第十話
冬真は、ここ数日、考えないようにしていた疑問に向き合わざるを得ない。
NPCは――ベルラもルグナーも、NPCではなく人間そのものだが――ゲームとは全く違う。ゲームでそうだったからと言って、スヴァイクが本当に現れる保証が、あるのか?現実に、スヴァイクから教わるはずだった追跡と解体は、ルグナーが教えてくれた。次は弓術を教わることになっている。
もしもスヴァイクが現れない、もしくは存在しないのだったら、冬真は全く違う戦略を立てなければならなくなる。
「傭兵に用事があるのかい?」
どうやら冬真は深刻な顔をしていたようだ。ベルラが心配そうな顔になっている。
「ああ……。キャルカルの町に移動するのに、同行出来たらなと思って」
「移動?するのかい?」
ベルラが驚いた顔になる。
「はい。たぶん、ルキア様はそれをお望みなので」
すると、老婆が深いため息を吐いた。
「そうかい。……それじゃあ、仕方ないねぇ」
肩の力を落として、気落ちした様子である。
「すみません」
「何を謝るんだい。考えてみれば、あんたも故郷に家族がいるんだろうしね。いつまでもこんなところにいるわけにもいかないさね。そうだ、キャルカルの町に行くんだったら、行商人に同行させてもらうのはどうだい?」
冬真は目を瞬かせた。
「行商人?」
「定期的に、必需品を運んできてくれるんだ。出稼ぎに出る子らは、行商人と一緒に移動するのさ」
冬真は身体を乗り出した。
「それだ!お願いします!」
「じゃあ、いつでも発てるように、準備はしておいておくれよ。……寂しくなるねぇ」
老婆がぽつりとこぼした言葉を、冬真は聞かなかったことにした。ベルラたち村人に感謝の気持ちはあるが、何と言われても、冬真にここに留まると言う選択肢はないのである。
* * * *
冬真が狩りから戻った時、日が暮れかかった村の広場には、いつもと違う喧騒が満ちていた。驢馬のいななき、複数人が忙しく立ち働く気ぜわしい空気。荷馬車の横で、柔和な顔立ちの男と、ベルラ、神父が三人で会話をしている。
ベルラが冬真に視線を留めて、大きく差し招く。冬真は駆け寄った。
「ああ、この子が今回あんたたちに同行したいという子だよ。トーマって言うんだ」
「はじめまして」
冬真はぺこりと頭を下げた。
「よろしく、トーマさん。ジャードです。何でも、ルキア様の思し召しでここにいらしたとか?」
しげしげと冬真を見る目には、好奇心がいっぱいだ。冬真ももうその視線には慣れたものである。
「はい。どうやら、女神様は俺に何か期待してくださっているようで。キャルカルまで同行させてもらっても?」
冬真が遠慮がちに切り出すと、ジャードが胸を張って頷いた。
「いやいや、特別な使命を負われた方とご一緒できるなんて光栄ですな!もちろん同行してもらって構いませんよ」
横では神父が満足そうに頷いている。ベルラがこっそり片目を瞑ってウィンクを寄越した。どうやら、神父を巻き込んでくれたのはベルラのようだった。
「明後日の朝に発ちますが、それで大丈夫ですかな?」
「はい、十分です」
がさりと草を踏む音が背後で響いた。ジャードがそちらに視線をやって微笑みかける。
「ああ、プレッタさん」
冬真は振り返る。夕日の中で佇む姿は、まるでファンタジー世界のイラストから抜け出てきたようだった。革鎧に、革の長靴、腰には長剣、左手には木盾。こげ茶の髪を簡単に肩口で束ねている。
「今回キャルカルまで同行されることになったトーマさんです。なんと、ルキア様の思し召しでこちらにいらした方だそうですよ」
日に焼けた顔に、かすかに驚きが浮かんだ。形の良い唇が動く。
「ルキア様の」
「トーマさん、商隊の護衛をお願いしているプレッタさんです。なかなかよい腕の傭兵さんなんですよ」
傭兵。冬真は口の中で言葉を繰り返した。
この人物はスヴァイクの代わりなのか?それとも……。
戸惑いを胸の奥に押し込んで、冬真は会釈する。
「トーマです。キャルカルまで、よろしくお願いします」
「ああ。こちらこそよろしく」
女傭兵が、微笑んで頷いた。
* * * *
中天に差し掛かった太陽が、山の斜面をうねるように通る細い道を照らしている。辺りに響くのは、軋む車輪の音と、草を踏む足音。風が通るたびに、左右の藪が揺れて葉擦れの音が響く。時折あがる驢馬の鳴き声は、何とものどかだった。
「緊張しているな」
荷馬車の後ろを歩いていた冬真は、斜め後ろに視線をやる。そこには、背筋をピンと伸ばした女傭兵プレッタが歩いていた。背の高さは冬真とほとんど変わらない。表情は穏やかだったが、視線は油断なく周囲を窺っている。
「そんなに気を張っていては、余計に疲れるぞ」
プレッタとちゃんと話すのはこれが初めてである。紹介時と出発時に軽く会釈はしたが、それだけだ。スキルを学ぶために話しかける必要があるのだが、物々しい装備の数々と雰囲気にどうにも尻込みしてしまう。彼女も、特別に冬真に話しかけてはこなかった。
「しかし、オオカミが出るのでは?」
アヴダールからキャルカルまで、冬真一人で移動をしたくなかった最大の理由がそれだ。この道の一部は、途中でオオカミの群れのアグロ範囲に入っているはずなのだ。ゲームでの描画はかなり簡略化されていたようだから、具体的にどことはわからないのだが。
「よく知っているな。しかし、奴らだって馬鹿じゃない。集団の相手をわざわざ襲ったりはしない」
冬真は目を瞬いた。
「なるほど」
それはこの世界の補正だろうか。それとも現実世界に則している?
一行は驢馬、冬真、女傭兵、行商人、まだ幼さを残したような従僕が二人。ゲームは最大四人のパーティーで編成される。冬真が抜ければ一行は四人しかいないわけで、ゲームシステムを元に考えれば、オオカミに襲われる可能性は十分のはずだ。
ただ、ゲームには、レベル差がありすぎる場合は襲いかかってこない、という仕様もあった。もしかしたら、この女傭兵のレベルは相当に高いのかもしれない。
「逆に言えば、はぐれれば襲ってくるぞ。遅れないように歩くことに集中しろ」
「分かりました」
それきり、また規則的な足音と、荷車の軋む音だけが空気を震わせる。再び、躊躇いがちな声が響いた。
「……君は、ルキア様の思し召しでこの地に来たそうだな」
「まあ、はい」
冬真の返答は、どうしてもおざなりなものになる。攻略までに、あと何回、このやりとりをすればいいのだろう。信じてもいない女神様を信じるふりをしなければならないのは、正直に言えば苦痛である。
「この地に来る前は何を?」
「学生です」
「学生?」
プレッタは首を傾げている。学生という職業がこの世界にはないのだろうか?
「ええと……学ぶのが仕事というか……専門職に向けた訓練中だったというか」
「なるほど、徒弟みたいなものか」
プレッタが納得して頷く。
「そこでルキア様からご啓示をいただいたのか?」
「いいえ?」
脳裏に、画面に浮かんだエクストラシナリオだとかどうとかいうメッセージが浮かんだが、あんなものが啓示だとは断じて認めない。
「いただいていないのか?……それでは、ルキア様からいただいた使命がなにか分からないではないか」
プレッタの声には困惑がにじんでいる。
「そうですね」
冬真は力強く頷く。全くだ。人を呼ぶなら、ちゃんと意思疎通はしっかりとってほしい。何より、同意確認が大切だ。
「では、キャルカルには何のために行くんだ?」
そこで冬真は少しだけ躊躇った。何と答えるのが正解だろう。社会勉強?物見遊山……はどう考えてもアウトだろう。スキルを教えてくれるかもしれない相手からの好感度を下げるのは悪手だ。しかし、まさかゲームシナリオに従って、などと正直に言えるはずがない。
「……たぶん、女神様がそう望んでると思うので」
「ほう。そう言うということは、女神様のお望みが何か、見当がついているということか?」
「推測ですが」
ゲームの主人公と同じ境遇。ゲームの最終目的が魔王を倒すことだったのだから、この世界に呼ばれた目的だって魔王を倒すことだと考えるのが合理的だ。
「一体どのような使命なのだ?」
ここでも冬真は答えに躊躇った。魔王を倒すという目的は、この世界に来てから、誰にも――ベルラにも明かしていない。何しろ冬真は成人男性にすら遠く及ばないステータスだ。できるはずがないと笑われるにせよ、勝手な期待を持たれるにせよ、気持ちの良い会話にならないことは簡単に想像できる。
「話しにくいことか?」
しかし、プレッタは女傭兵だ。スヴァイクの代わりかもしれない。もしかしたら、魔王討伐に付き合ってくれる。ここで距離を置きすぎれば、同行してもらえなくなる可能性がある?ない?分からない。なんだか胃のあたりが気持ち悪い。
「たぶん、ですよ。――魔王を倒せ、ということなんじゃないかと」
冬真は、賭けた。思い切って言葉にしたが、語尾が震える。
プレッタが目を見開く。
「――なるほど」
沈黙ののちに、女傭兵は重々しく頷いた。
「信じるんですか?」
「君がルキア様に招かれたということは、嘘ではなさそうだ。それに、この国がスタンピードの脅威にさらされているのは事実だ。既に戦うことを諦めている者も多いというのに、感心だな。さすがはルキア様に選ばれた人間だ」
そこで女傭兵は言葉を切った。じろじろと、不躾に冬真の全身を眺めてから、首を振る。
「それにしても、君はあまり強そうには見えないな。魔王を倒すのは不可能ではないか?君に倒せるなら、私にも倒せそうだが」
「俺もそう思います」
プレッタが眉を寄せる。
「やる気がないのか?」
「とんでもない。俺ほどやる気のある奴はいませんよ。これから強くなるんです」
冬真は断言した。老衰で死んだりして、またLv1からになったら目も当てられない。
「ほう」
「そこで、なんですが。手伝ってもらえませんか。俺には戦う術が必要なんです」
冬真は畳みかけるように言った。シナリオの強制力なんて信用できないものを頼るわけにはいかない。機会があるならば、積極的に動かなくては。
女傭兵は難しい顔でしばらく考え込んだ後で、ようやく言った。
「……仕方ない。ルキア様の忠実な僕としては、出来る限り力になるべきだろう」
冬真は身体に入っていた力が抜けるのを感じた。冬真は賭けに勝った。女傭兵プレッタの協力が確定した瞬間である。




