静まり返る店内
「テメェ! 皿ん中に虫が入ってるぞ!」
その男の言葉でテーブルに置かれた皿の上を見た。確かに料理の上に乗っている。
「テメェが持ってきた物だよな!」
少年は何も言わない。だけど、男はそれが答えだと受け取ったようだ。
「何とか言えよ!!」
一際大きな声が響きわたり、店内は静まり返った。私は思わず耳を手で押さえた。
「店を出ましょう」
シルルの冷静な声が耳に入り、ゆっくりと手を外した時だった。私の耳に少年の声が届いてきた。
「俺が持って行く時はなかった」
その声は嘘をついているように聞こえなかった。
「財布は……」
シルルがポケットから財布を取り出そうとしているのを止めた。
「ちょっとだけ、待って」
「?」
私の言葉に彼女は首を傾げたが、少年が心配になり、この場を動きたくなかったのだ。
「なかった〜? じゃあ、これはどうなんだよ!」
男は虫が乗った料理の皿をひっくり返した。下に落ちて行く料理を少年はジッと見つめるだけだった。
その時だった。料理場の方からふくよかな女性が出てきた。
「お客様! どうしたんですか?」
エプロンをつけて焦った様子の彼女に男は皿を指差した。それを見た彼女はすぐさま察して、少年を男から無理やり奪うとその頭を無理やり下げた。
「申し訳ありません! このグズが! しっかりと謝りな!」
少年の頭を無理やり下げて、一瞬彼を睨みつけた女性は男に向かってすぐさま謝罪した。
「本当に申し訳ありません! すぐに新しいのを持ってきます! そして、この子には言い聞かせておきますので……」
彼女の少年の掴む手は強く、彼が顔を歪ませていたのが見えた。だけど、私はその光景を見ているだけで何もできない。そんな時、視界の端で笑っている青年を見つけた。エプロンをつけている所を見ると、彼もこの店で働いているように見える。そして、青年の隣に立っている若い女性に頭を下げている二人を指差しながら何かを話していた。私がジッと見ていると、シルルがそれに気づいた。
「どうかしたの?」
「ねえ、あの二人……何を話しているのかな?」
その言葉にシルルも青年と若い女性に視線を向けた。
『虫はやりすぎじゃない?』
「えっ?」
突然の知らない人の声と言葉に私は驚いた。
「あの二人の会話よ。風魔法を飛ばしたの」
「えっ⁈」
「聞きたかったんでしょう?」
「そっ、そうだけど……」
風魔法の力、すごいな……。そう思いながらも会話に意識を向けた。
『ルイスの奴むかつくじゃん。あれくらいやらないと』
『怒られてかわいそうじゃん』
『そう言いながら、笑ってんじゃん』
その言葉に私は怒りが湧いてきた。あの二人のせいなのに……。私はもう一度、少年に視線を向けた。すると、男が二人を手で追い払っているところだった。そのため、少年は女性に連れられて奥へと消えそうになっていた。
「どうしよう! 彼、連れていかれちゃう!」
無理やり引きずられて行く少年の様子にこの後のことを考えるとよくない考えが思い浮かぶ。そのため、彼女の服をギュッと掴んだ。
「わかったわ……」
彼女はそう言うと二人に向かって歩き出した。それも早歩きでだ。そして、厨房の奥に帰る前にシルルは声をかけた。
「その、少年は無実よ」
その言葉に足を止めた女性は振り返り、シルルを睨みつけた。
「どうしてそんな事が言えるんだい?」
少年の無実を全く信じていない彼女に私は目を見開いた。それと同時に上司を思い出した。私が何を言っても信じないどころか、知っていてもそれを無視して私が悪いことにしていた。それを思い出して、彼女に怒りが湧いてきた。
「あの二人が言っていたもん!」
子供らしい可愛らしい声が響いた。そして、指を指された青年と若い女性は目を見開いた。だけど、すぐに笑い飛ばした。
「ぷっ、あはははは!」
「可愛いお嬢ちゃん。変なことを言ったらダメよ」
二人の様子に目の前の彼女も大きなため息を吐いた。
「はああ。店の事に首を突っ込まないでくれないかい。こっちは忙しいんだ」
女性はこの話は終わりだと言うように少年を連れて行こうとする。だけど、その少年の腕をシルルが掴んだ。
「彼はやっていないわ。大人の私の言葉も信じられないの?」
「はっ?」
「信じられないの?」
彼女の冷ややかな瞳とその冷たい声に女性は一瞬怯んだ。だけど、すぐに佇まいを治した。そして、少年の掴んでいた手を離した。
「はああ。わかった、わかった。これでいいかい?」
女性は一瞬だけ、青年と若い女性を睨むと厨房の方へ向かった。だけど、去り際に少年を睨みつけた気がした。
「だっ、大丈夫?」
シルルの手から離れて、少年に声をかけたが鋭く睨みつけられた。
「余計なことをするなよ」
「えっ?」
別にお礼を言われたいわけじゃなかった。だけど、そんな言葉を言われるなど思ってもいなかった私は呆然としてしまった。
「さっさと帰れ。お前らのような奴……大嫌いだ」
少年はそれだけ言うと、さっさとこの場を去っていった。もちろん、厨房の方にだ。
「シルルさん……」
私は余計なことをしてしまったのだろうか? それとも、言葉が悪かったのかもしれない。少年の背中を見ながら、怒りは湧いてこなかったが、心が痛かった。そんな私にシルルは手を伸ばしてくれる。
「ニーナ。お家に帰りましょう」
私は彼女の手を掴んだ。




