第十四話
アールバルは、スヴァイクの次の仲間キャラであるアリエルと出会うことになる街だ。彼女は、回復魔法も使えるバッファーである。是が非でも仲間にしたい、重要キャラだ。
冬真は、彼女に出会うのを、このクソみたいな世界でも楽しみにしていた。彼女の価値は、能力だけではない。いわゆる、ツンデレ美少女キャラ。彼女は、いわゆるストーリー上の癒し、萌え担当なんである。
しかしながら、冬真の胸には重い不安がある。スヴァイクとは、ここまで出会えていない。アリエルにも出会えない可能性が十分にある。……彼女が爺になっていたりしたら、落ち込みは必至である。絶望だ。
* * * *
キャルカルからアールバルに向かう街道は、アヴダールとキャルカルを結ぶ細い小道――ところどころ藪が張り出しているのを、払いながら進まなければならなかった――よりも、はるかに広くて道らしい。ほとんど通行人はいなかったが、それでも一度だけ、数人の行商隊と行き合った。
互いに朗らかに挨拶を交わすものの、相手の顔には緊張があった。
プレッタが小さな声で横から囁く。
「隙を見せるな。善良な人間でも、飢えているときに無防備な獲物を前にすれば、奪うことを考えるものだ」
周囲に通行人も家もなく、まばらに木々が生えているだけだ。確かに、ここで襲いかかって仕留めることができれば、目撃者はいないだろう。お互いに。
プレッタが剣に手をかけているので、冬真もいつでも取り出せるように、短剣に手をかける。
「それにしても家がありませんね」
「当たり前だ。こんなところに家を建てても奪われるだけではないか」
現代日本ならば、ここで通行人相手の商売が成り立ちそうなものだが、この世界の治安ではそもそも成り立たないらしい。
後方の行商人たちの姿が見えなくなって、冬真はそっと肩に入っていた力を抜いた。
夜明けとともにキャルカルを出発して、アールバルの外観が見えてきたのは陽が傾きかけた頃だった。遠目に街壁と、その手前のごちゃごちゃした何かが見える。
「一日歩けば着くのであれば、往復して剣を買いに来てもよかったのでは?」
冬真のメインウェポンは弓と短剣だ。剣はキャルカルでは手に入らなかった。
「買い物だけで済むのならな」
街門の横幅はそこまで広くはなく、その前には町への入場を希望する人々の列ができている。門には人が吸い込まれる一方で、出てくる人間はいない。もしかしたら、出口用の門が別の場所にあるのかもしれなかった。
門の横の壁には、ずらりと、薄汚れた革のテントが並ぶ。中には、地面に挿した枝の上に、ボロボロの皮を張り渡しただけのものもある。テントの下に座っているのは、薄汚れた子供や老人だ。ほとんどは気だるげに寝そべっているが、売り物と思しき籠をその横に置いている者もいる。
「こんにちは、お兄さん。魚はどうだい?午前中に獲ってきたばかりだよ!」
冬真と目があった一人が、遠い位置から声を張り上げた。日焼けした顔に精一杯微笑みを浮かべて、白い歯を見せている。まだ小さな子供だ。日本で言えば、小学生くらい。冬真はそっと目をそらした。
作中のアールバルに、こんなスラムは存在しなかった。省略されていただけだろうか?
列にそのまま並ぶのかと思いきや、プレッタは、ずらりと並んだテントを横目に、街壁に沿って歩いていく。冬真は首を傾げながらも、後をついていった。この女傭兵が理由のないことはしないとは冬真にももう分かっている。
どんどんテントがまばらになって、やがて途切れたところで、プレッタは腰を下ろす。
「今夜はここで夜を明かす」
冬真は首を傾げた。
「アールバルに入るには、一人につき銀貨一枚が必要だ。しかも、中で野宿をすれば取り締まりの対象となる。だから、街に入るのは明日の朝開門と同時にする」
そこでプレッタは、意味ありげにテントの群れを視線で示した。
「交代で休憩を取る。うっかり寝たら有り金を全部取られると思え」
そこでプレッタは、小さく笑った。
「君一人なら、大人しく宿を取るんだな。一人だと、安全を金で買わなければならないことがある」
* * * *
夜明けとともに、冬真たちは入場の門の前に並んだ。一番乗りである。テント下の人々の視線が一斉に突き刺さる。値踏みするような視線もあれば、羨むような視線もある。冬真は街門に視線を集中した。
門番に銀貨を一枚ずつ渡して、街門をくぐる。中は、路地がきちんと整備されていた。舗装こそされていないけれど、まっすぐ伸びた街路は、計画的な区画整備を感じさせる。キャルカルでは見なかったような、鮮やかな色合いの服を着ている者も目立つ。
「まずは、君の剣と盾の用意だ。そのあとは受ける依頼を探す。君の訓練になりつつ、稼げる依頼があるといいのだがな」
「なかったら?」
「まず、ないということはないな。おそらく、肉の継続納入依頼があるはずだ。この規模の街ならば、ある程度肉の消費がある。このあたりの獣を簡単に狩れる人間はそう多くない」
そこで、プレッタは、冬真をちらりと見やった。
「……君は、また何だか強くなったようだし」
「おかげさまで」
女傭兵が何を指して言っているかは分かった。盗賊を殺したことによるレベルアップ。それに伴うステータス上昇だ。
実は、ステータスポイントを振るかは、少しだけ迷った。人を殺したことをステータスに反映させるのは、何とも言えず不快な――一言で言うなら、魂が汚れるような気がしたのだ。
しかし、ステータスポイントを振らなかったからと言って、盗賊を殺したことが変わるわけでも、首を切り離した事実がなくなるわけでもない。くだらない感傷だ。
だから、冬真は、キャルカルを発つ前にはステータスを振った。現在のステータスは、レベルが15、筋力12、体力14、敏捷12、器用22、魔力1だ。弓の精度がそのまま狩りの効率に繋がる。遠距離魔法が使えなくても、弓で攻撃できれば十分強い。
ただし、面の制圧力は低いから、そろそろ魔力も上げていきたいところである。何しろ、後から仲間に加わるメイン魔法攻撃キャラは、終盤前に裏切って離脱してしまうクソ爺なのだ。冬真が火力を担保しないと、爺が離脱した後が苦しくなる。
* * * *
剣を調達したあとに向かったのは、大通りにある商業組合である。カウンターには、冬真の祖母よりも年配そうな女性が座っている。冬真たちが近づくと、視線で用事を尋ねてくる。
「素材の取引価格を知りたい。銀貨一枚以上の素材だ」
プレッタが言うと、老婆が頷いて、カウンターの下から木板を取り出した。そこには周辺に出没する魔獣の素材が書かれていて、値段を示す札が打ち付けられている。
冬真は、顔をしかめた。この世界の文字を見るのは、これが初めてだ。それなのに、意味が分かる。ミミズがのたくっているようにしか思えない文字――その上に、うっすら、日本語の文字が浮いて見える。何度瞬きしても、消えない。錯視を利用して、無理矢理立体を見せられているような、そんな強烈な違和感がある。
何度も目をこすって、ためつすがめつ眺める。
「君は、文字が読めるのか?」
プレッタが驚いた顔になっている。ここまで文字を全く見なかったことからも、この世界の識字率は高くはなさそうである。冬真は、頷いた。
「どうやら、そのようですね」
「いいぞ。簡単な単語を教えた方がいいかと思っていたが、それなら手間がはぶけるな。覚えられるか?」
「おおよそは」
書かれているものは高級品だけなので、それほど数はない。中にはヒュージパイソンの革や肉だの、今の冬真には絶対に倒せないであろう素材も含まれている。これらは覚えなくてもいいだろう。
しかし、冬真は眉をひそめた。おかしい。アイテムの買い取り価格を全て覚えているわけではないが、肉の値段が妙に高い気がする。およそ1.5倍から2倍だ。これも徴兵で若い男性がいなくなったことによる影響なのかもしれない。
「世話になった。素材を手に入れることができたらその時はよろしく頼む」
プレッタが老婆に礼を言って踵を返す。
「あ、あの!」
冬真は慌てて老婆に話しかけた。
「何だい」
「商会のことを知りたいんですが、ここで分かりますか?」
それまでほとんど表情を動かさなかった老婆の顔が、怪訝そうなものになる。
「組合に入っている商会ならね」
「海の宝玉商会、だったと思うんですが。本拠地はここではなくルーグルなんですが、取引先の記録はありますか?」
商会長はアリエルの父で、アリエルはお嬢様。商会の支部長としてこの街にいるはずなのだ。
すると、老婆が難しい顔になった。
「聞いたことがあるような、ないような……。少なくとも最近の取引先じゃなさそうだね」
冬真は肩を落とした。
「そうですか……」
「知り合いがいるのか?」
「もしかしたらここにいるかも、と思ったんですが、勘違いだったみたいですね」
冬真は肩を竦めた。
アリエルとは、この街で起こる密貿易のイベントで知り合う。主人公がとある商会の荷下ろしに雇われたところで、襲撃してきたアリエル一味と戦闘になる。それから自分たちを雇った商会が、麻薬を扱う違法組織であることを知って、アリエルに協力して潜入捜査を行うのだ。クエスト後は、アリエルはそのまま仲間になってくれる。
しかし、海の宝玉商会は、ゲームでは、この街でも一、二を争う勢力を保っていたはずだ。聞いたことがあるか分からないような零細商会では決してなかった。アリエルとは会えない覚悟を固めたほうがよさそうである。




