第十一話
キャルカルは、アヴダールを一回り以上も広くしたような町だった。家の大きさも、山の裾野にあるせいか、アヴダールよりも、広いものが多いようだ。やはり通りを歩いているのは女子供か老人が多く、若い男はほとんど見かけない。
町の入り口で、冬真とプレッタはジェードと別れた。プレッタの離脱に難色を示すかと思いきや、案外別れはあっさりしたものだった。もともとアヴダールとの往復のために雇われただけだったらしい。
「まず最初に言っておく。私がするのは協力であって、一方的な援助ではない」
ジェードたちを見送ったあと、冬真に向き直って、プレッタは断言する。
「特に、金銭的に君に援助するつもりはない。それでいいな?」
冬真は頷く。スヴァイクも、金銭援助などはしなかった。むしろスキルなどの伝授で、アイテムやお金を払うことすらあった。
「では、まず君の現状確認からだ。宿に泊まるのは金がかかるぞ。路銀は?」
冬真は首を振った。
「では野営になるな。野営の道具などは持っているのか?」
プレッタの視線が、背中に背負った革袋――行商人の話を聞いてから、急ごしらえで作ったものだ――と、その上に突き出したシャベルの柄を行き来した。
これにも冬真は首を振った。プレッタが頷く。
「うむ。ではまずそこから調達する必要があるな。資金は?」
冬真が所持金を告げると、プレッタは顔をしかめた。
「それで足りるかは、微妙だな。……仕方ない。まずは狩りからだ。いいな?」
もちろん、プレッタが狩りを手伝ってくれるならば願ったりかなったりである。
* * * *
もうダメだ。動けない。体力を使い切った冬真が、地面にへたり込む。
野宿を経て、朝。真っ先にプレッタがしたことは、冬真の戦力確認だ。
「腕力と器用は合格だが……体力が圧倒的に足りないな。敏捷ももうすこしどうにかなるといいのだが」
冬真を見おろしたプレッタが、講評を述べる。
「弓も剣も盾もまともに使えない。使えるのは解体と追跡術だけか。率直に言って、君は狩人を目指したほうが向いているぞ」
矢継ぎ早の言葉に、冬真は首を縮めた。
「すみません」
「なぜ謝る?」
「自分でも……魔王討伐は無理があるなと」
「言葉に出した以上、君には責任がある。強くなればいいだけだ。君の覚悟を見せてもらおう」
言い放つプレッタの琥珀の瞳には、燃え盛る炎が見えた気がした。ありがたさ半分、怖さ半分である。
* * * *
結果として、プレッタは、実に優秀で、熱心な傭兵だった。
現実的で、合理的。滅多に笑わないが、時々は冗談も言う。援助を拒否はしても、突然見知らぬ土地に飛ばされた冬真を気の毒には思ってくれているらしい。無理な要求や罵倒はされたこともない。
冬真がへまをして、獲物を仕留めそこなって危なかったことがある。それでも女傭兵は冷静で、淡々と冬真の後始末をしていた。
「プレッタさんは、怒らないんですか」
爆ぜる焚き火を前に、その夜プレッタに冗談めかして尋ねた。女傭兵が、わずかに眉を寄せる。
「何にだ」
「その……、俺が、教えをうまくできないので」
「誰もが一度でできるようになるのであれば、私のスキルに価値がなくなる」
それはそうだ。だが、そういうことではない。
「俺がいなければ、もっと稼げるでしょう」
「そうだな。それが分かるなら、いずれ返すことを覚えていてくれ」
「金銭ですか?」
プレッタほどの傭兵を長期間雇うとなると、必要な金額はいかほどだろう。するとプレッタが表情を緩める。冗談を言うときのサインだ。
「魔王を倒してくれればそれで十分だ」
「なるほど。絶対に成功させなければいけませんね。破産を避けるために」
冬真は肩を竦めた。ふん、とプレッタが鼻を鳴らす。
無謀としか思えない目標だ。暗に、返さなくていいと言っているのと同じことだ。
「だが、私としても、腹を立てれば君の能力が伸びるというのなら、怒るのもやぶさかではないぞ」
プレッタの表情は笑ったままだ。しかし、炎に照らされた琥珀の瞳は、真意が読みにくい。冗談なのか、そうじゃないのか。冬真には分からない。
「これは忠告だが」
プレッタは、あくまでも穏やかな調子で続けた。
「感情は判断を曇らせる。だから戦いの場では常に封じ込めるようにしろ。足を掬われるぞ」
ぞっとするほど冷酷で、合理的な指示。プレッタの指導はいつもそうだ。
* * * *
キャルカルには、小さいながらも鋳掛屋がある。専門的な武器などは作れないが、短剣や解体用ナイフ、矢じりなど、日常で扱うものは作ってもらえる。
狩りによる地道な肉や皮の換金で真っ先に購入したのは、野営道具一式、そして解体用ナイフ、最後に短剣である。
「もし、よろしいか」
鋳掛屋を出たところで、横合いから声がかかった。
「町長さん」
白いヒゲを蓄えた、この町の町長だ。何度か顔を合わせて挨拶したことがある。
「こんにちは」
プレッタが微笑んで会釈する。冬真もそれに倣った。有力者には愛想よくすること、とはプレッタにうるさいほど言われている。流れ者は基本的に良い顔をされないが、印象が大事なのだそうだ。
ちなみに、プレッタに連れられて、この教会の神父にも挨拶に行ったが、冬真がルキアの思し召しでやってきたことはあまり信じていないようだった。不躾な視線を寄越されて、それで終わりだ。もちろん援助や協力などもなし。
プレッタによれば、ルキアの思し召しを称して甘い汁を吸おうとした者が多かったがために、都市部では詐欺師の代名詞でもあるらしい。なんてことだ。
「会えてよかった。お二人にお願いしたことがあるのだ」
町長は少しだけ息を切らしていた。余程急いでやってきたらしい。
「何でしょう」
「実は……、アールバルの街への街道に、盗賊が出たそうだ」
プレッタの表情から微笑みが消えた。
なるほど、ゲームと同じ依頼がここで発生するらしい。
「盗賊……ですか」
「ああ、命からがら逃げてきた町人からの通報だ。三人でアールバルに向かうところだったそうだ。盗賊は三人組」
町長は沈痛な面持ちだった。
「それで、討伐団を編成しなければならない。アールバルとの街道は往来も多いし、放っておけば規模が拡大する危険もある」
「そうでしょうね」
プレッタが頷く。
「ついては、アジトについての調査をお願いしたい。もしも討伐できるようなら、そのまま討伐して構わない」
「私たち二人にですか?」
聞き返すプレッタだが、声に驚きはない。
しかし、冬真は目を瞬かせた。これは偵察依頼だ。ゲームでは討伐依頼だったのに。
「この町にいる他の傭兵たちにも声をかけている。成功報酬になってしまうが……」
そう言って、町長は、苦い顔になる。
「分かりました。もしも見つけることができたら、お知らせしますよ」
「頼んだぞ」
町長がほっとしたように微笑んで去っていく。
「どうした?何か言いたそうだな」
「成功報酬で、いいんですか?」
プレッタは当然といった顔で頷く。
「ああ。そもそも、期限も何もない。事実上の協力依頼でしかないからな」
「なるほど」
プレッタの眉が上がる。
「まだ何かあるのか?」
「いや。……討伐依頼じゃないんだな、と思って」
プレッタが呆れた顔になる。
「どこのバカがそんな依頼を受けるんだ?」
「ですよね」
冬真は曖昧に笑った。二対三。討伐するのは不可能な数ではない。しかし、ゲームとは違って、あえて不利な依頼を受ける理由は傭兵側にないのだ。数をそろえるのは戦いの基本である。
読んでいただき、ありがとうございます。気に入っていただけましたら、評価などをいただけると大変励みになります。




