落ち込む
あの日からヴィルグと話をしていない。というよりも、彼は忙しいようで、仕事部屋から出てくることがないのだ。一度、彼の部屋の前まで行き、扉の隙間から彼が忙しそうに動き回っている姿を見た。
「ニーナちゃん、ルイルイ!」
サキが私たちの部屋に訪れていた。
「ミクリに会いに行かない?」
その言葉にルイスは顔を顰めた。初めて彼女に出会った日の事を思い出したのだろう。その日以来、彼女とは会っていない。歓迎会の時も彼女はヴィルグから謹慎を言い渡されていたらしい。ヴィルグも少しだけ顔を出しただけですぐにいなくなっていた。
歓迎会はアイミーの提案によって、その日の夜に行われたのだ。皆が私達を歓迎してくれているのがわかった。きっと、船の中の人達はいい人が多いのだろう。だけど、獣化した私はシルルとルイスから離れる事ができなかった。歓迎会の間、話しかけに来てくれた人も多くいたのに、シルルの陰に隠れるばかりだった。
「ルイルイの羽の補助道具を作れるのはミクリなんだ」
その言葉を聞いたルイスは私の方を見た。未だに獣化した私が心配なのだろう。その視線に気づいたサキも私を見たのだ。
「ニーナちゃん。ミクリが怖いなら、この部屋で待っていてもいいよ」
その言葉に一瞬考えたが、首を横に振った。
私も一緒に行く。ルイスの羽のことだから。
「ニーナも一緒に行くって……」
「わかった。じゃあ、俺が抱っこして連れて行ってあげるね」
サキはそう言うと、私の近くに寄って来たので、その手から逃れるようにルイスの後ろに隠れた。
「あれ? 逃げられちゃった」
彼の伸ばされた手はそっと元に戻したが、私の側に来てしゃがみ込んだ。
「リーダーと何かあった?」
その声や表情から心配してくれていることが分かるが、私もどうして彼の手を払いのけてしまったのかわからないため、首を横に振った。
「そう? でも、リーダーね……落ち込んでたよ? わざと忙しそうにしているのも、それを紛らわすためなんだ。獣化から戻らないニーナちゃんも俺は心配してるんだよね……」
優しい声色で話してくれるサキに私は何も返す言葉が出てこない。そのため、彼から逃れるようにルイスの身体にグイグイと自分の身体を押し付けた。
「サキ。やめろよ」
ルイスが私を抱き上げて、彼から離してくれる。その事に彼は小さく息を吐いたが、柔らかく微笑んだ。ただ、その目だけは少し揺らいでいた。
「わかった、わかった。俺は突っ込まないようにするよ」
彼は立ち上がると、両手をあげて後ろに下がった。そして、シルルがいない事に気づいたのだ。
「シルル姉さんは?」
「シルルはあのクマの所だ」
シルルは獣化からの戻り方などをジンさんに聞きに言っているのだ。シルルが一緒に行こうと誘ってくれたが、首を横に振ったのだ。そのため、彼女が一人で聞きに行ってくれている。
「ジンのところ? じゃあ、先にジンの所に行って、その後にミクリに会いに行こう」
「わかった」
そして、三人でジンの元へと行くと、そこには彼とシルルの他にもう一人、ヴィルグがいた。
「シルル姉さん」
サキは三人の元へと行き、声をかけると、私達にも気づいたのだ。
「サキー。それに、ニーナちゃんとルイスくんもこんにちは」
ジンがクマの姿のまま、こちらに手を振ってくれる。そのため、私は無意識に彼に手を振りかえしていた。だが、ヴィルグだけは気まずそうに開いていた口を閉じた。
「ニーナ、ルイス」
シルルは私たちの方に向かって歩いて来た。
「サキが変な女に会いに行こうって。シルルも一緒に」
ルイスから変な女と言われ、シルルは誰なのか分からずに首を横に傾げた。
「シルル姉さん。ルイスの羽の補助道具作る人なんだけど……ちょっと、変わっていて」
そのため、サキが言葉を付け足した。
「……ルイスの羽の補助道具ね。確かに、そろそろ一度、羽を見てもらおうと思っていたの」
「じゃあ、シルル姉さんも一緒に行こうよ」
その言葉に彼女は頷いた。だが、ヴィルグは軽く私を見てから、サキに話しかけた。
「サキ。ニーナも連れて行くのか?」
「えっ? そうですよ。ニーナちゃんも行きたいって……」
「だが……」
サキはヴィルグの様子を見て、何かを考えるとにっこりと笑った。
「じゃあ、リーダーがニーナちゃんを見ていて下さいよ。少しは休憩した方がいいですよ!」
その言葉に私とヴィルグは目を見開いて驚いた。
「ニーナちゃんもリーダーと一緒……あっ! リーダーとジンと一緒に獣化から人化に変わる練習をしよう!」
サキはいい案でしょ? と笑ったが、私達は困った。
「サキ……」
ヴィルグがサキを睨んでいる。その様子から私と一緒にいるのは彼が嫌なのではと思って、顔を下に向けた。
「あーあ。リーダーがそんな顔をするから、ニーナちゃんが悲しげですよ」
その言葉に急いで、視線をサキから私に向けた彼は焦ったような表情をしていた。
「俺が嫌なんじゃない! ニーナが嫌だと思ったんだ」
「だって、ニーナちゃんはリーダーが嫌?」
その言葉に私は首を横に振った。その様子を見たヴィルグはどこか安堵しているように見えた。
「じゃあ、ニーナちゃんはここでジンとリーダーと共に人化の練習。そして、俺とルイルイ、それから、シルル姉さんはミクリのところでいい?」
その言葉にルイスは私を見た。
「ニーナはそれでいいのか?」
心配そうな彼に私は目を合わせて頷いた。
「……ニーナがいいなら、いい」
「…………私も、ニーナがいいならいいわ」
ルイスとシルルの許可も出たので、私はルイスの腕から離れて下に降りた。そして、ミクリの元へと向かう三人の背中を見送った。




