ヴィルグとニーナ
「ニーナちゃん」
無意識にクルクルとその場で回っていると、ジンが優しく声をかけて来た。そして、目線を合わせるようにしゃがみ込んでくれるが彼の身体は大きいので見上げる形になった。
「場所を移そうか? リーダー。いいかな?」
「ん? あっ、ああ……なら、俺の仕事部屋でもいいか?」
「まさか……リーダーってば、仕事をする気なの?」
その言葉に私は視線をヴィルグに向けると、罰が悪そうな顔をした。ジンの言う通り、仕事する気だったのだろう。
「駄目だよ。サキも言っていたでしょう、休憩するようにって……」
「しかしだな……」
ヴィルグの視線は下に向かった。私の事をチラッとだけ見たのだ。きっと、自分がいると私が怖がるのだと思ったんだろう。顔を見ればわかる。
私は大丈夫だよ。ヴィルグさん。そう伝えたいが、私の口からでる言葉はきっと、彼には届かない。それが歯痒いと思ったのは初めてだ。今までは自分の言葉を伝えるのは怖かった。だけど、今は彼に伝わってほしい。そう思っていると、ジンが微笑んだ。
「ニーナちゃんが大丈夫って言っているよ。だからね……リーダー。休憩しよう」
私の言葉をジンが通訳してくれた。獣人同士だと言葉が通じるのかもしれない。
「ニーナ……いいのか?」
その声は迷っているように聞こえた。そのため、大きく彼に聞こえるように一声鳴いた。
そして、場所を移動して彼の仕事部屋へと来たはいいが……汚い。
「リーダー……片付け下手でしょ?」
ジンが穏やかな口調だが、その言葉でヴィルグが俯いた。
「返す言葉もない」
二人の掛け合いに笑ってはいけないのだが、小さく笑ってしまった。だが、声が漏れていたのだろう。二人の視線が下へ、私へと向かっていた。
あっ……。笑っては駄目だったのかもしれない。だって、片付けできない事を……嫌な事を笑ってしまったのだから。私は咄嗟に手で口を押さえて身体を丸めた。
「ニーナちゃん」
そんな私の側で優しい声で呼びかけて来たのはジンだ。
「僕はね……笑顔が好きなんだ。それに、笑ってる声も好き……だからね、ニーナちゃんが笑ってくれる事が僕は嬉しいんだ……」
私が……笑ってもいいの? 片付けできないヴィルグさんが可愛いと思って笑ったんだよ? それでもいいの? 嫌じゃない?
「嫌じゃないよ。だから、その可愛いお顔を僕達に見して……」
その言葉に私はゆっくりと顔を出した。すると、目に入って来たのはジンの穏やかな笑みと安堵した様子のヴィルグだった。
「全く……リーダーの顔が怖いからだよ」
「…………返す言葉もない」
そんな彼らに私はまたしても笑みを浮かべた。
「さて……じゃあ、少し部屋を片付けてから練習を始めようか」
ジンは部屋の中を見渡して、提案した。確かに、少し片付けた方がいいだろう。
「じゃあ、僕は部屋の片付けをするから、リーダーとニーナちゃんは船内を一週して戻ってきて」
「…………えっ?」
…………えっ⁈
私とヴィルグは同じ反応をした。そして、目を見開いてジンを見たが、有無を言わさずに部屋から追い出された。
「ジン!」
ヴィルグが部屋を開けようとしたが、その扉は鍵がかかっていた。
「あいつ……」
ヴィルグは一度、髪を上にかきあげてため息を吐いた。そんな彼の様子に私もどうすれば良いのかわからずに目の前の扉をカリカリと叩いた。
「…………ニーナ」
そんな私の様子を見た彼は私の側にしゃがみ込んだ。
「俺とで悪いが……一緒に船内散歩に行かないか?」
視線を彷徨わせながら言葉を放つ彼は緊張している事が伝わって来た。
私でいいの? 嫌じゃない? その言葉が口から出たが、彼は首を横に傾げた。彼に私の言葉は届かない。そう思い、俯いた時だった。
「……お前の事だから、私と一緒でいいの?って聞いたんだろ?」
その言葉に私は顔を勢いよく上げた。
「当たりだな」
彼は子供のように笑った。久しぶりに見た彼の笑みに私は嬉しくなった。
「ニーナ。俺と一緒に船内散歩に行こう」
その言葉に私は返事をするために大きく鳴いた。そして、リーダーと小さなコダヌキが船内を並んで歩いている姿を見た船員たちは彼に対して羨ましいという視線を浴びせたのだった。




