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ヨハン・スムーズの受難

 ヨハンは頭を抱えていた。目の前で怒りに震える男が冷気を漂わせているからだ。それも、この国一番と言われている魔塔主に対してだ。


「それで? お前は何をしていたんだ?」


 その声は誰が聞いてもわかるほど怒気が含んでいる。その証拠に魔塔主であるリカルド・マリーニが冷や汗を流しながら、後ろに下がった。


「えっ、えへ?」


 そして、彼は目の前で怒っている彼を逆撫でするように首を横に傾けたのだ。それを見たヨハンはさらに頭を抱えそうになった。リカルドはこの国一番の魔法使いだ。それなのに、見た目に拘らないせいで髪はボサボサな上にいつ洗ったのかわからない薄汚れたマントを羽織っている。だが、その瞳だけは目を奪われるほど綺麗だった。そんな彼に怒っている男はこの国の皇帝だ。堀が深い整った顔立ちに綺麗な金髪。見た目は絵本に出てくるような王子様だが、リカルドにとっては魔王に見えた。彼から漂う冷気に冷や汗が止まらないのだから。皇帝は腐り切った王宮を変えた。そして、国を変えるために新たな法も作成したのだ。だが、皆が口を揃えて言うのが、皇帝は血に塗られて王になった男であると。前王を殺し、兄弟たちも手にかけ、皇帝となったからである。


「もう一度、問うが……お前は何をしていた?」


「あっ……けっ、研究?」


「へえ……研究か……。我が頼んだ仕事を無視してか?」


 頼んだ仕事というのは獣人の奴隷紋の解除とそれに伴う奴隷商の摘発だ。


「どっ、奴隷紋は全員解除しましたよ?」


 焦ったように答えるリカルドは頼まれていた分の人たちの奴隷紋は解除して研究していた。


「ヨハン」


 空気のように立っていたヨハンはやっと出番が来た。


「子供の獣人の奴隷が発見され、奴隷紋の解除をお願いに行った所、留守にされていました」


「嘘⁈ ヨハン氏、いつ来たの? 某が丁度いない時じゃ無い?」


「リカルド」


 皇帝の冷たい視線がリカルドに刺さった。そのため、彼は静かに口を閉じた。


「すっ、すみません……」


「それで……奴隷商なのですが、その場所にはすでに痕跡がありませんでした」


「リカルド……我はお前にその痕跡を見つけてもらおうと考えていた」


 皇帝の深いため息にリカルドは身体を震わせた。まさか、少し研究のために魔塔を密かに抜け出した間にそんな事になっているとは思わなかったのだ。


「さて……お前が今からする事はわかるか?」


「ひぃっ⁈ わっ、わかってます! 奴隷商の痕跡を探して、捕まえる事です!!」


 皇帝に怯えながら大きな声で叫んだ。そんなリカルドに皇帝は冷え切った瞳を向けた。



「他には?」


「他には……ですか?」


 他には? と首を傾げたリカルドにヨハンは皇帝に見えないように助け舟を出そうとした。


「(カラスの子供)」


 口パクで何とか伝えようと頑張ったヨハンだが、残念ながらリカルドには伝わらなかった。その証拠に「ガラスが割れる?」と違う言葉が口から出ていた。そして、皇帝に睨まれた。


「リカルド」


「はっ、はい!!」


 曲がった腰をまっすぐに伸ばしたリカルドは冷や汗が止まらない。そんな彼に皇帝はにっこりと微笑んだ。それがどんなに怖い事か。ヨハンとリカルドは顔を引き攣らせた。


「カラスの子供の奴隷紋解除」


「今から行って来ます!!」


 リカルドは皇帝に頭を下げると、部屋から飛び出した。


「ヨハン」


「はい」


 出ていった彼を追いかけるために部屋を出たヨハンはすぐに彼を見つけた。


「リカルド殿!」


「ヨハン氏」


 ヨハンの目の前にはリカルドと小柄な女性がいた。前髪で顔を隠した彼女はヨハンの登場に顔を隠した。


「出た陽キャ。あーしには無理」


「確かに、ヨハン氏は眩しいほど顔がいいよね」


「それほどでも。それよりも、アイラがいるのはどうして?」


 小柄な女性の名前はアイラだ。魔塔に所属しており、リカルドの直属の部下である。


「リカルド様を迎えに来たっす」


「ああ。でも、リカルド殿はこれから用があるから……少し魔塔を留守にする予定」


 リカルドの代わりにヨハンがにっこりと笑って答えると、二人が顔を大きく顰めた。


「ひどい! ひどいよ! ヨハン氏! 某は一度、魔塔に戻りたい!!」


「陛下の凍える瞳を受けて、よくそんなことが言えるね。尊敬するよ」


「仕事はきちんとするさ! だけど、研究材料は部屋に置いておきたいの!!」


 そんな彼に呆れたような瞳を向けながらも、彼に問いかけた。


「リカルド殿の研究って、何? 陛下の命よりも大事なの?」


 その問いにリカルドは口角を上げて「ニヒヒヒ」と変な声で笑った。その笑い方に二人は変な笑い方と思ったが口には出さなかった。面倒くさい事になるとわかっているからだ。


「某の研究はね……名付けて『獣人になっちゃおう!』だよ!」


「へえ……意味わからない事を言う前に、奴隷商が店を出していた場所に向かおうか」


 内心呆れているが、それを顔に出さずに微笑んだヨハン。


「リカルド様はどうして獣人になりたいんすか? 魔塔主っていう重役についているじゃないっすか?」


「確かに……。リカルド殿、どうして?」


「ふっ、ふっ、ふっ……よくぞ聞いてくれましたな! 獣人の薬を使えば、某は獣人になり、運命の番に出会えるからである!! この根暗でモテとはかけ離れた某でもお嫁さんができちゃうのだ!!」


「「気持ち悪っ!!」」


「ひどい!! 某の大事な事ですぞ!!」


「こんなのが魔塔主とは……」


 アイラは頭を抑えて俯いていた。ヨハンはそんな彼女に哀れみの視線を向けた。


「わかった。材料を置いたら向かおう。私もリカルド殿について行くからな」


「ええ⁈ モテ男に某の部屋を見られるのはちょっと……」


 ヨハンはにっこりと笑った。拳を強く握りしめながら。


「わかりました。陛下に報告して参ります。リカルド殿は奴隷商よりも研究の方が大事だと」


 そして、彼らに背を向けた瞬間にその腕を強く掴まれた。


「リカルド殿? どうされたのですか?」


「その冷たい笑みやめてー! 今すぐに行くから! 行くから! 某を見捨てないでー!!」


 そして、リカルド、ヨハン、アイラ達は奴隷商の痕跡を辿るために街へと赴いた。

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