サキ
「ニーナちゃん。俺、嫌いなものがあるんだ」
急な話に私は首を傾げた。だが、彼はそのまま話を続けたのだ。
「何だと思う?」
「…………野菜?」
考えて出た答えがそれだった。だが、すぐに頭上から笑い声が聞こえたため、間違いだった事に気づく。
「野菜かー。確かにそれも、苦手だよ。だけどね……俺が嫌いなのは…………おいで」
彼が答えを言う前に私の手を引いて、騒ぎの真ん中まで移動した。
「こんにちはー」
男の前にしゃがみ込んだサキの雰囲気がいつもと違う。どうしてだか……彼からすぐに離れたくなったのだ。繋いでいる手に無意識に力が入った。
「あいつ……いつもと違うな」
だけど、私だけじゃなく、ルイスもそう感じているのだ。
「お兄さん。俺の嫌いなものが何か知ってる?」
私にした質問を男にも投げかけた。だが、問いかけられた男は首を傾げた。それどころか、突然現れたサキに敵意剥き出しで睨みつけた。
「お前こそ、誰だよ? こいつらの仲間か?」
「うん、そうだよ。これから、仲間になるの。だからさ、お兄さん。俺の仲間の誘拐は許さないよ。例え、未遂でもね……」
「なっ⁈ だっ、だから……何の話だよ?」
男は冷めた瞳を向けられ、確信を突かれようとも認めるわけにはいかない。皇帝が代わり、この国で獣人の差別は禁止だ。さらに獣人の売買が確認された場合は極刑に値する。そのため、男は知らない振りを突き通す事にした。
「へえ……ところで、俺の嫌いなものはわかった?」
「はあ? 嫌いなもの? そんなものはどうでもいい事だろうがよ?」
すると、サキは笑みを深くした。そして、男の頭を掴んだ。
「なっ⁈」
「仕方がないから教えてあげるよ。俺の嫌いなものは……お前達みたいな奴だよ。獣人を人とも思わないお前だ……」
その声は地を這うほど低い上に冷たく、笑みを浮かべていた表情は抜け落ちたように無だった。しかし、男を映す瞳は冷え切っていた。
「人間は……どうしてこうも汚いのだろうね……」
「うぐっ……」
男の顔色は段々と青ざめて来ていた。これ以上やると男が危ない。だが、サキの気迫がすごいのか誰も動かない。そのため、シルルを見たが、彼女は初めから止める気などないのだ。早くしないと、男がやばい。
「ルッ、ルイス……ごめん」
「はっ?」
私はルイスの手を無理やり離して、サキの元へと向かった。別に男がどうなろうと正直どうでもいいのだ。シルル達が怒るなら、男は良くない人なのだろう。だが、私が嫌なのはサキが目の前で人を殺す事だ。
「サッ、サキさん!」
彼の名前を呼ぶが、いつものように笑って返事を返してくれない。彼の人懐っこい笑顔は今は消え、酷く冷たい瞳を男に向けたままだ。それが悲しくて、怖くて、身体が動かない。本当は言葉に出すのも怖いのだ。もし、私の言葉によって、彼が怒って、嫌われたらどうしよう……そんな不安があるのだ。だけど……私が止めないと、誰も彼を止める事ができない気がするのだ。
私は意を決して、彼の元に行き、男を掴んでいない方の手にそっと触れた。
「サキさん……やめて……私達のために怒ってくれてありがとう……だけど、私はいつも表情が豊かなサキさんが好きだよ。そんな冷たい顔はやめて、笑って欲しい」
小さな声でポツリポツリとサキに向かって話しかけた。すると、彼はゆっくりと男から手を離して、私の手をゆっくりと壊れ物を扱うように優しく握りしめた。
「…………ごめんね。怖がらせたね」
彼の瞳は揺れているが、その瞳にはしっかりと私を映した。そして、しゃがみ込んだ彼は私の身体を恐る恐る抱きしめた。
「本当にごめんね。ニーナちゃんの事、俺も好きだよ……まだ、出会ってから短いけど……。皆、好き。だから、俺は許せなかったんだ……でも、君たちの前で見せるものではなかった……」
その声は小さかった。だけど、彼の本音なのだとわかる。そんな私たちの元にルイスが焦った顔でやって来た。
「ニーナから離れろよ!」
「えーー。ルイルイも抱きしめて欲しいの?」
「誰が、ルイルイだ!」
怒るルイスをサキは私ごと抱きしめた。
「ああ……子供はあたたかいね」
そんなサキに喚くルイスに笑う私達の横で男は逃げようとしていた。だが、ギルド職員により、彼は捕まった。話を聞くためだ。
「おっ、俺は何もしてねぇ!」
「それは、調べればわかる事です。エルフの貴方も話を聞かせてください」
「わかったわ」
そして、男とシルルはギルドで話を聞く事になった。私達は話が終わるのを待つ事になった。




