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絶望遊戯~ゲーム世界に絶望難易度アビリティをつけて転移した話~  作者: 長月透子
第一章 チュートリアル

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第一話

 ざり、ざり、ざり、がり……。土をかく音が、絶え間なく耳の中に響いている。


 相沢冬真(あいざわとうま)は、深さ1メートルほどの穴の底に跪いて、さらに深く穴を掘っていた。直径にして1メートルほどの穴である。


 冬真の腕は、機械的に同じ動作を繰り返して、ただ動く。爪が剥がれ、地面を掻くたびに激痛が走っても、乱れることなく、規則的に地面をかいて、少しずつ窪みを作っていく。土には冬真の血が混じっている。


 冬真は歯を食いしばりながら、その様子を見下ろしていた。穴を掘りたいと願うだけで、冬真の身体は勝手に動いてくれる。特別な意志の強さがなくとも、痛みで勝手に力が抜けたりはしない。――実にありがたい。


 ざり、ざり、ざり……。指先は痺れて、痛み以外の感覚がなかった。喉が渇いて気持ちが悪い。空腹感と合わせて、頭がぼんやり、くらくらする。今回の作業が終わったら、スタミナ切れで倒れて、そのまま死ぬのかもしれない。


 一定回数の動作を繰り返した後、冬真は、その場所に倒れこんだ。世界がぐらぐらと揺れて、どこが上か下かも分からない。目の前が暗くなっていく。吸い込まれるように意識が消えて、そして。


 冬真は、少し離れた地点で起き上がった。無言で自分が先ほど死んだはずの穴に歩み寄って、慎重に足を下ろす。


 穴の底に、冬真の死体はなかった。


* * * *


 冬真は、東京都内の大学に通う、ありふれた学生の一人だった。年齢は十九歳、大学二年生。身長は残念ながら少し低めで、彼女はいない。所属サークルは、なし。正確には、大学に入学したばかりの頃にバスケサークルに入ったが、人間関係に疲れてすぐにやめてしまった。以来、授業とバイト以外は家にこもってゲームばかりしている。


 その日は、七月の終わり。母がつけた朝のテレビの中では、天気予報のキャスターが、観測史上最高気温になる恐れなどと喋っていた。


 大学の前期試験を終えた冬真は、焼き付けるような太陽の日差しから逃げるように、足早に学生食堂の一つに逃げ込んだ。建物の中に入ったとたんに、ひんやりとした空気が頬を撫でる。冬真は、反射的に、深く息を吐き出した。――まさしく、地獄から天国だ。さまざまな料理の入り交じった匂いが、試験でカロリーを消費した脳の食欲を大いに刺激する。


 学生食堂の中には、大きなテーブルと椅子が何列も並び、学生や大学職員がまばらに座って食事を取っている。入口横には食券機が二台並び、奥には料理のカテゴリごとに、受け取りカウンターが並んでいた。


 冬真はカレーの食券を買って、奥へと向かった。猛暑日の、それも徹夜明けに食べたいメニューとは言い難いが、何と言っても学生食堂の中で一番財布に優しいメニューだ。二時限目が終わった昼食時ではあるが、並んでいる学生はほとんどいない。前期試験の期間に入り、レポートや出席回数で評価を行う講義しか取っていない学生たちが、キャンパスに来ていないためだ。


「よう」


 列の最後尾に並ぶ、細身の後ろ姿に、冬真は気安く声をかけた。振り返った眼鏡の学生は、水口和樹みずぐちかずき。冬真と同じく大学二年生で、高校で同じバスケ部に所属していた仲間だ。身長が冬真より10センチメートル以上も高いという短所を除けば、非常に面倒見が良くて親切な、いい奴である。


 互いに、何の変哲もないシャツにジーンズ。くたびれたスニーカー。斜め掛けのショルダーバッグを提げた、ザ・没個性大学生と呼べそうなファッション同士だ。違いと言えば、バッグとシャツの色くらい。

 和樹は冬真の顔を見ると、嬉しそうな顔をした。


「ああ、久しぶり」


 冬真は眉を上げる。


「は?昨日も会っただろ?統計学の試験あったじゃん」

「あ、ああ……。そうだった、っけ」


 和樹の答えはどこか心許ない。冬真は眉を寄せる。


「おいおい、試験勉強のしすぎかよ」

「そんなんじゃないけど」


 からかう冬真に、和樹は少しだけ困った顔になる。

 話しているうちに二人の順番がやってきた。和樹が受け取ったのは大盛カレーだ。細身なのに相変わらずよく食べる奴である。二人でカレーを載せたトレイを持って、手近なテーブルの座席に向かい合わせで座った。

 カレーの香りが、冬真の食欲を刺激してくる。徹夜明けだし、暑かったし、普通盛にしてしまったが、大盛にしてもよかったかもしれない。


「うまい……」


 ふいに聞こえてきた声に、正面を見て、冬真はぎょっとした。

 和樹が今までに見たことのないくらいの勢いで、カレーを口にかきこんでいる。目を輝かせて、恍惚とした表情だ。

 冬真としては、学食のカレーなんて、安くて量が多いのだけが取り柄で、大して美味しいものでもないと思うのだ。肉だってジャガイモだってほとんど入ってない。


「お、おい?」

「あ、ああ、ごめん。久しぶりに食べたから」


 冬真は首を傾げた。――こいつ、昨日もカレー食ってなかったか?

 暑さで時間感覚がちょっとおかしくなっているのだろうか。それとも、やはり試験勉強のしすぎで頭がイカれたか。昨日の夜に学食のカレーが急に食べたくなったとか。――まあ、何を食べたいと思うかは人それぞれだよな。頭の中で一応の決着をつけて、冬真もカレーを食べることにした。

 冬真が食べ終わる頃には、和樹は満足そうな顔で水を飲んでいた。大盛なのに、冬真よりも圧倒的に食べるのが早い。


「それで、なんでそんな疲れてんの?そんなに難しい試験だったんか」


 和樹は満足そうではあるが、どことなくくたびれた顔だった。カレーを食べていたときとはうって変わって、目が死んでいる。冬真の問いに、和樹は後ろめたそうな顔で言った。


「あー。試験じゃないんだよなあ」


 それを聞いて、冬真はピンときた。


「つまりゲームか。そういや、ずっと遊んでるゲームがもうすぐ終わるとかなんとか言ってたな」


 和樹と冬真はゲーム仲間でもある。二人ともJRPG、つまりストーリーのあるロールプレイングゲームが好物で、しかも揃ってやりこみ派。レベルはカンストさせることに意義があるのだ。


「レベル上げも終わって、あとはボスを倒すだけだったからさぁ、つい」


 案の定、和樹が頭をかいて言い訳がましく言った。


「そんな面白かったんか」

「面白い?ああ……面白かった、のかもなぁ。めっちゃ辛かったけど」


 和樹はどこか虚ろな調子で言った。視線が宙を彷徨っている。だめだ。こいつはゲームで徹夜したに違いない。試験期間だというのに余裕をかましやがって。


「なんてゲーム?」

「オルヴェインティアサーガってやつ。聞いたことある?」


 ありきたりで、平凡。一言で言えば、そんな印象のタイトルだ。


「全くないな。JRPG?」

「ああ、うん。サバイバルクラフト寄りのJRPG」

「へえぇ」


 冬真は少しだけ身体を乗り出した。遊んでいたゲームをクリアしたばかりで、ちょうど次のゲームを探していたところだ。試験もあと二つで終わりだし、このあとは二カ月間の夏休み。サバイバルクラフトもJRPGも好きだから、暇つぶしにかじってみるのもいい。


「俺もやってみようかな。どこで買える?」

「たぶん売ってないよ。俺も知り合いからもらったんだ」

「へえ、同人ゲー?」

「……たぶん?」


 和樹の返事は煮え切らない。視線は迷うように揺れている。いつもいろんなことをばっさり言い切る和樹にしては、相当に珍しい。


「ダウンロード販売じゃないのかよ?じゃあ、俺にもデータくれよ」


 和樹がまじまじと冬真を見つめた。冬真はなんだかきまり悪くなってくる。何かおかしなことを言っただろうか?高校時代から今に至るまで、色々なゲームをやりとりしたし、特におかしなことを言ったつもりはないのだが。


「……。いや、やめておけよ。後悔するぞ」

「んなもんしないって。大げさな。そんなに難しかったのかよ?」


 からかってみても、和樹の表情は重苦しいままだった。図星か。同人ゲームは、ときどき、開発者のこだわりが強すぎて、ゲームバランスが崩壊しているものがある。今回のゲームもきっとそのクチだ。


「別にお前が満足するまで遊んでからでいいからさ」


 自分が遊んでいるゲームの進度を抜かされるのが嫌、という感覚は冬真にもわかる。ストーリーRPGならなおさらだ。ドヤ顔は腹立たしいし、ネタバレは許しがたい。絶交ものだ。

 はあ、と和樹が深いため息を吐いた。


「お前は言い出したら聞かない奴だよな……。いいけど、恨むなよ?」


 冬真は首を傾げた。


「恨む?なんでだ?」


 和樹が口を開く。何かを言おうとして、そのまま止まり、やがて口を閉ざす。何度かそれを繰り返したのち、和樹はやがて眉を寄せて一言だけ言った。


「クソゲーだからだ」

「クソゲー」


 冬真は繰り返した。クソゲーのために、こいつは試験前日に徹夜したらしい。奇特な奴である。


「ああ。成長率二倍のアビリティ取らないと、たぶん最初からトゥルーエンドが見れない設定になってる。予告もなんもなかった。クソゲーだろ」


 和樹の声には、憤りがこもっていた。冬真は首を傾げた。


「え?そんな便利なアビリティがあるなら、当然取るだろ?」


 むしろ取らない選択肢がない。序盤が苦しくとも、終盤の無双は最高のご褒美だ。


「ばっか。開始ペナルティ半端ねーんだよ」

「何言ってんだ。設定されてるってことは、それ使ってクリアする方法があるってことだろ?」


 和樹が呆れた顔になる。


「お前はそういうやつだよな」

「まあ、分かってるなら、もう一回プレイすればいいじゃん?」

「いや。俺はもう、……いいよ」

「ふうん?じゃあほら、俺にくれよ。俺が不可能を可能にしてやるからさ」


 冬真は完全にそのゲームに興味をかきたてられていた。難易度が高いゲームほど、燃える。クリアしたときの達成感はひとしおなのだ。ゲーマーの血が騒ぐ、と言い換えてもいい。


 和樹は困った顔で冬真を見返した。迷うように何度も視線を冬真と横のショルダーバッグの間を往復させて、やがて諦めた顔でショルダーバッグを膝に置いた。ゴソゴソ中身をあさって取り出したものを、冬真に向かって放り投げる。


「ほらよ」


 冬真が慌てて受け止めたそれは、小さなUSBメモリだった。


「ちょ!衝撃で壊れたらどうすんだよ」

「そしたら縁がなかったってことだろ」


 和樹の返事はあっさりしていた。


「てか、持ち歩いてんのかよ?」

「ああ、捨てようと思ってたんだ」

「え、マジで?」


 冬真は目を瞬いた。ゲームをわざわざ捨てようとするなんて、余程不快な体験だったらしい。


「でも、迷ってたから、お前がもらってくれるならちょうどいいよ」


 そう言う和樹は、重荷を下ろしたような、妙にすっきりとした顔をしていた。


「俺はちゃんと警告した。後はお前が決めればいい」


 冬真は眉を上げた。たかがゲームで、大げさな奴だ。


「おう、トゥルーエンド見てやるから楽しみにしてろ」


 和樹が肩を竦める。


「お前なら、できるかもなぁ。何しろ変態だから」

「天才って言えよ」

「あーはいはい、クリアできたらいくらでも天才って呼んでやる」

「その言葉、忘れんなよ?」


 のちに、冬真は、この時の会話を、後悔と共に何度も思い出すことになる。

 冬真の味わう絶望の、その始まりの記憶だ。


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