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別れの曲  作者: 杉下栄吉
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2、娘の進学

地方都市の大学に合格した長女は早速下宿探しに行くので、一緒に来てくれと言う。3月末から4月初めは私も忙しい最中である。中学校で教務主任をしていたので新年度の準備のために校務分掌案や時間割表などの作成で、毎日夜中まで職場で奮闘していた。

 土曜日に高速道路を使って娘の大学まで自家用車を走らせた。とにかく大学生協まで行けば何とかなるだろうということで、大学構内に向かった。娘は新生活に向けて希望がいっぱいだったが、私たち親はお金の心配で憂鬱だった。

 生協の中には新入生用の学生マンションのコーナーが設置され、多くの物件が並んでいた。

「お父さん、これいいと思わない?」と言って娘がはしゃいでいるのは新築のマンションで大学近く、1DKで月8万円の家賃だった。

 やめてほしかった。いくらなんでも高すぎる。もう少し遠慮しろよと思いながらも言葉にはせず、顔にも出さないように気を付けて

「少し高くないかな。月5万円台で何とか抑えよう。」と提案すると

「わかった。もう少し探すよ。」と言ってしょんぼりした。その声に少し寂しさを感じたが、気持ちを建て直して部屋探しを再開した。

「5万円台で1K、バス、トイレ付き」と頭の中で唱えながら物件を探していると娘が

「お父さん、ちょっと来て。」と周りを気にしながら小声で呼び掛けた。

「これどうかな。」候補を見つけてワクワクした気持ちを押さえられないような上気した雰囲気だった。覗き込むとその張り紙には

「新築学生マンション、1K、家賃5.98万円、電気ガス代別」と書いてあった。合計するとおそらく6万⑤千円はしようだった。

「高いな。」という第一印象だったが、娘はきらきら笑顔で私の顔を覗き込んでくる。住所と地図を見ても大学から歩いて通える適度な距離だと感じた。少し迷ったが、娘の懇願する笑顔には勝てなかった。

「それじゃ、これに決めようか。」と言うと娘はほっとした感じで笑顔は柔らかいものに変わった。

 受付で物件の番号を言うと担当の不動産屋を紹介してくれた。大学正門からすぐの場所に位置する不動産屋に歩いていくと、係が同行して内見をさせてくれるという。彼の後についていくと新築の香りがまだ残るコンクリートの3階建てのマンションに着いた。2階の202号室は床にビニールが残っているし、水道もまだ来ていなかった。

「4月3日には水道もガスも来ますから大丈夫です。」と説明されると、娘はその気になっていた。私たちも朝から車で来て、疲れてしまったので、これ以上探し回るのは勘弁してほしかった。

「もう、これで決めようか。」と言うと妻も娘も納得してくれた。

 不動産屋の事務所に戻り、書類にサインして手付金をいくらかおいて、その日は家に帰った。


 4月に入り、次の日曜日に引っ越しのため再び大学のある町まで車で出かけて行く予定になっていた。学期初めで忙しい仕事を終えて、家に帰ると待っていた娘は

「お父さん、冷蔵庫や洗濯機はどうするの?」と聞いてくる。いろいろと予定を立てているようだった。どんなものが欲しいのかわからなかったが

「向こうの電気屋で買えばいいんじゃないかな。」と言うと妻が

「あまり高いものは駄目よ。」と私の気持ちを代弁してくれた。

「机と布団、茶わん、鍋などは家から少しもらって行くね。」とお金を使わない工夫をするという事をアピールしてきた。

「出来るだけ、節約しておくれよ。」と本音が出てしまう私だった。


次の日曜日、ワゴン車の後方のスペースに布団や机、電気製品などを詰めるだけ詰め込んでマンションに向かった。

マンションに着くと荷物を下ろし、荷解きをして戸棚に物を押し込んだ。しかし生活するには最低限の電化製品などを買わなくてはならない。そこで電気屋がありそうな郊外の国道沿いに向かうと、予想通り大型の電気店が並んでいた。1人暮らし用の小型の冷蔵庫と洗濯機、掃除機を購入して、車に積んで帰った。小型の製品なのでワゴン車で十分に運ぶ事ができた。しかも2階の部屋まで運ぶことも娘と私で何とか出来る重さだった。


一応の部屋の段取りを終え、お茶を飲んでいると夕方になり、そろそろ帰ろうかという事になった。妻はとりあえず晩御飯と朝ご飯用にご飯を炊き、簡単な総菜物を冷蔵庫に詰め込んで準備をしたが、いざ置いて帰るとなると心配になり

「おまえ、大丈夫かい。一人でご飯炊けるの?」と心配している。娘はうざそうな顔をして、

「出来るって、大丈夫や。心配せんといて。」と反論した。小さい子供だと思っていたが、もう18歳になっていた。親はそのことをなかなか認められない。

 車に乗ってエンジンを掛けると娘が車のそばまで来ているので、妻が車の窓ガラスを開けて

「ちゃんとご飯食べるのよ。戸締りしっかりしなさいよ。」と最後の心配をしている。娘は妻の手を握って

「大丈夫だよ、心配しないで。気を付けて帰ってね。」と私たちの方を心配している。

 ゆっくりと車を走らせると妻は後ろを向いて娘の姿を見ている。通りを曲がると娘の姿は見えなくなり、妻はようやく前を向いて我に返った。

「大丈夫かな。あの子、目玉焼きとインスタントラーメンしかできないわ。インスタント焼きそばも出来るかな。そんなもんよ。」と言うと私は

「可愛い子には旅をさせろって言うだろ。子供は一度は社会に出さないと、成長できないのさ。」と名言のように話した。すると車内に静寂が広がった。


 車は市街地から郊外に出てインターチェンジから高速道路に入った。周りはどっぷりと暗闇に包まれ、オレンジ色のライトがまっすぐに連なり、美しい滑走路のようになっていた。私の気持ちが感傷的になっているのかもしれないと思った。


 車が海沿いを走るようになると海にイカ釣り船の明かりが美しく見えてきた。運転していたので海をじっくりと眺めるわけにはいかなかったが、ちらちらと漁火を見るたびにセンチメンタルになってきた。

「娘を大学進学で下宿させるってことは、もう二度と一緒に暮らすことはないかもしれないってことかな。」とぽつんと口から言葉が出た。妻は前を見ながら

「そう言うことになるかもね。卒業したら都会で就職するかもしれないし、そのまま結婚してどこかへ嫁ぐかもね。私もそうだったよ。」と一点を見つめながらしみじみと語った。私はそこまで深く考えていなかったことにはっとした。

「そう言う事だよな。さっき娘を置いてきたってことは人生の中の大きな一歩だったんだな。」と言うと、急に感情が溢れてきて、目の前の風景が少しぼんやりして、涙が目の中に潤んできたことに気が付いた。妻に見られるのは嫌だったので、何事もなかったように振舞いながら、カーオーディオを流した。機械の中にセットされていたCDが自動演奏されるとショパンの「別れの曲」が流れてきた。心の中で

「なんでこのタイミングでこの曲なんだ。ただでさえ、平常時でもこの曲を聞くと条件反射のように涙が出てくるのに、涙を隠したいときにこの曲が流れるなんて。」とつぶやいた。しかし感情の爆発は押さえられなくなっていた。

 涙が流れるのを堪えたままだと車の前の風景がにじんで見えるので、仕方なく手で涙を拭って、運転できるようにした。しかし30分前に分かれた娘の姿が脳裏に浮かんでくる。

「やばい。」と思った私はCDを止めて、FMラジオに変えた。ラジオからは軽快なポップスが流れてきた。

「もう大丈夫だ。」と若干考えた。ラジオの音楽に合わせてハンドルを持つ右手の人差し指を立てて、ハンドルを小さくたたいた。しかし頭の中でとめたはずの「別れの曲」が響いている。スピーカーからはポップスが流れているはずなのに、頭の中には「別れの曲」が止まらなくなってしまったのだ。

 高速道路を走る私たちの車の中は静寂のまま走り続けた。途中で隣に座る妻の方を見ると、妻も目頭に手を当てて涙を拭いているように見えた。その瞬間

「妻も私と同じように、泣いたんだ。」と思うとつい

「娘と別れる瞬間っていうのはこういう事なんだね。結婚式でもこんなふうに泣くのかな。」と涙を拭きながら前を向いて話すと

「結婚式ではあなたはきっと号泣するんじゃないかな。」と私のことを評価した。


車は夜陰を突き刺しながら静かに進んで行った。約2時間走って家に着いた。家には2人の娘がテレビを見ながらお菓子を食べていた。普段なら行儀が悪いとか勉強しろとかやかましい事を言いそうなところだが、この子たちとあと何年一緒に暮らせるのかなと考えると

「テレビは楽しかったか。」と娘の機嫌を取っている自分に気が付いた。



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