬真の今のレベルと同一であるが、クソアビリティのせいで、冬真はまだステータス合計値が低い。魔力を死にステータスにしているとしても、通常プレイヤーに換算してレベル11相当だ。
キャルカルの敵のレベル平均は10だったから、ゲーム中の冬真はレベルをそこで上がる上限近くの20に上げてからアールバルに移動していた。そこまで上がれば、ステータスも通常プレイヤーに肉薄する。だから戦闘にも余裕があった。
しかし、ここでは、プレッタの意向がすべてである。冬真としても、キャルカルで逆恨みの末に襲撃されて、無駄に人を殺すようなことは避けたい。――システムがそれを望んでいるのだとしてもだ。
だから未熟な状態で移動することに異存はなかったが、予想以上にきつい。命中率は敵の敏捷と自分の器用で計算されるわけだから、冬真が重点的に上げた器用もそこまでのアドバンテージにはならないのだ。一日に一匹、狩れるかどうかである。狩れても解体に時間を取られる。効率はキャルカルに比べて、かなり低下していた。
「罠?」
プレッタが首を傾げる。
「はい」
冬真が頷く。
「誘い込んで倒す方が安全だと思うんです」
「考えているものはどのようなものだ?」
「基本は落とし穴で、そこで誘導する形です。動く範囲が限定されれば、弓の命中率も上がりますし。効率が上がるかを試してみてもいいんじゃないかと」
「それなら槍がよいのではないか?」
「理想を言えばそうですね」
プレッタが、顎を人差し指で規則的に叩く。彼女が考え込むときの癖だ。
「何か問題がありますか?」
ゲームでも散々やった作戦である。有効性は保証されているはずだ。
「問題と言えば問題だが……。まあ、やってみれば、分かる。君のいい経験になるだろう」




