1、ドラマ主題曲
ラジカセ世代の私たちがサブスクに移行することは難しかった。ウォークマンを持ち歩いていた友達は多かったが、カセットテープに録音していた。時代が進むと、若者たちがipodで何万曲もの音楽を持ち歩くようになる。イヤフォンは進化しブルートゥースでワイヤレスヘッドフォンになり、大音量で音楽を聴くことになっていくが、私たちの世代はその方式になじめなかった。
そして有料で音楽を聴くことに課金をためらってしまった。しかし、車を買ってオーディオを付けると、どうしてもCDを買いたくなった。最初に買ったのがショパンのピアノ曲集だった。車のエンジン音の中で聞くには不向きかもしれなかったが、車の性能の向上で音も静かになってきていた。
能登半島に旅行に行こうと新車のカローラフィルダーに家族で乗り込むと、娘たちがiphoneをつないで韓国アイドルの曲を勝手に流し始めた。
「そんなこと出来るんだな。その携帯電話に曲が入っているのか。」と中年オヤジが時代遅れの質問をすると、一番上の娘がめんどくさそうに
「ここにipodって書いてあるでしょ。iphoneでも同じ事ができるわけ。曲はicloudにダウンロードしてあるから聞き放題だよ。」とあっけらかんとしている。
しばらくは我慢して韓国グループの賑やかな曲を聞いていたが、妻が
「せっかく買ったんだから、このCD掛けてみたら。」と言ってくれた。韓国アイドルの甲高い歌声と理解できない韓国語にうんざりしていた私は、娘たちの反対を尻目に、妻から受け取ったCDを機械の隙間に滑り込ませた。機械はCDの侵入を感知し、自動的にCDの演奏を始めた。静かなピアノの演奏が始まった。「ノクターン」として有名な曲だが、実際には何曲もあって番号がついている。続けて「軍隊ポロネーズ」が始まるとその軽快さに思わずリズムを取ってしまった。
3曲目に始まったのが「エチュード作品10第3番」だった。妻が
「この曲、好きだわ。ドラマの中で流れたりするわよね。」と言うと、私の口が次の言葉を発せずにはいられなかった。
「この曲は『別れの曲』という名前がついているんだ。正式名称は『エチュード作品10第3番』と言うんだけど、1934年のショパンの生涯を描いたドイツ映画『別れの曲』の中で使われたので、この曲自体を別れの曲と呼ぶようになったらしい。」と蘊蓄を披露した。後ろで聞いていた娘の一人が
「ショパンの人生に悲しい別れがあって、この曲を作曲したのかな。」と言うので私はさらに話す機会を得た。
「この曲を作曲した時はパリにいたショパンが、ふるさとポーランドがロシア軍に侵略されたことを受けて、ポーランドのことを思って書いた曲だと言われているんだ。だから別れがテーマではなかったんだけど、映画やテレビで別れのシーンに多くつかわれることで、別れの曲だと刷り込まれていったんだ。」と話した。
妻が思い出せないもどかしさを感じながら
「何のドラマに使われてたのかな、覚えているの?」と聞いてきた。そこで私はとっておきの話をした。
「それは僕もなかなか思い出せないんだ。確か、僕の印象に残っているのは若尾文子が主演でスイスロケがあって、別れの曲が流れるんだ。」と言うと娘たちが携帯で検索してくれた。そしてしばらくすると一番下の娘が
「それは1979年のフジテレビの『午後の恋人』だよ。若尾文子と市川海老蔵が主演と書いてある。」と教えてくれた。私は思わず感嘆の声を上げて
「そうだよ。そのドラマだ。スイスのレマン湖近くのケーブルカーでのぼりに乗っていた海老蔵と下りに乗っていた若尾文子がすれ違うところで、『別れの曲』が流れていたと思う。中年のおじさんとおばさんの不倫ドラマみたいなんだけど20歳の僕には40代の若尾文子がすごく素敵に感じて、夢中になっていたんだ。」と感情をあふれ出しながら一気に話した。2番目の娘は呆れた声で
「若尾文子って誰?海老蔵って麻央ちゃんの旦那さんだった人でしょ?」と聞いた。妻が諭すように
「それは息子の方よ。1979年の海老蔵はそのお父さんよ。」と教えてくれた。
わいわい話しながらも車内には美しい調べの「別れの曲」が流れていた。




