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払いのけた手

 ヴィルグが船内の廊下を走り抜け、ミクリの仕事部屋の前まで来ると、人が多く集まっていた。


「りっ、リーダー。ミクリが……」

「ミクリがコダヌキを……」


 彼の到着に安堵したのか、皆の口からミクリの名前が出てくる。その事に、彼の頭はさらに痛みを増した。そして、彼らがいるであろう部屋の中に足を踏み入れた。


「ミクリ!!」


 そして、彼女の名前を叫んだ。だが、その彼女は呆然とした様子で立っていた。


「ヴィルグ」


 しかし、彼女の側にはルイスと彼に抱っこされた獣化したニーナがいた。


「ルイス。それに、ニーナか……何があった?」


 ヴィルグは視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


「実は……」


 ルイスは彼の登場に内心安堵していた。ニーナが獣化した上に、元凶の彼女は立ったまま動かない。部屋から出ようにも大きな大人達が塞いでいる。ルイスは現状に困っていたのだ。


 そして、彼に何が起こったのか話すことにした。船内を探検していて、興味本位で部屋の中に入ったら変な女性と出会った事。そして、その変な彼女のせいでニーナが獣化した事もきちんと隠す事なく話した。


「それは……悪かったな。ニーナも……すまない」


 ヴィルグに声をかけられるが、身体を捩ってルイスに引っ付いたまま顔を背けた。その事に、ヴィルグがショックを受けたことなど私は気づかなかった。


「ミクリ」


 ヴィルグは立ち上がり、ミクリに話しかけると、彼女は身体を大きく反応させた。


「りっ、リーダー……」


 そして、彼の登場にかなり動揺した様子を見せた。


「お前……昼間からまた、酒を飲んだだろ?」


 ヴィルグの声色は氷のように冷たい。そのため、野次馬のように集まっていた船員達はその場をすぐに離れた、巻き添えをくって怒られる事がないようにだ。


「のっ、飲んでません!」


「お前から酒の匂いがすんだよ。俺はお前に言ったよな? 昼間から飲むなと。覚えていないのか?」


「あっ……ははは……言いましたっけ?」


 笑って誤魔化そうとする彼女にさらに言葉を続けた。


「その頭は俺との約束を忘れるほど何が詰まっているんだろうな? ……それに、小さな子供を虐めるとはどういう事だ?」


 私はヴィルグの怒っている声が怖くて、無意識に手で耳を押さえていた。そんな私の様子に気づいたルイスは抱っこする手に力を込めた。


「ニーナ。部屋から出よう」


 その言葉に首を横に振った。元はと言えば、勝手に部屋に入った私達も悪かった。その事を彼女に謝らなければ。そう思い、ルイスに向かって小さく鳴いた。


「………………はああ」


 だが、ルイスは少し考えた後に嫌そうな顔をして、ため息を吐いたが「わかった」と言ってくれた。


「ヴィルグ」


 ルイスが未だに彼女に向かって説教をしている彼の名を呼ぶとすぐにこちらに視線を向けた。


「どうした?」


 その声は彼女に向けるような冷たい声ではない。むしろ、心配そうな声だった。その事に私は少し安堵した。


「ニーナ?」


 だが、私が耳を押さえている姿を見たヴィルグは「大丈夫か?」と心配そうに私に向かって伸ばしてきた手を払いのけてしまった。


「えっ?」


 その事にヴィルグは目を見開いて驚いていたが、私も同様に驚いた。彼の手を払いのけるつもりはなかったのだ。ただ、その大きな手が目の前に迫ってくるのが怖かったのだ。


 私は呆然と自分の手を見ている彼に謝りたいのに、その声は出てこなかった。


「……ニーナ。悪い、驚かせたな」


 だが、彼の方がもう一度、私の頭を撫でようと手を伸ばして来た。だが、今度はルイスがその手を払った。


「…………ヴィルグ。触んな」


 一部始終見たルイスが出した答えだったのだが、その言葉はさらにヴィルグの心に追い討ちをかけた。


「ニッ、ニーナ?」


 彼は表情に出さないようにしているが、動揺している事はわかった。だけど、どうしてもその大きな手が怖いのだ。何故だかはわからない。私は困惑してしまい、彼の顔を見ることができず、顔を背けてしまった。


 この部屋に微妙な空気が流れ始めた時だった。


「ニーナ、ルイス……」


 私達を探す、シルルの声が聞こえて来たのだ。それが聞こえたのは私だけじゃない。ルイス、それに、ヴィルグもだった。


「シルルが探しているから、俺たちはもう、行ってもいいよな?」


「ん? あっ、ああ……。二人とも、ミクリが悪かったな」


 その言葉にルイスは歩き出そうとした足を止めた。


「俺たちも勝手に部屋に入って……ごめん」


 ルイスの言葉に続いて、私も頭を下げた。だが、どうしても、ヴィルグの顔を見ることができなかった。

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